(旧)労働契約法20条違反に拘りすぎたか?――請求権の選択を誤ると、最高裁で厳しい逆転もある
私、はらだよしひろが、個人的に思ったことを綴った日記です。社会問題・政治問題にも首を突っ込みますが、日常で思ったことも、書いていきたいと思います。
令和8年2月13日、最高裁第二小法廷は、令和6年(受)第2399号「労働契約法20条違反による損害賠償請求事件」について判決を出しました。
この判決は、事件名だけを見ると、いわゆる旧労働契約法20条、つまり有期雇用労働者と無期雇用労働者との間の不合理な労働条件相違が問題となった事件のように見えます。
もちろん、その問題意識は事件の背景にあります。
しかし、最高裁がこの判決で正面から判断した核心は、そこではありません。
むしろ、この判決の本当の読みどころは、**「請求権の選択」**です。
つまり、原告側が裁判所に判断してほしかった論点と、実際に選択した請求権とが、ずれていたのではないか。
そして、そのずれによって、最高裁は旧労働契約法20条の不合理性判断に深く入る前に、請求の法律構成そのものを切ったのではないか。
私は、この判決をそのように読みました。
目次
事案の骨格
本件の被上告人らは、上告人に雇用されていた有期雇用労働者です。
上告人のもとには、もともと、期間の定めのない労働契約を締結した正社員と、期間の定めのある労働契約を締結した準社員という区分がありました。正社員には正社員就業規則が、準社員には準社員就業規則が適用されていました。
そして、準社員就業規則には、一時金に関する定めがありました。
ところが、上告人は、被上告人らを新たに設ける区分である「有期雇用契約社員」として雇用することとし、被上告人らとの労働契約において、その労働条件は有期雇用契約社員就業規則によると定めました。
しかし、その有期雇用契約社員就業規則が実際に作成されたのは、平成23年11月3日でした。
ここに問題が生じます。
準社員就業規則には一時金の定めがある。
有期雇用契約社員就業規則には一時金の定めがない。
しかし、その有期雇用契約社員就業規則は、少なくとも一定期間、まだ作成されていなかった。
そこで原審は、平成23年11月2日までは、被上告人らには準社員就業規則が適用されると判断しました。そして、準社員就業規則が適用されるのであれば、上告人は被上告人らを準社員として扱い、一時金を支給すべきだった。それにもかかわらず一時金を支給しなかったのだから、不法行為に基づき一時金相当額などの損害賠償義務を負う、と判断しました。
ここまでは、一見すると、原告側に有利な判断のように見えます。
しかし、最高裁はこの原審判断を是認しませんでした。
最高裁は何を問題にしたのか

最高裁は、原審の事実認定を前提にしながらも、法的構成を問題にしました。
最高裁は、被上告人らの一時金に係る損害賠償請求について、次のように整理しています。
被上告人らの請求は、被上告人らに準社員就業規則が適用され、一時金の支払を求める具体的請求権、すなわち労働契約に基づく賃金債権を有していたことを前提としている。
そのうえで、上告人がその支払債務の履行を怠ったことが不法行為に該当するとして、一時金相当額等の損害賠償を求めている。
ここが重要です。
最高裁は、原告側の請求を、単なる「労働契約法20条違反による損害賠償請求」として抽象的に見たのではありません。
むしろ、具体的に、その一時金相当額は何を根拠として発生しているのかを見ています。
そして最高裁は、こう判断しました。
もし被上告人らが一時金について労働契約に基づく賃金債権を有しているのであれば、上告人がそれを支払わなかったとしても、それは契約に基づく金銭債務の不履行にすぎない。
その不履行自体は、不法行為法上の権利利益を侵害するものではない。
したがって、一時金が支払われなかったからといって、不法行為が成立するものではない。
この判断は、非常に基本に忠実です。
言い換えれば、最高裁はこう言っているわけです。
「一時金をもらえる権利があるというなら、それは賃金債権でしょう。
それを払わなかったというなら、債務不履行でしょう。
それを、なぜ不法行為として請求しているのですか。」
この指摘は、訴訟技術としてかなり重いものがあります。
請求権選択のミス
本件で原告側が本来選択すべきだった請求権は、まずは、労働契約に基づく一時金支払請求権だったはずです。
構造は、極めてシンプルです。
準社員就業規則が適用される。
準社員就業規則には一時金支給規定がある。
被上告人らはその支給要件を満たしている。
したがって、被上告人らは上告人に対して、一時金の支払を請求できる。
これが、もっとも素直な構成です。
あるいは、すでに支払期が到来しているにもかかわらず支払われていないのであれば、労働契約上の金銭債務の不履行、つまり債務不履行責任として構成することも考えられます。
