公明党の連立離脱とは? 自公政権26年を、私の“憲法を守る”の視点から読み解く

スライド1
previous arrow
next arrow

私、はらだよしひろが、個人的に思ったことを綴った日記です。社会問題・政治問題にも首を突っ込みますが、日常で思ったことも、書いていきたいと思います。

2025年10月、公明党はついに自民党との連立関係を離脱した。
26年間続いた「自公連立」は、戦後日本政治の大きな枠組みであり、その終わりは日本の政治地図を再び書き換える出来事と言える。

しかし、今回の連立離脱は、単なる政局の話ではない。むしろ、公明党が掲げてきた「中道政治」、そしてその源流にある創価学会の仏教観──“生命尊重・平和・対話”の価値──へ立ち返る可能性を秘めたターニングポイントだと私は見ている。

一方で、私は自分自身の
「日本国憲法 改正案(原田芳裕案)~超護憲的日本国憲法改正案~」
という構想を持っている。
👉 https://yoshihiroharada.pawaharasoudan.jp/social/425/

そして、その骨子や要旨をまとめた記事や、世界の憲法と比較しながら整理した論稿もすでに公開している。
👉 日本国憲法改正案の骨子・要旨
https://yoshihiroharada.pawaharasoudan.jp/social/4126/
👉 比較憲法論的に整理した記事
https://yoshihiroharada.pawaharasoudan.jp/social/3818/

こうした「超護憲的」な視点と、公明党・創価学会の歩みを重ね合わせてみると、
連立参加前/連立参加中/連立離脱後 の三つの局面は、単なる歴史の区切りではなく、
「中道とは何か」「平和主義とは何か」を映し出す鏡のように見えてくる。

1.連立参加前──“理念としての中道”に最も近かった公明党

公明党は1964年に結党し、創価学会を支持母体とする在家仏教系政党として出発した。創価学会の仏教観は、法華経に基づく「生命の尊厳」「平和」「対話」が中核にあり、政治活動にもその価値観が色濃く反映されてきた。

この時期の公明党は、

  • 憲法9条を基礎とする平和主義
  • 福祉・生活者に軸足を置いた政策
  • 庶民の視点を重視するスタンス

といった意味で、かなり「理念としての中道」に近い政党だったと私は捉えている。

私自身の 超護憲的憲法改正案 は、現行憲法の
「国民主権・基本的人権・平和主義」
をさらに徹底させる構想だが、連立参加前の公明党は、少なくとも理念レベルでは、かなり相性が良かったと言ってよい。

※私の憲法案の全体像や、「なぜ超護憲的なのか」という点に関しては、こちらの記事で詳しく述べている。


2.連立参加(1999年〜2025年)

──“ブレーキ役”と“妥協”のあいだで揺れた中道政党

1999年10月、自自公連立の発足をきっかけに、公明党は本格的に自民党政権の一角を占めるようになった。
それ以降、少なくとも2025年の離脱までは、「自公政権」の一翼として、国政運営の中心に関わってきた。

(1)中道政党として期待された「ブレーキ&アクセル」

公明党は、「中道政治」を掲げながら、自民党政権に対して

  • 国家主義的な暴走へのブレーキ
  • 福祉や生活者の課題を前に進めるアクセル

という役割を担うことが期待されてきた。

実際、バリアフリー法制や、福祉・医療・子育て支援の分野では、公明党が“実務の中道”として一定の成果を上げてきた側面がある。そこには、創価学会の「弱者救済」「生命尊重」という仏教観が、間接的に反映されていたように思う。

ここだけを見れば、
「与党に入ることで、中道の理念を実務に変えた」
と評価することもできる。

(2)安保法制・集団的自衛権──護憲勢力としての限界

しかし、同時に忘れてはならないのが、

  • 集団的自衛権の容認
  • 安保法制の整備
  • 自衛隊と憲法9条をめぐる解釈改憲的な動き

に、公明党が与党の一員として関与してきた事実だ。

私は、ここに「護憲政党としての公明党」の限界が露呈したと見ている。
あくまで私の超護憲的立場から言えば、

与党としての責任を優先する中で、
“平和主義を守るブレーキ”として踏み込むことができなかった部分がある。

これは、公明党だけが悪いという話ではない。
「与党であり続ける」ことに依存しすぎた日本政治の構造 そのものの問題でもある。

この構造的問題については、別の記事
「民主主義の終わり、を日本の今から考えると、危機が見える。自公政権から自維政権への流れから考えること。」
でも掘り下げている。
👉 https://yoshihiroharada.pawaharasoudan.jp/social/4061/

