【岩沼市議会出席停止事件】「議会の内部規律」から「住民自治の実質」へ【憲法判例が面白い4】
私、はらだよしひろが、個人的に思ったことを綴った日記です。社会問題・政治問題にも首を突っ込みますが、日常で思ったことも、書いていきたいと思います。
地方議会が議員に科す「出席停止」。一見すると“議会内の秩序維持のための懲罰”で、外部の裁判所が口を出すのは野暮――。そうした感覚を、最高裁が真正面から塗り替えたのが、岩沼市議会出席停止事件・最高裁大法廷判決(令和2年11月25日)です。結論は「出席停止の懲罰の適否は、司法審査の対象となる」。しかも、山北村議会出席停止事件(最高裁昭和35年10月19日大法廷判決)など、従来の判例を“変更すべき”と明言しました。
岩沼市議会出席停止事件-最高裁大法廷令和2年11月25日-判決この記事では、両判決を判決文の引用を軸に、どこが画期的なのかを、なるべく見取り図が浮かぶように整理します。
※以下、岩沼市議会出席停止事件は「岩沼市事件」もしくは「岩沼市判決」、山北村議会出席停止事件は「山北村事件」若しくは「山北村判決」と表します
目次
0 事件のあらまし:23日出席停止と「日割減額」
岩沼市事件は、(当時の)市議会議員が、会派の同僚議員に対する陳謝懲罰をめぐって「読み上げたのは事実。しかし中身は事実とは限らない」「読み上げなければ次の懲罰がある。政治的妥協だ」といった趣旨の発言をしたところ、議会が9月定例会で「23日間の出席停止」を議決した、というものです。
そして岩沼市条例上、出席停止を受けた議員の報酬は「日割計算で減額」され、実際に約27万8300円が減額されて支給されました。
訴訟の争点は、まず入口として「そもそも取消訴訟で争えるのか(司法審査の対象か)」でした。1審は山北村判決を踏まえて訴えを却下し、2審は「報酬減額を伴うなら審査対象」として差し戻し。最高裁は、この“報酬減額がある場合だけ”という限定も外し、出席停止一般を審査対象としました。
1 山北村判決(昭和35年):出席停止は「内部規律」だから裁判所の外
山北村判決の多数意見は、裁判所法3条の「法律上の争訟」を広く認めつつも、「事柄の特質上、司法裁判権の対象の外におくを相当とするもの」がある、と枠をはめます。そして、その典型として、出席停止の懲罰を位置付けました。
「自律的な法規範をもつ社会ないしは団体に在つては、当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ、必ずしも、裁判にまつを適当としないものがある…本件における出席停止の如き懲罰はまさにそれに該当する」
hanrei-pdf-52951.pdf から
ここで決定的なのは、出席停止を「議員の権利行使の一時的制限に過ぎない」ものと捉え、重大な「除名」と区別した点です(同判決は、除名は身分喪失に関わる重大事項だから別、としています)。
つまり、山北村判決の世界観はこうです。
- 地方議会は自律的な団体で、内部規律は自治的に処理するのが原則
- 出席停止は“軽い”から、裁判所が介入しなくてよい(除名は別)
ただし興味深いのは、当時から「出席停止でも司法審査の対象になり得る」という反対方向の見取り図が、裁判官意見として提示されていたことです。例えば河村大助裁判官は、懲罰が報酬等に直接影響し得る以上「法律上の争訟」として審査対象になり得る、としつつも、訴えの利益や前置(訴願)など別の理由で不適法とみるべきだ、と述べています。
2 岩沼市判決(令和2年):同じ素材を、逆向きに読む(住民自治・議員の中核的活動)
岩沼市判決は、まず「これは法律上の争訟か」を丁寧に組み立て直します。出席停止は地方自治法上の懲罰であり、取消しを求める訴えは「法令の規定に基づく処分の取消し」を求めるもので、「法令の適用によって終局的に解決し得る」。だから法律上の争訟だ、と。
次に、議会の自律性を正面から確認します。議員懲罰は「議会内の秩序を保持し…円滑にすることを目的」とし、議会の自律的権能の一内容だ、と。
――ここまでは、山北村判決と“材料”は同じです。
ところが岩沼市判決は、その次に「議員の側の憲法上の位置」を厚く描きます。議員が住民の投票で選ばれ、議案提出や表決に関わり、議会が条例・予算・契約など重要事項を議決することを確認した上で、こう言い切ります。
「議員は,憲法上の住民自治の原則を具現化するため…住民の代表としてその意思を…反映させるべく活動する責務を負う」
そして、ここからが核心です。出席停止が科されると、議員は会議・委員会への出席が止まり、「議決に加わる」などの“中核”が奪われる。だから――
「議員としての中核的な活動をすることができず…責務を十分に果たすことができなくなる…その適否が専ら議会の自主的,自律的な解決に委ねられるべきであるということはできない」
結論は、はっきりしています。
「したがって…出席停止の懲罰の適否は,司法審査の対象となる」
「…昭和35年10月19日判決その他…判例は,いずれも変更すべきである」
なお、最高裁はあくまで「訴えが適法か(審査対象か)」を確定したのであって、この事件で直ちに「23日が違法」と断じたわけではありません。門前払いの扉を開け、今度は本案(手続・理由・量定が適法か)を裁判所が判断し得る、という地図を書き換えたのです。
