旧警備業法、違憲判断はどうなるか予想 最高裁大法廷 18日判決
私、はらだよしひろが、個人的に思ったことを綴った日記です。社会問題・政治問題にも首を突っ込みますが、日常で思ったことも、書いていきたいと思います。
18日、最高裁大法廷で「旧警備業法の欠格条項」が憲法に反するかどうかが判断される見通しとなっている。争点となっているのは、旧法が成年被後見人・被保佐人であることを理由に、警備員としての就労を一律に排除していた点だ。
一審・二審(控訴審)はいずれも、この「身分(法的地位)だけで門前払いする仕組み」について、目的自体は理解できるとしても手段が過剰で、憲法上問題が大きいという方向で判断した。控訴審は国の控訴を退けつつ、損害論を絞り込み、結論として国に**50万円(+遅延損害金)**の支払を命じている。
本稿では、一審・二審の思考経路を踏まえ、最高裁大法廷がどのような判断を下し得るかを、いくつかのシナリオに分けて予測する。
目次
1 事件の骨格――「能力」ではなく「身分」で排除された構造
本件で特徴的なのは、警備員としての業務遂行能力(現場での判断、意思疎通、危険対応)が個別に審査されたというより、保佐開始(または後見開始)という法的地位そのものを理由として就労が不可能になった点にある。
成年後見・保佐制度は、本人の判断能力に応じて財産管理や法律行為を支援する制度であり、開始の判断が直ちに「特定の職務に従事する能力の欠如」を意味するわけではない。とりわけ保佐は、後見よりも緩やかな類型として位置づけられる。にもかかわらず旧警備業法は、当該地位にあるという一点で、警備員の道を一律に閉ざしていた。
この「制度趣旨のミスマッチ」が、一審・二審で強く意識された出発点である。
2 一審・二審が積み上げた理屈――目的は正当、しかし手段が粗い
(1)目的の正当性:安全確保・信頼確保は「公共の利益」に属する
警備業務は、交通誘導、施設警備など、第三者の生命・身体・財産に影響し得る場面が多い。一定の適格性確保のために規制を置くこと自体は、憲法22条1項(職業選択の自由)との関係でも、一般に「公共の利益」によって正当化され得る。
ここまでは、一審・二審とも大きくは争わない構図だった。
(2)問題は手段:身分一律排除は「比例性」を欠く
一審・二審が真正面から問題にしたのは、旧法が採った手段があまりに画一的である点だ。
- 保佐開始・後見開始は、主として法律行為や財産管理に関する判断能力を基礎に判断される。
- 警備員の適否は、業務類型(交通誘導か施設警備か等)、配置や監督体制、本人の具体的状態など、多数の要素で決まる。
- したがって「被保佐人等=警備員として危険」と短絡するのは難しい。
このズレがある以上、個別事情を見ない一律排除は、目的達成のための「必要最小限度」を超える疑いが強い。控訴審はさらに、国側が示す医学的資料等から直ちに「状態として職務不能」とは言い切れないことも丁寧に位置づけ、“能力欠如だから排除された事件”にすり替わることを防ぐ書きぶりを強めた。結果として、争点はより明確に「身分による一括排除の憲法適合性」に集中していった。
(3)代替手段の存在:機能(状態)基準や個別判断は可能だった
一審・二審の議論が説得力を持つ理由は、代替手段が現実的に想定できる点にある。旧法が仮に「認知・判断・意思疎通が著しく困難で、業務遂行が危険」という状態基準を用いる、あるいは配置・監督・教育でリスクを下げる、という手段を採り得るなら、身分一律排除は相対的に過剰となる。
この「より緩やかな手段があるのに、最も強い手段(全面排除)を選んだのではないか」という構図は、職業規制審査で典型的に違憲方向へ傾きやすい。

3 大法廷が真正面から向き合うポイント
大法廷での審理・判決が示唆するのは、単なる個別紛争処理にとどまらず、欠格条項一般に通じる統一的な憲法判断枠組みを示す必要性だ。旧警備業法型の欠格条項は、他の資格法、許認可、登録制度にも広く存在してきた経緯がある。
