「春日井」という読み方と地名の由来の面白さを伝えます。

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私、はらだよしひろが、個人的に思ったことを綴った日記です。社会問題・政治問題にも首を突っ込みますが、日常で思ったことも、書いていきたいと思います。

1 地名の歴史と語源

1.1 古代~中世:**春日部(かすがべ)**という郡名

  • 現在の愛知県春日井市一帯は古代律令制下で尾張国東部に置かれた「春日部(かすがべ)郡」の領域だった。『延喜式』では郡名を「春日部」や「春部」と記し、10世紀の辞書『和名類聚抄』では「賀須我部(かすがべ)」と訓じる。郡名は仁賢天皇の皇后・春日大娘皇女に属した 御名代部(みなしろべ) – 皇族や神に献納する物資を調達する集団 – だったとする説が古くからある。名代部の人々は「春日氏」「春日部」と呼ばれ、その集団名が郡名になった。

【補足】名代部(みなしろべ)が「郡名」になっていく道筋

ここで大事なのは、「春日部(かすがべ)」が最初から行政区画(郡)の名前として発生した、というよりも、先に“人の集団名(○○部)”があり、それが土地の呼称として定着し、のちに行政区画名へ“昇格”するという古代的な地名成立の回路がある点である。
名代部は、特定の皇族(皇后・皇女など)や神に名義上属し、一定の貢進・労役を担う部民集団で、もともとは「人を束ねる制度語」だった。ところが、部民集団が一定の地域にまとまって居住・耕作し、徴収・動員の単位として固定されると、周囲からは「○○部のいる土地」「○○部の里」と呼ばれるようになる。こうして部民集団名 → 土地呼称 → 行政名へと移っていく。
つまり春日井の場合、「春日部郡」は、“春日部という部民集団”がこの地に組み込まれ、地名として化石化した結果と捉えると、地名の芯が見えやすい。
なお、「誰の名代部なのか」(春日大娘皇女等)については有力説がある一方、一次史料での特定が難しい部分もあるため、ここは断定ではなく“制度として十分あり得る枠組み”の上に、複数の説明が重なっていると理解するのが正確である。

  • 郡名が文献に現れる最古の時期は奈良時代で、『日本書紀』や『続日本紀』に「春日部郡」への官位叙任などが記される。鎌倉時代以降には「春日井部(かすがいべ)」という表記も現れる。このように「春日部」が「春日井」へ変化していく過程が確認できる。

【補足】「春日部」=名代部だけでなく、“王権の収取システム”の影もある

春日部(春部)という郡名を、名代部だけで説明し切ろうとすると、どうしても「名称の由来」に寄りかかりがちになる。そこで視野を少し広げると、この地域は、名代部(部民)だけでなく、古代国家の収取・供給の拠点となる**屯倉(みやけ)や、のちの郷(ごう)・荘園(しょうえん)**の成立とも接続して語られてきた。
たとえば安食(あじき)という地名は、中世には安食荘として史料に現れ、春日部郡の内部で早くから「まとまり」を持った領域名としても機能した。こうした郷名・荘名が立ってくると、広域名(郡名)としての春日部/春部が残りつつ、内部では安食・柏井などの単位がより具体的な生活圏の名前として前面に出てくる。
その意味で「春日部」は、単なる“語源の説明”ではなく、尾張東部が早い段階で古代国家の編成(動員・徴収・供給)の枠組みに組み込まれていた痕跡としても読める。

1.2 近世以降:春日井原(かすがいはら)新田と村名の成立

  • 中世末期まで尾張国東部は荒野が広がり、猟師や旅人だけが通る未開の原野で「春日井原」と呼ばれた。
  • 江戸初期、尾張藩初代藩主・**徳川義直(よしなお)**が春日井原を開発し、新田開発に従事した農民たちにこの地を「春日井原新田」と名付けた。農民は岡崎の浅水(あさみ)に湧く清水を引いて水田を拓き、荒野は良田になった。
  • 新田が村になり、藩主が地名を正式に「春日井村」と定めたのが春日井市の始まりである。戦時中の1943年に勝川町・鷹来村・篠木村・鳥居松村が合併した際、東春日井郡中央に位置することから市名を「春日井市」とした。市名には旧郡名を受け継ぐ意味合いが強い。

