春日井市土地買戻し問題訴訟ーー第1審は口頭弁論無しの却下という大問題判決でした

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私、はらだよしひろが、個人的に思ったことを綴った日記です。社会問題・政治問題にも首を突っ込みますが、日常で思ったことも、書いていきたいと思います。

春日井市が令和6年に花王株式会社から土地を買い戻した問題について、私は2025年末に住民訴訟を提訴いたしました。

そして、この提訴に対して、名古屋地裁は、令和8年2月19日付けで、口頭弁論無しの民訴法140条による却下という判決を出してきました。

名古屋地裁の判決文

第1審-判決-(花王)

この判決は憲法32条・82条の観点からも、問題が多い判決ですので、その問題点について述べたいと思います。

春日井市土地買戻し問題訴訟の第1審却下判決を読む

― 憲法32条・82条の観点から見た「口頭弁論なき門前却下」の問題

私が提起した、春日井市と花王株式会社との間の「土地売買契約解除に関する合意書」をめぐる住民訴訟について、名古屋地裁は令和8年2月19日、請求をいずれも却下する判決を言い渡しました。

この判決を読んで、私がまず強く感じたのは、本件の違法性の中身が否定されたというよりも、その違法性を審理の場に乗せること自体が拒まれたということでした。
判決は、私の主張する議会議決欠缺、未確定債権による相殺、財務会計処理の違法性、さらには住民の財産的利益との関係に、ほとんど立ち入っていません。そうではなく、私の訴えを地方自治法242条の2第1項2号の住民訴訟として整理したうえで、その対象となる「行政処分」に当たらないという理由だけで、入口の段階で閉じてしまいました。

しかし、私には、この判決の問題は単なる訴訟類型の整理にとどまらないように思えます。
むしろ本件で問われているのは、裁判所が、住民による重大な違法主張を、どのような手続のもとで、どこまで審理し、どのような理由で排斥し得るのかという、より根源的な問題です。そこには、憲法32条の「裁判を受ける権利」と、憲法82条の「裁判の公開」という、司法の正統性そのものに関わる論点が深く横たわっていると考えています。

1 本件で私が問うたものは、単なる契約解釈ではありません

私の訴状は、春日井市が花王株式会社と令和6年9月27日付で締結した「土地売買契約解除に関する合意書」と、これに基づく相殺処理を対象とするものでした。

春日井市土地買戻し問題訴訟 訴状

住民訴訟-訴状-(花王)※一部黒塗り

春日井市が花王株式会社と令和6年9月27日付で締結した「土地売買契約解除に関する合意書」

春日井市-花王-合意解約契約書

本件では、市は、買戻金29億7354万2037円から、違約金9億8299万8611円と使用料相当額3億2929万5904円を控除し、差額のみを支払うという処理をしています。私はこれについて訴状で
第一に、本件合意書の無効確認、
第二に、本件合意書に基づく相殺処理に係る会計処理の取消し、
第三に、相殺により控除された金額について花王に返還を求める措置義務の確認、
を求めました。

ここで私が問題にしたのは、単なる民事上の契約解除ではありません。
本件は、30億円規模の土地の買戻しと、13億円を超える控除処理を伴うものです。しかも私は、これが地方自治法96条1項8号および条例上、議会議決を要する重要な財産処分であるにもかかわらず、その議決を欠いたまま行われたと主張しました。

さらに、違約金債権や使用料相当額債権については、そもそも成立要件や金額の確定に重大な疑義がありました。そうである以上、それらを当然に存在する確定債権であるかのように扱い、相殺し、会計処理まで進めたことには、地方公共団体の財務会計秩序に対する深刻な問題があるはずです。

つまり本件は、形式上は「合意書」や「相殺」という民法上の用語で表現されていても、その実質においては、地方自治体の重要財産の処分と議会統制、そして住民の財産的利益に関わる公法的事件です。私はそのように考えて訴えを提起しました。

2 第1審判決は、争点の核心に入らず、「行政処分ではない」で閉じました

ところが、第1審判決は、この事件の中身に踏み込みませんでした。

判決は、地方自治法242条の2第1項2号における取消し又は無効確認の対象は「行政処分たる当該行為」であり、ここでいう行政処分とは、行訴法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」と同義であると述べました。そして、その「行政処分」とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう、と整理しました。

そのうえで判決は、本件合意書について、春日井市と花王との間の土地売買契約を合意解除し、返還金額、違約金、使用料相当額を確認し、双方の債権債務を相殺したうえで最終支払額を定めたものにすぎず、これは契約当事者としての立場でされた私法上の合意にすぎないとしました。そして、私法上の合意である以上、公権力の主体としての行為でもなければ、直接国民の権利義務を形成・確定するものでもないから、行政処分には当たらないとしました。