3 どこが画期的か:山北村判決と比べて見える「3つの転換点」
(1) 「内部規律」論の後退:出席停止を“軽い”で終わらせない
山北村判決は、出席停止を「権利行使の一時的制限」にすぎないとして、司法から遠ざけました。岩沼市判決は、まさにその評価を逆転させます。「一時的」でも、議員の中核的活動を奪い、住民代表としての責務を果たせなくする以上、“専ら議会に委ねる”とは言えない――ここに、60年分の価値判断の反転があります。
(2) 視点の主語が「議会」から「住民自治(代表制)」へ
岩沼市判決は、議会の自律性を否定していません。実際、「懲罰は…議会内の秩序を保持し…円滑にすることを目的として科される」「議会に一定の裁量が認められる」と述べています。
それでも、最終的に前面へ出てくるのは、議員が住民の代表として意思を反映させるという、代表制民主主義の中枢です。出席停止は、議員個人だけでなく、投票した住民の意思反映を“欠落”させ得る。ここが、山北村判決の「団体内部の問題」図式では捉えきれなかったところです。
(3) 司法の役割を「不介入」から「適法性の審査(ただし裁量尊重)」へ再設計
岩沼市判決は、「裁判所は,常にその適否を判断することができる」と明言します。
しかし同時に、議会に裁量があることも繰り返し述べる。つまり、結論は“司法が全面的に議会運営を管理する”ではなく、次の分業です。
- 議会:懲罰によって秩序・運営を確保する(裁量あり)
- 裁判所:その懲罰が法令・憲法に照らし適法かを審査する(常に審査対象)
「対象か/対象外か」の門前払いをやめ、審査の土俵に載せたこと自体が、制度設計の転換です。
4 宇賀補足意見が“画期性”を言語化する:国会との違い、住民自治との整合
岩沼市判決は全員一致ですが、宇賀克也裁判官の補足意見が、なぜ“外在的制約(司法審査の及ばない領域)”を広げてはいけないのかを、憲法論として整理します。
まず、「国会は憲法が自律性を特別に尊重している」が、地方議会は同列ではない、と明確に線を引きます。
「地方議会については,憲法55条や51条のような規定は設けられておらず…国会と地方議会を同視していない」
次に、住民自治の観点から、出席停止が「有権者の意思反映」そのものを制約すると述べます。
「地方議会議員を出席停止にすることは…有権者の意思の反映を制約するものとなり,住民自治を阻害する」
そして、これが美しい“背理”の指摘につながる。
「住民自治により司法権に対する外在的制約を基礎付けながら,住民自治を阻害する結果を招くことは背理」
最後に、司法審査を認めても議会の自律性が“消える”わけではない、と釘を刺します。
「裁量権の行使が違法になるのは…逸脱又は濫用に当たる場合に限られ…濫用的な懲罰は抑止されることが期待できる」
ここまで読むと、岩沼市判決は「議会自治 vs 司法」の対立ではなく、「住民自治を守るための司法審査」という位置に立っていることが分かります。
5 実務への示唆:議会は何を備えるべきか(そして議員は何を主張し得るか)
岩沼市判決が開いたのは、“議会の懲罰が裁判で争われる入口”です。すると、議会側は、これまで以上に次の点を意識する必要が出てきます。
- 何が会議規則・条例違反なのか(規範の明確性)
- 懲罰手続の適正(通知・弁明・審査の公平)
- 量定の合理性(なぜその日数なのか、他の手段では足りないのか)
- 目的との整合(秩序維持の名で、実質的に政治的排除になっていないか)
逆に、議員側(住民側)は、出席停止が「中核的活動」を奪う以上、単に“議会内の揉め事”ではなく、住民自治・代表制の侵害として、手続的瑕疵や量定の過重、目的逸脱(懲罰の名を借りた言論封じ)を具体的に主張し得る、という射程が見えてきます。
ここで重要なのは、最高裁が「裁量はある」と言っている点です。だから、結論がすぐ“取消し”になるわけではない。けれど、理由・手続・比例が薄いと、「逸脱・濫用」として争点化される土台ができた――それが、この判例変更の現実的なインパクトです。
おわりに:出席停止は「議会の中の話」では終わらない
山北村判決は、出席停止を「内部規律」に回収し、裁判所の外に置きました。岩沼市判決は、同じ“出席停止”を、住民自治の中枢(住民の意思反映)に接続し直し、「専ら議会に委ねられるとはいえない」と宣言しました。
地方議会の自律性は、住民自治を実現するための“手段”である。その手段が、住民自治を阻害する方向に用いられるなら、司法が適法性を審査する――。岩沼市判決の画期性は、この一点に尽きます。
まとめ:判決のキーフレーズで読む「判例変更」
最後に、両判決の温度差が一瞬で伝わるフレーズを並べておきます。
- 山北村判決:出席停止は「内部規律…自治的措置に任せ」るべきで、「司法裁判権の対象の外」
- 岩沼市判決:出席停止は議員の「中核的な活動」を奪い、「専ら議会に委ねられるべき…とはいえない」。ゆえに「司法審査の対象」
- さらに宇賀補足意見:地方議会を国会と同視せず、住民の意思反映を削る出席停止を“自治”で免責するのは「背理」
この3点セットが、岩沼市判決の画期性を、最短距離で示しています。
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