1.3 「春日井」の意味と漢字の構成

  • 「春日井」は「春日部(かすがべ)」の音変化による地名であり、古い呼称「かすがべ(春日部)」から「かすがい(春日井)」へ転じたものとされる。『郷土誌かすがい』は、律令制の頃の郡名「春部」や「春日部」が後に「春日井部」と記され、さらに読みが「かすがい」へ転訛したと説明する。一説には「春日部(かすかべ)」の b 音が中世~近世の方言変化で gai に変わったと考えられている。

【補足】「べ(部)」が“意味語”から“音の一部”へ変わるとき

「春日部(かすがべ)」の「べ」は、本来、部民(べみん)に由来する**制度語としての“部(べ)”**を背負っている。しかし、律令制の実態が薄れ、部民制が生活実感として見えにくくなるにつれて、「べ」は“意味”よりも“音”として扱われやすくなる。
その結果、文書上の表記が揺れたり(春部/春日部/春日井部)、地域での発音が別の音へ寄っていったりする余地が生まれる。春日井の「かすがい」は、まさにこの局面――制度語としての“部”が、地名音の一部として再解釈されていく局面――で定着した読みであり、だからこそ、漢字の通常の音訓から外れた“地名読み”として残った、と整理できる。

  • 「井」という字は中国古典『易経』の「井卦」に由来する象形文字で、木製の枠で囲った井戸の形を表す。国語辞典は訓読み「い」について「井戸湧き水川の流水を汲み取る所」を意味すると解説している。同辞典は「井」の用例として「走り井」や「山の井」のように湧水や取水口を指す例を挙げる。日本の地名研究でも、井の付く地名は井戸ではなく泉(湧き水)を表す場合が多いと指摘されている。
  • 『郷土誌かすがい』第74号は、庄内川沿いの地名「井上」について「井は泉や流水から用水を汲み取る所であり、庄内川から引いた用水の取入口があった地名と考えられる」と説明し、別の号でも「柏井」の由来を「柏・膳が“かしわ”と読め、井は井戸や泉の意味である」と述べている。このことから、春日井の「井」も当地の湧水や用水を指す可能性が高い。実際、春日井原には浅水(あさみ)の湧き水があり、それによって新田開発が可能になったことが記録されている。

2 「春日井」の読み方の由来

  • 漢字「春日井」は本来の音読みでは「しゅんじつせい」や「はるひい」と読むが、地名は古代からの呼称である かすがべ に由来するため訓読とは異なる読み方になった。
  • 『郷土誌かすがい』は、律令期に「春部評」と記されていた郡名が鎌倉期以降「春日井部」となり、江戸時代頃には読みが「かすがい」に変化したと指摘する。古代の「べ」・「べ(部民)」は職掌集団を意味し、この終末音 -be が中世・近世の音韻変化で -gai に転じたとみられる。
  • 春日井市の広報誌は「漢字の音や訓と合致する読み方の地名が一般的だが、中には独特の読み方をする地名も多い」と述べ、春日井のような特殊な読み方は歴史的な方言や地名習慣から生じたと説明している。春日井の場合も、古くからの地名音を漢字に当てはめたため「かすがい」と読むようになった。

3 全国の「春日」地名との関係

3.1 奈良の春日と春日信仰

  • 日本の「春日」地名の基点は奈良市の 春日山麓 に鎮座する 春日大社 である。同社には 武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売神 の四柱を祀り、平安時代から国家鎮護の神として尊崇された。9世紀以降、多くの神社で春日大社の神々を分霊して祀る「勧請」が盛んになり、各地に「春日神社」が建立された。2025年の記事「春日神社はなぜ全国にあるのか」は、春日神社の多くが春日大社から勧請した分社であり、全国に数百社が存在する理由を解説している。
  • 国語辞典は「春日」の語源について、古語「春日(はるひ)」が奈良の春日野の枕詞となり、後に「かすが」と訓読されるようになったと説明する。辞典はまた、「春日」の地名は奈良の春日野に由来し、多くは春日社を祀った土地や春日大社の荘園に由来すると記す。同趣旨の記述は Wikipedia の「春日」記事にもあり、全国の春日地名の多くが「春日大社の旧領地や、そこからの分霊を祀る春日神社」に由来するとしている。
  • 例えば福岡県 春日市 は、市内に鎮座する「春日神社」が奈良の春日大社からの分霊を祀ることに由来すると公式サイトが説明している。このように、春日の地名は神社信仰に由来する場合が多い。