また、第2請求の対象である相殺処理に係る会計処理についても、何を指すのか必ずしも判然としないと述べつつ、もともとの本件合意が私法上の合意にすぎない以上、それに伴う会計処理も行政処分には当たらないとしました。さらに第3請求についても、そもそも取消し又は無効確認の請求ではない以上、2号請求には当たらないとしました。

そして最後に、これらの不適法は補正できないとして、民訴法140条により、口頭弁論を経ることなく本件訴えを却下しました。

要するに、この判決は、本件が適法であるとか、議決欠缺が存在しないとか、相殺処理に違法がないとか、そうした判断をしたわけではありません。
ただひたすらに、この事件は、そもそもこの訴訟類型で審理する対象ではないとしたのです。

3 私が最も重大だと考えるのは、憲法32条の観点から見た「審理の拒絶」です

ここで私が最も重大だと考えているのは、憲法32条との関係です。

憲法32条は、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」と定めています。もちろん、この規定は、どのような請求でも無制限に認められることを意味するものではありません。訴訟要件や訴訟類型に関する法的整理が必要であることは、私も当然承知しています。

しかし、だからといって、裁判所が、住民による重大な違法主張を、実質的な審理に入る前の段階で、極めて狭い概念操作によって排除してよいのかとなると、そこには慎重さが必要です。
とりわけ本件のように、地方自治法96条1項8号に基づく議会議決の要否という、地方自治の民主的統制構造そのものに関わる問題が提起されている場合には、単に「私法上の合意だから」「行政処分ではないから」という整理だけで事件を閉じることが、はたして憲法32条の要請にかなうのか、私は強い疑問を抱いています。

裁判を受ける権利とは、単に訴状を裁判所に提出できるという意味だけではありません。少なくとも、何が争点であり、裁判所がそれをどう捉え、なぜ排斥するのかについて、当事者が手続の中で実質的に関与しうることが重要です。そうでなければ、権利としての「裁判を受けること」は空洞化してしまいます。

本件判決は、私の訴えを、住民訴訟2号請求の「行政処分」概念に吸収し切れないという理由で切りました。しかし、そこで本当に検討されるべきだったのは、住民訴訟2号における「行政処分」を、抗告訴訟の一般的処分性と同一に理解してよいのか、本件のような重要財産処分と一体化した相殺・会計処理を、単なる私法上の合意として処理してよいのか、という点だったはずです。

にもかかわらず、その吟味を尽くさないまま、「行政処分ではない」として閉じてしまった。私には、これは単なる法技術的整理ではなく、実質的には審理の拒絶に近いものに見えます。

4 憲法82条の観点から見ても、口頭弁論を経ない却下には重い問題があります

本件で、憲法82条との関係も極めて重要です。

憲法82条は、「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」と定めています。ここでいう公開法廷原則は、単に傍聴人を入れるという形式的要請にとどまりません。裁判所がどのような争点をどう受け止め、どのような手続のもとで、どのような理由により結論に至ったのかを、当事者と国民の前に開いていくことに意味があります。司法の判断形成過程を公的監視のもとに置くことによってこそ、裁判の正統性と納得可能性は支えられます。

本件では、地方公共団体による巨額の財務行為と、議会議決の有無が問題となっています。これは、個別私人間の小さな紛争ではありません。地方自治のあり方、議会統制の実効性、住民財産の保全に関わる、極めて公共性の高い争いです。そうであるにもかかわらず、本件は、公開の法廷で本格的に争点を整理し、審理する機会が与えられないまま、口頭弁論なしに却下されました。

私は、ここに憲法82条上の深い問題があると考えています。

もちろん、民訴法140条により、一定の場合に口頭弁論を経ずに訴えを却下し得ること自体は制度として存在します。しかし、それは、訴えの不適法が明白であり、しかも補正の余地がなく、公開の法廷で争点形成を行う必要性も乏しいような場合を念頭に置いたものと理解すべきです。

ところが本件では、
住民訴訟2号の「行政処分」概念をどう理解するのか、
議会議決欠缺を伴う財産処分をどのように公法的に把握するのか、
会計処理の違法性をどのように特定し得るのか、
請求間の関係をどのように整理するのか、
こうした点に、なお十分に議論されるべき余地がありました。

それにもかかわらず、公開の法廷でそれを明らかにすることなく、「補正不能」として一挙に閉じたことは、少なくとも、憲法82条が予定する公開性の理念と緊張関係に立つものであるように思えます。
実質的に事件を終わらせる判断である以上、その判断形成過程は、より慎重に、より開かれた形で示されるべきではなかったでしょうか。

