サムルノリはなぜ「四物遊撃」なのか──中上健次の当て字センスと韓国リズムの革命
私、はらだよしひろが、個人的に思ったことを綴った日記です。社会問題・政治問題にも首を突っ込みますが、日常で思ったことも、書いていきたいと思います。
サムルノリの韓国語「사물놀이」は、本来“四つの楽器の遊び”を意味します。しかし、その音の爆発力と周縁から中心へ突き抜けるエネルギーを、中上健次は大胆に「四物遊撃」と名付けました。単なる当て字ではなく、身体のリズムが制度や物語を撃ち抜く――そんなサムルノリの本質を言い当てた言葉です。本記事では、この当て字の文化的意義と、サムルノリが現代韓国文化へ与えた影響を、文学・音楽・民族芸能の視点から立体的に読み解きます。
目次
1. 「사물놀이」=“四物遊撃” という当て字センス
① 元の韓国語「사물놀이」の意味
- 사물(サムル) …「四つの物」という意味で、
4つの打楽器- ケンガリ(꽹과리:小さな銅鑼・雷)
- チン(징:大きな銅鑼・風)
- チャング(장구:沙羅双樹型の鼓・雨)
- プク(북:太鼓・雲)
を指します。これらは天候や宇宙観とも結びついて解釈されます。
- 놀이(ノリ) …「あそび」「芸能」「パフォーマンス」のニュアンスを持つ言葉。
直訳すれば 「四物遊び」=四つの楽器による遊び・芸能 ですね。
② 中上健次の当て字「四物遊撃」
日本では80年代に出たサムルノリのレコード/CD邦題として
『四物遊撃(サムルノリ)』 が使われます。
また、中上健次と坂本龍一が共著した朝日ジャーナルの対談タイトルにも
という形で用いられており、Xでも「この漢字を当てたのは中上健次」と証言されています。
ここでポイントになるのが 「遊撃」 です。
- 普通に直訳するなら「四物遊戯」「四物遊芸」でもよかったはず。
- あえて 「遊撃」 としたことで、
- ゲリラ戦=遊撃戦 のイメージ(システムの外から突撃する力)
- 既存の秩序をかき乱す、周縁からの「襲撃」
- 「遊」と「撃」という、
快楽性(遊)と暴発・打撃(撃) の二つの力
を同時に込めています。
中上は liner で
「サムルノリの音は、コードも物語も、そして言葉も切断されている。彼ら四人は舞う。(中略)肉体が物のヴァイブレーション=音そのものの化身となっている」
と書いています。
つまり、サムルノリを 構造(コード・物語・言葉)をぶち壊す身体のビート として捉えている。
したがって「四物遊撃」という当て字は、
- 四つの楽器=四物 が
- 体系化された音楽や物語を「遊びながら撃つ」=切断し、攪乱する
- 周縁の身体性・土臭さ・シャーマニズムが、都会のステージでゲリラ的に炸裂する
という、中上らしいラディカルなイメージの凝縮だと言えます。
2. 「四物遊撃」という命名の文化的意義
① 「周縁の音」を前景化する視線
中上健次は被差別部落出身で、自らその出自を公言した作家として知られます。
彼はつねに「中心の物語」ではなく「周縁の声」を書こうとしていました。
サムルノリもまた、都市のコンサートホールのために突然降ってきた音楽ではなく、
- 農村の農楽(ノンアク/プンムル)
- 祭礼や祈雨祭と結びついた シャーマニックな芸能
といった「周縁」の文化から生まれ、1978年に金徳洙(キム・ドクス)らが
ステージ作品として再構成したものです。
中上は、韓国の放浪芸人=ノム(遊民)の系譜にサムルノリを位置づけ、
- 国家や大衆文化産業からこぼれ落ちた身体のリズム
- しかし同時に、都市のステージに殴り込む「遊撃隊」
として称揚している。
この視線は、日本における在日・被差別部落・周縁地域といった問題系とも響き合います。
② サムルノリを「現代のシャーマン」として読む
坂本龍一も同じライナーの中で、
「サムルノリが叩き出す金属音には、非常に濃密なビートが圧縮されている。もしかすると彼らは、現世と霊界を取り結ぶ現代のシャーマン(鍛冶神)かもしれない」
と評しています。
タイトル「音は神」という言い方も含め、
- サムルノリ=音そのものが神/異神として立ち上がる儀礼
- 「四物遊撃」=その神的な音が、都市空間に遊撃戦を仕掛ける
