旧警備業法 欠格条項を「違憲」としながら、国賠を認めなかったのはなぜ?反対意見も詳しく解説。【憲法判例が面白い5】
私、はらだよしひろが、個人的に思ったことを綴った日記です。社会問題・政治問題にも首を突っ込みますが、日常で思ったことも、書いていきたいと思います。
目次
旧警備業法 成年後見利用で失職、欠格条項は「違憲」と、どうして最高裁は判断したの? 国賠が認められなかったのはなぜ?反対意見も詳しく解説

旧警備業法 成年後見利用で失職、欠格条項は「違憲」と最高裁大法廷は判断した。
成年後見制度(とりわけ「保佐」)の利用をきっかけに、警備員として働けなくなる――。旧警備業法の「欠格条項」がもたらしたこの不利益について、最高裁大法廷は「(退職時点では)憲法違反」と明言した。一方で、国の損害賠償(国家賠償)は認められず、結果として当事者の請求は退けられた。
同じ判決文の中で「違憲」と言いながら「賠償なし」とする結論は、直感に反する。だが、最高裁が使った“判断の物差し”を分解すると、そこにあるのは「憲法判断」と「国賠(立法不作為の違法)」の射程の違いである。
↓実際の判決文全文は、こちらです。(令和8年2月18日最高裁大法廷判決)
旧警備業法-違憲事件-令和8年2月18日-1ここでは、大法廷の判決文を基に、この判決について、わかりやすく説明したいと思う。
1 何が起きたのか――事案の骨格
判決文が「本件規定」と呼ぶのは、旧警備業法にあった「被保佐人であること」を警備員の欠格事由とする条項である(保佐開始審判を受けた人は、原則として警備員として働けない仕組み)。この条項のため、保佐を利用したことが直接の引き金となり、警備業務から排除され、退職に至った当事者が、国に慰謝料等の賠償を求めた。
ここで争点は大きく二つに整理できる。
- ① 退職時点(本件では平成29年3月)で、この欠格条項は憲法(22条1項=職業選択の自由、14条1項=平等)に違反していたか。
- ② 違憲だとして、国会が改廃しなかったこと(立法不作為)が国家賠償法1条1項上「違法」と評価できるか(また、欠格条項を設けた立法行為自体の違法も問われた)。
最高裁は①を肯定しつつ、②を否定した――という構造である。
2 多数意見のコア:「退職時点では違憲」だが「国賠は別」
(1) 退職時点で違憲とした理由(22条×14条)
多数意見に賛同する補足意見(林道晴裁判官)は、欠格条項の性質をかなり強い言葉で位置づける。すなわち、これは「職業活動の内容・態様への規制」にとどまらず、「職業選択の自由そのもの」に直接の制限を課す“強力な制限”であり、しかも制限理由が精神上の障害に関わるため22条問題になる、さらに被保佐人を非被保佐人と区別するので14条問題にもなる、両者は密接で共通の考慮要素が多いので“総合して検討”するのが事柄に即する――という整理である
そのうえで、多数意見が重視したのが、障害者権利条約(CRPD)をめぐる国際・国内の連動や、障害者を取り巻く社会意識の変化である。安浪亮介裁判官の意見も、多数意見の指摘を受け止めつつ、「条約採択→国内法整備→批准」という動きと相まって社会の意識が変化し、障害者の権利保障の在り方が大きく変容した結果、本件規定は憲法22条1項・14条1項に違反するに至った、と述べる。そして、その“違憲化”は退職時点に「相当近接した時点」だった、というのが多数意見側の時間感覚である。
つまり多数意見は、「欠格条項=常に最初から違憲」とは言わず、社会・制度環境の変化により“途中から違憲になった”と捉えた点が重要になる。
(2) それでも国賠を否定した理由(立法不作為のハードル)
多数意見は、国賠(立法不作為)を認めるには、少なくとも「違憲であることが明白」なのに国会が「正当な理由なく長期にわたり」改廃を怠った、と言える必要があるという枠組みを前提にしている(判決は、再婚禁止期間違憲判決の枠組みにも言及する)。そのうえで本件については、退職時点で違憲が明白であったとしても、「正当な理由なく長期にわたって改廃等の立法措置を怠ったということはできない」とし、立法不作為は国賠法上「違法」の評価を受けない、と結論づけた。