ところが、本件で最高裁が問題にした一時金部分については、原告側は、一時金そのものを賃金債権として請求したのではなく、一時金を支払わなかったことを不法行為と構成し、一時金相当額と弁護士費用相当額を損害賠償として請求しました。
ここに、請求権選択のずれがあります。
もちろん、労働事件において、不法行為構成が常に誤りというわけではありません。
たとえば、差別的取扱い、人格権侵害、報復的な不利益取扱い、虚偽説明、制度的排除など、単なる未払いを超えた権利利益侵害がある場合には、不法行為構成が問題となり得ます。
しかし、本件で最高裁が見た限り、被上告人らは、専ら一時金が支払われなかったことをもって不法行為に該当すると主張していました。最高裁は、そのため、契約責任、すなわち債務不履行のほかに、不法行為責任が問題になる余地はないと述べています。
つまり、単なる不払いを、不法行為に変換することはできない、ということです。
旧労働契約法20条違反に拘りすぎたのか
ここで、私は一つの疑問を持ちます。
原告側は、旧労働契約法20条違反に拘りすぎたのではないか。
旧労働契約法20条は、有期雇用労働者と無期雇用労働者との間で、期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違を禁止する規定でした。
この規定をめぐる訴訟では、しばしば、正社員との待遇差が不合理であるかどうかが争われます。
そして、労働契約法20条違反が認められる場合、不法行為に基づく損害賠償請求という構成が用いられることがあります。
なぜなら、労働契約法20条に違反するからといって、当然に正社員と同一の労働条件が有期雇用労働者の契約内容になるとは限らないからです。
そのため、格差が不合理であることを違法性の根拠とし、その差額相当額を損害として請求する、という構成がとられるわけです。
おそらく本件でも、原告側には、旧労働契約法20条違反として、有期雇用労働者に一時金を支給しない取扱いの不合理性を裁判所に判断させたい、という狙いがあったのではないかと思います。
しかし、本件の一時金部分は、少し性質が違います。
なぜなら、原審の判断を前提にすると、平成23年11月2日までは被上告人らに準社員就業規則が適用されるというのです。
そして、その準社員就業規則には、一時金に関する定めがあった。
そうであれば、問題はまず、労働条件格差の不合理性ではありません。
問題は、もっと手前にあります。
すなわち、準社員就業規則が労働契約の内容になっていたのか。
その就業規則に基づき、一時金請求権が発生していたのか。
発生していたなら、その一時金を支払えという請求ができるのではないか。
こちらが、本来の基本筋です。
旧労働契約法20条違反を判断させたいという意識が強すぎると、この基本筋が見えにくくなります。
「不合理な労働条件相違だ」
「だから労契法20条違反だ」
「だから不法行為損害賠償だ」
という方向に構成が引っ張られてしまう。
しかし、最高裁は、その前提を見逃しませんでした。
「あなた方は、一時金請求権があることを前提にしている。
ならば、それは賃金債権ではないか。
賃金債権があるなら、不払いは債務不履行ではないか。
それを不法行為として請求するのは違う。」
最高裁の判断は、まさにこのような構造です。
法的三段論法で見る
この判決を法的三段論法で整理すると、非常に分かりやすくなります。
大前提は、契約に基づく金銭債務の不履行は、原則として債務不履行の問題であり、その不履行それ自体が不法行為法上の権利利益侵害になるわけではない、というものです。
小前提は、本件の一時金請求は、被上告人らに準社員就業規則が適用され、一時金の具体的請求権、すなわち労働契約に基づく賃金債権があることを前提としていた、というものです。
結論は、したがって、一時金の支払債務の不履行を理由として、一時金相当額を不法行為に基づく損害賠償として請求することはできない、というものです。
これは、非常に堅い論理です。
感情的には、原告側としては、一時金が支払われなかったことへの不公平感があったのだと思います。
また、有期雇用労働者と他の労働者との待遇差に対して、旧労働契約法20条違反を問いたいという問題意識も理解できます。
しかし、裁判では、問題意識だけでは足りません。
その問題意識を、どの請求権に乗せるのか。
その請求権の要件事実を、どの事実で満たすのか。
ここを外すと、裁判所は実体的な不満そのものには入ってくれません。
「判断してほしい論点」と「発生している請求権」は違う
この判決から得られる最大の教訓は、ここだと思います。
判断してほしい論点と、実際に発生している請求権を混同してはいけない。