という宗教的・政治的な含意がある。
このように、「四物遊撃」という漢字表記は、
- 単なる翻訳ではなく、
- サムルノリを 反=中央・反=物語の音楽運動 として位置づける
- 文学者の側からの、きわめて批評的なネーミング
として、大きな文化的意義を持っていたと言えると思います。
3. サムルノリが現代の韓国文化にもたらした影響
サムルノリは、1978年にソウルの小さな劇場での公演から始まり、
そこから韓国伝統音楽界に大きな変化をもたらしたと、
民族音楽学の研究でも繰り返し論じられています。
① 農村芸能(農楽)の「再文脈化」と都市芸術化
- ルーツは、村の祭礼や豊作祈願で演奏された農楽(プンムル/ノンアク)。
- サムルノリは、その要素を
- 屋外→屋内ステージ
- 長時間の行列・舞踏→集中したアンサンブル曲
に再構成しました。
Hesselink らの研究では、これを
「伝統の保存であると同時に、革新的な再創造」(引用先 ResearchGate )
と評価しています。
影響ポイント:
- 農村の祭り芸能だったものが、
ソウルの小劇場・大学サークル・国際フェスティバルで演奏される
「現代舞台芸術」として再定義された。 - これにより、若い世代や都市中産層が、
自国の伝統音楽に親しむきっかけになりました。IJIH+1
② 「韓国的リズム」の象徴としてのナショナル・アイコン化
UCLA の解説は、サムルノリを
「現代韓国を象徴するアイコニックなサウンドシンボル」(引用先 UCLA )
と呼んでいます。
- 国際芸術祭・ワールドミュージックフェスで、
「韓国=爆発する打楽器アンサンブル」というイメージを確立。 - 海外のアーティスト(和太鼓の鼓童など)との共演や、
ジャズ・ロックとのコラボも盛んになりました。
日本で言えば「和太鼓」「よさこい」のような、
- “一発でその国とわかる音・ビジュアル”
- かつ国際フェス向きのエネルギー
を備えたジャンルとして、韓国のソフトパワーの一翼を担っています。
③ 教育・市民文化への浸透
- 韓国国内では、学校教育・地域文化センター・大学サークルなどで
サムルノリやその元となる農楽を学ぶプログラムが広がりました。(引用先 民俗大百科事典 ) - 海外でも、移民コミュニティや留学生によるサムルノリグループが多数生まれ、
ルーマニア、メキシコなど各国でアマチュア団体が活動しています。(引用先 UCLA )
結果として:
- サムルノリは、
「K-POPとはまた別系統の、参加型で身体的な“K文化”」として
世界のワークショップ現場でも普及しています。
④ 「伝統」と「商業化」をめぐる議論も
一方で、研究者の間では
- 農村共同体の祭礼から切り離され、
- 政府の文化政策や観光産業に組み込まれ、
- 舞台芸術・商品として消費されている
という点への批判もあります。(引用先 ResearchGate JSTOR )
つまりサムルノリは、
- 農村の周縁文化を救いもしたし、
- それを「ナショナル・ブランド」として均質化もした
という、両義的な存在として捉えられています。
4. まとめ:中上健次の「四物遊撃」と、サムルノリの現代性
- 「사물놀이」 は本来「四つの物の遊び」という素朴な言葉ですが、
中上健次はこれを 「四物遊撃」 と漢字化し、- 既存の構造を切断するビート
- 周縁から中心へ殴り込む身体
- 音そのものが神/異神として立ち上がる瞬間
を読み取っていました。
- サムルノリは、
- 農楽という土着の芸能を、都市のステージ芸術として再構成し、(引用先 IJIH+1 )
- 「現代韓国のサウンドアイコン」として世界に広め、(引用先 UCLA)
- 同時に、伝統と商業化の境界をめぐる議論も生み出しました。(引用先 ResearchGate JSTR )
中上のネーミングセンスは、
単なる当て字遊びではなく、
「周縁の身体的リズムが、国家と資本の秩序に遊撃戦を仕掛ける」
という、サムルノリの潜在的な政治性・霊性を
一発で言語化したものだと考えられると思います。
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