この結論により、控訴審(原審)が国賠を認めた部分は「法令違反が明らか」として破棄され、最終的に請求は棄却された。
要するに、多数意見の発想はこうだ。
- 「退職時点」では、もはや欠格条項は憲法に反する。
- ただし、その“違憲化”が比較的最近で、国会が「長期にわたり」放置したとまでは言えない。
- よって、違憲判断と国賠は直結しない。
3 補足意見が補強したポイント:「違憲化の時期」をどう見るか
(1) 林補足意見:22条と14条を“総合”して見る
前述のとおり、林補足意見は22条(職業の自由)と14条(平等)を別々に処理するより、両条の趣旨を総合した形で検討するほうが事柄に合うと述べる。欠格条項は「障害(精神上の障害)×就労排除」という二重の問題を抱えるため、まさに“差別としての就労制限”を一体で捉える視点が強調された形だ。
また、林補足意見の文脈では、違憲となった「時点」を切り分ける難しさも語られる。国内外の動きや社会の変容が段階的に進む以上、どこから違憲になったかを一点で特定するのは難しい、という含意が明確に示されている。これが、その後の国賠判断(“長期放置”の認定を抑制する方向)を下支えする。
(2) 岡補足意見:国賠の「明白」性を厳格に
岡正晶裁判官の補足意見は、国賠(立法不作為)の「明白」性をどう評価するかを、より制度論的に掘り下げる。すなわち、違憲が明白かどうかは、後から裁判所がそう言えるかではなく、当時の国会議員の多数が違憲と理解し得たか、合憲と整理する余地がないか、を基準に見るべきだ、という整理である。
この“立法府基準”のような考え方は、国賠の成立範囲を狭く保つ方向に働く。今回「違憲」でも「賠償なし」となった背景には、まさにこのハードル設定がある。
(3) 石兼補足意見・安浪意見:社会変化と国際的要請の文脈
石兼公博裁判官の補足意見は、被保佐人等を取り巻く社会状況が大きく変化し、その理解の前提自体が更新されている点を指摘する。
安浪意見も、国際社会との相互作用という“プロセス”を踏まえることで、違憲化のタイミングが退職時点に近いと評価する。
さらに、安浪意見の前段には、現在もなお残る相対的欠格条項等の課題、障害者権利条約委員会の勧告(2022年)、障害者基本計画(第5次・令和5年3月)など、今後の法政策に触れるパートがある。このあたりは、判決が“過去の争い”に閉じず、制度のアップデートを促すメッセージを含むことを示す。
4 それでも賠償を認めるべきだった――反対意見の組み立て
判決は、反対意見を付した裁判官として三浦守・尾島明・宮川美津子・高須順一・沖野眞已の各裁判官を挙げる。以下、本文で内容を確認できる三浦・尾島・宮川各反対意見を中心に、論理の分岐点を整理する(高須・沖野両裁判官の反対意見については、判決文が存在を明示する一方、手元の抽出テキスト上で意見本文の特定ができなかった)。
(1) 三浦反対意見:遅くとも平成14年改正時点で違憲、しかも「明白」
三浦裁判官は、退職時点で違憲という結論自体は多数意見と同じだが、決定的に違うのは「いつから違憲か」「いつから国会にとって明白か」だ。
三浦反対意見は、本件規定は遅くとも平成14年改正時までに憲法に違反していた、と明言する。さらに国賠法上も、平成14年改正時点で違憲が「明白」なのに国会が退職時点まで長期にわたり改廃を怠った、したがって立法不作為は国賠法上違法で、上告(国側)は棄却されるべきだ、と結論づける。
では、なぜ平成14年改正が分水嶺になるのか。三浦反対意見(および関連箇所)は、平成14年改正で導入された「7号規定」(精神機能の障害により警備業務を適正に行えるかを個別審査する仕組み)を重視する。個別審査規定がある以上、被保佐人を一律排除する欠格条項は「過剰な規制」で、必要かつ合理的な措置とはいえないことが明らかで、立法府の判断は合理的裁量を逸脱していた、というのが反対意見側の評価である。
さらに、平成11年整備法の段階で同様の是正を妨げる事情はなく、平成14年以前から違憲と評価できる余地すら示唆する。ここまで来ると、多数意見の「違憲化は退職時点に近接」という時間感覚とは真逆である。