3.2 春日井と春日地名の関係

  • 春日井の「春日」は、春日大社や春日神社と直接の関係はないものの、古代の名代部「春日部」→「春日井部」を経て伝承された名称である。春日大娘皇女や春日神(春日大社)の名を冠した名代部が全国に多数あり、現在でも埼玉県春日部市や兵庫県丹波市春日町などに同名の地名が残る。春日井もその一つで、春日大社の神名を奉じる皇女の名代部だったと考えられている。
  • そのため、「春日井」の「春日」は全国の春日地名と共通の源流をもつ。一方、「井」は各地の春日地名には付かず、春日井固有の水源地を示す字である。春日井は春日大社由来の信仰地ではなく、旧郡名「春日部」の名残が農地開発と共に残り、豊富な湧き水を象徴する「井」が添えられた地名と言える。

要するに春日井は、春日大社由来の“信仰地名”というより、名代部(春日部)→郡名(春日部/春部)→地名音(かすがい)という制度の痕跡を抱えた土地である。そこへ開発史(春日井原新田)と水の記憶(井=湧水・取水)が重なり、現在の「春日井」という地名が完成した、と見るのが最も腑に落ちる。

4 まとめ

観点事実・解説典拠
名称の起源現在の春日井市一帯は奈良時代の尾張国 春日部郡 で、郡名は仁賢天皇の皇后・春日大娘皇女の 御名代部 にちなむ集団名から生じたと考えられる。『延喜式』・『和名類聚抄』・郷土誌など
春日井原新田荒野だった春日井原を徳川義直が新田開発し、「春日井原新田」と名付けた。浅水の湧き水を利用して稲作が行われ、その新田が春日井村へ発展した。春日井郷土史・郡誌
読み方の由来「春日井」は古い呼称「かすがべ(春日部)」の音変化であり、鎌倉期以降「春日井部」と表記されたことが確認される。古代の「ベ(部)」が中世の発音変化で「ガイ」へ変化したとみられる。郷土誌
「井」の意味漢字「井」は井戸や湧き水を意味する象形文字で、国語辞典では泉や川の流水を汲み取る所をも含むと説明する。地名研究では「井」が付く地名は多くが 泉・用水の取水口 を表す。春日井郷土誌も庄内川の取水口に由来する「井上」や「柏井」の例を挙げ、井は井戸や泉の意味と述べている。辞典・郷土誌
全国の春日地名多くの「春日」地名は奈良の春日大社からの分霊を祀る 春日神社 に由来する。辞典や各地の解説では春日地名が春日大社の旧領や勧請によって広まったと説明している。国語辞典・公式サイト・Wikipedia
春日井と春日地名の関係春日井の「春日」は春日大娘皇女に由来する名代部の名であり、多くの春日地名と共通する。だが、春日井では湧水を示す「井」が付いており、春日大社や春日神社に由来するわけではない。郷土誌

おわりに

「春日井」という地名は、奈良の春日大社と同じく「春日」という古い語を含みながらも、その成り立ちは尾張国の歴史と新田開発に根ざしている。古代の春日部郡が中世に「春日井部」となり、江戸時代に春日井原新田が拓かれたことから現在の地名が生まれた。漢字の「井」は地域の湧水や用水を示す字で、浅水の湧き水を利用した新田開発の記憶を伝える。全国に広がる「春日」の地名は春日神社の勧請に伴うものであり、春日井も同じ語源を持つが、そこに「井」が加わることで独自の歴史を刻んだ地名となっている。

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