5 「私法上の合意」という整理では、本件の公法的本質は説明し切れません

第1審判決は、本件を「私法上の合意」と捉えました。しかし、私はその整理だけでは、本件の本質は捉えられないと考えています。

たしかに、契約解除も相殺も、形式上は私法上の概念です。しかし、本件の問題は、その形式にあるのではなく、その実質にあります。地方公共団体が、重要な公有財産の処分と巨額の財務会計処理を、議会議決を欠いたまま進めたのではないかという点こそが中核です。

もし、こうした行為が「私法上の合意」という形式をとることによって、住民訴訟による審査から容易に外れてしまうのであれば、地方自治法96条1項8号が議会に与えた統制権限は、実質的に空洞化しかねません。
私は、まさにこの点に、本件の重大さがあると思っています。

つまり、ここで問うべきなのは、契約の形式が私法か公法かという抽象論ではありません。
議会議決を要するはずの重要財産処分と、それに一体化した相殺・会計処理を、司法がいかなる法的視角で審査し得るのかという点です。
第1審判決は、その問いに正面から答えたのではなく、形式論で回避したように私には見えます。

6 補正不能として民訴法140条却下に進んだことにも、私は納得していません

判決は、第2請求について、「会計処理」が具体的にいかなる行為を指すのか必ずしも判然としないと述べています。しかし、そうであるなら、本来問題となるのは、補正や釈明の在り方です。

実際、本件では裁判所から回答書の提出が求められ、私は、各請求が地方自治法242条の2第1項2号に基づくものであることや、第1請求・第2請求における対象行為をどのように捉えるかについて回答しました。これは少なくとも、裁判所自身が、争点整理や特定の余地を認識していたことを示しています。

それにもかかわらず、最終的には「補正することができない」として、口頭弁論なしに却下した。
私は、この流れに強い違和感があります。

不明確であるなら、まず何が不明確なのかを示し、補正によってどこまで是正可能かを見極めるのが筋ではないでしょうか。にもかかわらず、本件では、その検討が尽くされないまま、「不備は補正できない」という結論に一足飛びで進んでいます。
ここにも、憲法32条が要請する実質的な手続保障との関係で、看過し難い問題があるように思います。

7 本件却下判決が本当に問われるべき理由

私は、この第1審判決を、単に「私の請求が認められなかった判決」として受け止めてはいません。
むしろ、裁判所が、住民訴訟という制度をどこまで実質的に機能させるのか、それとも形式論によって入口で狭めるのかを鮮明に示した判決だと見ています。

本件で本当に問われているのは、次のようなことだと思います。

第一に、住民訴訟2号請求における「行政処分」を、抗告訴訟の一般的処分性と機械的に同一視してよいのか。
第二に、議会議決欠缺を伴う重要財産処分と一体化した合意・相殺・会計処理を、単なる私法上の合意として処理してよいのか。
第三に、仮に構成や特定に課題があるとしても、それを直ちに補正不能として、公開の法廷での審理を経ずに却下してよいのか。
第四に、そのような処理が、憲法32条の裁判を受ける権利憲法82条の公開法廷原則と、本当に整合するのか。

私は、控訴審では、これらの点をより明確に問う必要があると考えています。
なぜなら、本件却下判決の問題は、単に一件の住民訴訟をどう処理したかということにとどまらず、司法が、地方自治における重大な違法主張に対して、どのような手続的責任を負うのかという問題そのものに関わるからです。

8 おわりに

第1審判決は、私の主張する違法性の核心に、正面から答えていません。
議会議決欠缺の有無、未確定債権による相殺の適否、財務会計処理の違法性、住民財産の保全といった問題について、本案判断を示したのではなく、それ以前の段階で訴えを閉じました。

しかし私は、だからこそ、この判決には大きな意味があると思っています。
なぜなら、この判決によって、争点は一段と明確になったからです。

すなわち、本件の核心は、単なる契約解除の当否ではありません。
地方自治体の重要財産処分に対し、司法はどこまで審理責任を負うのか。
住民の提起する違法主張を、どのような手続で排斥し得るのか。
そして、その排斥が、憲法32条と憲法82条の要請に照らして許されるのか。

そこにあります。

私は、控訴審において、まさにこの点を正面から問いたいと考えています。
本件却下判決の問題は、単に「請求が通らなかった」ということではありません。
司法が、何を審理し、何を審理しないのか。
その線引きを、どの理屈で、どの手続で、どこまで正当化できるのか。
そのこと自体が、いま問われているのです。

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私、原田芳裕は、様々な方と繋がりたいと思っています。もし、私と繋がりたいという方は、是非、下のメールフォームから、ご連絡ください。ご相談事でも構いません。お待ちしております。

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