(2) 尾島反対意見:多数意見の「国賠否定」は誤り、控訴審維持が相当
尾島裁判官も、退職時点で違憲という点は同じだが、多数意見が“平成14年当時は裁量逸脱とまでは言えない”とした点、そして“国賠違法性は否定”とした点に反対する。尾島反対意見は、本件立法不作為は国賠法上違法で、上告(国側)は棄却、原判決(控訴審)は結論として正当、と述べる【turn30file5†L6-L14】。
また、欠格条項見直しを「一括整備法」に委ねるしかなかったわけではない、他法令の多くは一括整備法で個別審査規定も整備している、同様の事情で削除された例は限定的だ――といった比較衡量も行い、国会が“待つ”合理性を切り詰めている。結論として、国会が長期に改廃を怠ったと言える、として国賠を肯定する。
(3) 宮川反対意見:違憲化は平成14年、明白化は遅くとも平成23年
宮川裁判官の反対意見は、三浦反対意見と近いが、時間軸をさらに二段階で整理しているのが特徴だ。
宮川反対意見は、遅くとも平成14年改正当時に違憲に至っており、遅くとも平成23年7月の障害者基本法改正当時には違憲が国会にとって「明白」となっていた、よって立法不作為は国賠法上違法と評価されるべきだ、と述べる。
別箇所でも、多数意見が平成14年当時の裁量逸脱を否定するのに対し、宮川裁判官は「遅くとも平成14年改正当時には違憲」と明確に反論している。
(4) 「一括改正まで待つ」ことへの強い違和感
反対意見側の問題意識を象徴するのが、「他法令の改正準備がそろうのを待って一括して整備する合理性は否定しないが、それで“個別に検討しなくてよい”にはならない」「平等保護原則と職業選択の自由が不合理に損なわれている状態が条文上あらわなら、法体系全体の一括改正を待たずに、必要なところには別途措置を講ずるべきだった」という趣旨の指摘である。
ここには、国賠の核心である「正当な理由なく長期放置」をどう見るか、という評価の分岐が凝縮されている。
5 結局、なぜ「違憲」でも国賠が認められないのか
この事件が残した最大の学びは、「違憲判断」と「国賠成立」が同義ではないことだ。
- 憲法判断は、当該規定が憲法に適合するか(許される規制か)を評価する。
- 国賠(立法不作為)は、国会が改廃しなかった“行為の違法性”を問う。ここには、立法裁量・政策判断・作業の優先順位といった要素が強く入り、裁判所は一般に慎重になる。
多数意見は、退職時点で違憲に至ったことは認めつつも、違憲化が“比較的最近”で「長期放置」とまでは言えない、と評価した。
これに対し反対意見は、違憲化を平成14年(あるいはそれ以前)にまで遡らせ、遅くとも平成23年には“明白”だった、と組み替えたうえで、だからこそ長期放置が成立すると論じた。
同じ条文を見ても、どの時点で「必要性・合理性」が崩れ、どの時点で国会にとって「明白」だったか――この“時間軸の切り方”が、賠償の有無を決めてしまう。大法廷が割れた理由は、まさにここにある。
6 この判決が持つ意味――「欠格条項」時代の終わり方と、次の宿題
本件は、成年後見制度の利用が就労排除につながり得るという、制度の副作用を正面から照らした。多数意見が退職時点での違憲を明言したこと自体、欠格条項のあり方に強い憲法的警告を発したと言える。
一方で、国賠を否定したことで、過去の被害回復は限定され得る。そのかわり、立法・行政に対しては「今後同種の制度設計を続けることは許されない」という規範的圧力が残る。安浪意見が、相対的欠格条項等の見直しや国際的勧告、基本計画に触れつつ「適切な対応が望まれる」と述べる流れは、判決が“次の宿題”を示していることを物語る。
最後に確認しておきたいのは、この判決が単に「警備業の話」ではない点だ。欠格条項はさまざまな業法・資格法に散在し、形式は違っても「属性で一律排除する」発想が残る限り、22条と14条の総合的審査が再び問われる局面はあり得る。
そして国賠のハードル(“明白性”と“長期放置”)をどう設定するかという論点は、今後も、立法不作為訴訟の帰趨を左右し続けるだろう。
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