(3)“理念としての中道”と“実務としての中道”のズレ

連立参加期の公明党は、

  • 福祉や生活政策では「実務としての中道」として前進
  • 安保・憲法問題では「理念としての中道・平和主義」が後景化

という、二重構造を抱えることになった。

その結果、創価学会の仏教観(平和・生命尊重)と、現実政治の振る舞いとの間に、信仰者のレベルでも、ジワジワと矛盾が溜まっていったのではないかと、私は感じている。

この矛盾を、信仰と政治、そして民主主義全体の問題として捉え直したのが、先ほどの
「民主主義の終わり…」の記事であり、また今回のテーマとも深くつながっている。


3.連立離脱(2025年)

──中道への“原点回帰”になりうるか

そして、2025年10月。
公明党はついに、自民党との連立を離脱する決断をした。

この出来事そのものについては、私はすでに別の記事
「公明党の連立離脱から見る、自公政権の『市民政治を奪った歴史』」
で詳しく書いている。
👉 https://yoshihiroharada.pawaharasoudan.jp/social/4032/

ここでは、その記事と重複しないように、「中道政治」という観点から、この離脱の意味を整理してみたい。

(1)“与党であり続けること”の終わり

連立離脱は、

「与党であり続けること」を最優先にした時代の終わり
を意味する。

もちろん、今後も公明党が他の政党と組む可能性はあるだろうし、「野党共闘」のような新たな枠組みを模索するかもしれない。

しかし少なくとも、自民党との「自公連立」という長年のパターンは終焉した。
これは、

  • 創価学会の信仰的価値観
  • 公明党の中道理念
  • 日本社会の民主主義

を、もう一度ゼロから問い直すチャンスだと、私は捉えている。

(2)仏教的平和観との“再接続”のチャンス

与党から一歩引いた立場になることで、公明党は再び

  • 「庶民の平和」を祈る信仰
  • 「生命尊重」という仏教的価値
  • 「弱者の側に立つ」という中道の視点

を、よりストレートに政治の言葉に乗せることができる。

これは、私の 超護憲的憲法改正案 が目指している方向性と、かなり重なる部分がある。
私の案では、「行政は市民と共に立つ存在である」という「共立」の発想を中核に据えているが、これは
「上から支配する国家」ではなく、「庶民の平和・生活」と呼吸を合わせる政治のあり方である。

この「共立」の発想については、先ほどの公明党連立離脱の記事の中でも紹介している。
👉 公明党の連立離脱から見る、自公政権の「市民政治を奪った歴史」
https://yoshihiroharada.pawaharasoudan.jp/social/4032/

(3)“自公政権から自維政権へ”という流れの中で

さらに、日本の政治全体としては、
“自公政権”から“自維政権”のような形へと、パートナーだけを付け替えて延命する動きも見える。

この流れについては、
「日本政治の現状──高市早苗内閣発足を踏まえて」
の中で整理している。
👉 https://yoshihiroharada.pawaharasoudan.jp/social/4068/

公明党の連立離脱は、こうした「政権維持のための最適化」の構図に対して、中道政党として一つの“ノー”を突きつけたとも言える。


4.「中道政治」とは何か

──私の超護憲的視点からの再定義

最後に、「中道政治」という概念そのものを、私の視点から改めて定義してみたい。

中道とは、決して

左右のちょうど真ん中で、適当に妥協すること
ではない。

私が考える中道政治とは、次のようなものだ。

  • 人間の尊厳・基本的人権・平和主義を、政治判断の絶対的な軸に据えること
  • 国家や市場の論理だけでなく、「生活」「感情」「信頼」といった人間の実感に根ざした政策をつくること
  • 極端なナショナリズムや、極端な市場原理主義のどちらにも与せず、しかし現実から逃げない態度を取ること
  • 「行政は市民と共に立つ共立体である」という憲法構想の下で、権力の暴走を構造的に防ぐこと

この意味で言えば、
私の「超護憲的日本国憲法改正案」は、中道政治の“憲法版”
だと言ってもよい。

公明党が、今回の連立離脱を機に、

  • 平和主義
  • 生命尊重
  • 生活者の視点
  • 信仰と政治の健全な距離

といった価値にもう一度立ち返るなら、
私の超護憲案が描く「中道的な憲法秩序」とも、再び響き合う可能性があると感じている。


■関連記事(内部リンクまとめ)

この記事とセットで読んでほしい記事を、最後にまとめておく。

憲法・公明党・民主主義の三つのテーマが、互いにリンクし合う構造になっているので、この記事を読まれた方は、読みやすさとしても面白いはずだと思う。

はらだよしひろと、繋がりたい方、ご連絡ください。

私、原田芳裕は、様々な方と繋がりたいと思っています。もし、私と繋がりたいという方は、是非、下のメールフォームから、ご連絡ください。ご相談事でも構いません。お待ちしております。

    お名前(必須)

    住所(少なくとも、市町村までは必須)

    メールアドレス(必須)

    電話番号(必須)

    URL

    ご用件(必須)

    お問い合わせ内容(できるだけ、詳しく)