原告側が裁判所に判断してほしかったのは、おそらく、旧労働契約法20条違反の問題だったのでしょう。
有期雇用契約社員に一時金を支給しない取扱いが不合理なのではないか。
準社員との関係、正社員との関係において、不合理な待遇差があったのではないか。
その判断を裁判所にさせたかったのだと思います。
しかし、実際に事実関係から立ち上がっていた可能性のある請求権は、労働契約に基づく一時金支払請求権でした。
ここで請求権選択を誤ると、裁判所はこう言います。
「その請求は、法律構成として違います。」
この判決は、まさにその典型です。
裁判所は、抽象的な正義感や問題意識を、そのまま判決にするわけではありません。
裁判所が判断するのは、訴訟物であり、請求権であり、要件事実です。
だからこそ、訴訟では、まず「何が違法か」よりも前に、「何を請求するのか」が重要になります。
支払えと言うのか。
損害を賠償せよと言うのか。
確認せよと言うのか。
取り消せと言うのか。
無効を確認せよと言うのか。
この選択を間違えると、裁判所は、こちらが本当に判断してほしかった論点に入る前に、入口で請求を退けます。
予備的請求をどう組むべきだったか
本件であれば、より安全な構成は、二段構えだったのではないかと思います。
第一に、主位的請求として、準社員就業規則が適用されることを前提に、労働契約に基づく一時金支払請求をする。
第二に、仮に準社員就業規則がそのまま適用されず、一時金請求権が直接発生しないとしても、有期雇用契約社員に一時金を支給しない取扱いは、旧労働契約法20条に反する不合理な労働条件相違であるとして、不法行為に基づく損害賠償を予備的に請求する。
このように組めば、少なくとも、請求権の選択ミスによって一時金部分が切られる危険は小さくなったはずです。
主位的には賃金請求。
予備的には旧労働契約法20条違反を理由とする不法行為損害賠償。
この順序であれば、事実関係と請求権の対応関係が自然です。
しかし、本件では、少なくとも最高裁が判断した一時金部分については、原告側の請求は、不法行為損害賠償に寄りすぎていました。
そのため、最高裁は、旧労働契約法20条の実体判断に深く入ることなく、請求権構成の段階で原審を破棄したのです。
この判決の怖さ
この判決の怖さは、原告側に「まったく理由がない」と言っているわけではない点にあります。
最高裁は、被上告人らに一時金請求権があるかどうかを、最終的に正面から判断したわけではありません。
むしろ、「仮に一時金請求権があるなら、それは賃金債権であり、不払いは債務不履行である」と整理しています。
つまり、実体的に一時金をもらえる可能性があるとしても、請求権の立て方を誤れば負ける、ということです。
これは、本人訴訟であれ、弁護士がついた訴訟であれ、極めて重要な教訓です。
裁判では、「正しいことを言っているか」だけでは足りません。
「正しい請求権に乗せているか」が問われます。
法的三段論法でいえば、大前提の選択を誤ると、小前提がいくら充実していても、結論は出ません。
本件でいえば、「準社員就業規則が適用される」「一時金の定めがある」「支払われていない」という小前提は、むしろ賃金請求に向いていました。
ところが、それを不法行為損害賠償という大前提に乗せてしまった。
その結果、最高裁から、「その不払い自体は不法行為ではない」と切られたわけです。
おわりに
この最高裁判決は、旧労働契約法20条をめぐる労働事件として読むこともできます。
しかし、それだけでは、この判決の本質を見落とします。
むしろこの判決は、訴訟における請求権選択の重要性を、非常に分かりやすく示した判決です。
裁判所に判断してほしい論点がある。
その論点を正面から問いたい。
その気持ちはよく分かります。
しかし、だからといって、実際に発生している請求権を見誤ってはいけません。
本件では、旧労働契約法20条違反を問うことに拘りすぎたために、準社員就業規則に基づく一時金請求権という、より素直な請求権構成が後ろに下がってしまった可能性があります。
裁判所は、問題意識ではなく、請求権を判断します。
理念ではなく、要件事実を見ます。
そして、訴訟物に即して結論を出します。
だからこそ、この判決は、次のように読むべきだと思います。
「何を裁判所に判断させたいか」ではなく、まず「自分はどの請求権を持っているのか」を見極めよ。
この基本を外すと、裁判所は、実体判断に入る前に、請求を退けます。
この最高裁判決は、その当たり前で、しかし非常に怖い訴訟技術上の原則を、改めて突きつけた判決だと思います。
はらだよしひろと、繋がりたい方、ご連絡ください。
私、原田芳裕は、様々な方と繋がりたいと思っています。もし、私と繋がりたいという方は、是非、下のメールフォームから、ご連絡ください。ご相談事でも構いません。お待ちしております。