そのため大法廷は、少なくとも次の点を整理する可能性が高い。
- 旧条項が与える不利益はどれほど強いか(就労機会の全面遮断に近い)
- 目的(安全・信頼)と手段(身分一律排除)の関連性は合理的か
- 代替手段(状態基準、個別審査、配置制限等)がどの程度実務的か
- 平等原則(憲法14条)との関係をどう位置づけるか
- 違憲だとして、国賠(立法不作為)まで認めるか、どこまで認めるか
このうち、特に割れやすいのは5だ。違憲判断と、国家賠償での「違法」認定は同義ではない。
4 結論予測:違憲判断は有力、ただし国賠は絞られる可能性
シナリオA(最も想定しやすい):旧条項の違憲を明言、国賠は限定
最も見通しが立つのは、次の形だ。
- 「被後見人・被保佐人であることのみ」を理由に警備員から一律排除する部分は、憲法22条1項に反し違憲(必要に応じて14条も補強)。
- ただし国賠については、立法裁量を踏まえ、「違憲が国会にとって明白」「放置が著しく合理性を欠く」といえる範囲を狭く解し、損害との結びつきも厳格に見て、賠償額を維持または縮減する。
控訴審が賠償を慰謝料中心の50万円に絞ったこと自体、最高裁が採用しやすい「憲法上の問題性は認めるが、金銭救済は必要最小限にとどめる」という着地に親和的である。
シナリオB(十分あり得る):違憲は明言するが国賠は否定
大法廷が「違憲」をはっきり示す一方、国賠を否定する形も現実的だ。
- 旧条項は違憲
- しかし、立法不作為が国賠法上「違法」と評価されるには高いハードルが必要で、国会の裁量領域が広い以上、本件時点で“明白に”違法とまではいえない
- よって請求棄却(あるいは差戻し)
この形は、「憲法判断としての指針」を社会に提示しつつ、「国賠で立法過程全体に広範な責任を負わせる」ことには慎重、という最高裁の均衡感覚と整合する。大法廷で反対意見・補足意見が出るとすれば、国賠部分での対立が中心になりやすい。
シナリオC(相対的に低い):合憲(または限定合憲)
合憲に倒すには、旧条項の「身分=高リスク」という推定を強く肯定し、家裁判断の専門性や制度運用の安定を前面に出す必要がある。しかし、保佐・後見制度の趣旨と職務適性のズレ、業務の多様性、代替手段の存在を踏まえると、全面排除を合理化する説明は相当重い。
大法廷に回付された事情を重くみれば、合憲一本で収束させるより、一定の憲法上の線引きを示す方向へ向かう可能性が高い。
5 判決が示すであろう「射程」――警備業だけの話で終わらない
大法廷が違憲を明言すれば、影響は警備業法の旧条項にとどまらない。鍵になるのは、「後見・保佐という地位」それ自体を欠格とする立法手法に、どの程度の憲法的制約が課されるかである。
- 身分一律排除は原則として慎重に扱うべき
- 状態・機能に基づく個別判断へ寄せるべき
- その際、危険性・公共性を理由に強い制限を置く場合でも、手段が過剰でないか(比例性)が問われる
こうした枠組みが示されれば、欠格条項の見直しや運用改善を後押しし、「資格・就労からの排除」を当然視してきた実務感覚にも修正が迫られる。仮に国賠が否定されても、違憲判断それ自体が持つ規範力は大きい。
6 まとめ――違憲判断の公算は高いが、焦点は国賠の扱い
一審・二審は、旧警備業法の欠格条項について「目的は理解できるが、身分一律排除は過剰」という筋道を積み上げてきた。大法廷の回付も踏まえると、**旧条項の違憲判断(少なくとも一律欠格部分の違憲)**が出る公算は相応に高い。
一方で、最終的な最大の焦点は、違憲判断に加えて、国賠としてどこまで踏み込むか(維持・縮減・否定)にある。大法廷判決は、結論の当否だけでなく、欠格条項のあるべき姿をどう描くかという点で、長く参照される判決になるだろう。
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