猿払事件の判例の面白さを、判決文全文の詳細分析で解明! ~「公務員として禁止できる政治的行為の範囲とは?」【憲法判例が面白い8】

目次
- 1 1 前置き――猿払事件の判例は、なぜ今も面白いのか
- 2 2 猿払事件の判決内容を、判決文の全文から読む
- 2.1 2-1 多数意見――行政組織全体の中立性から、禁止と刑罰を正当化する
- 2.1.1 判決文・段落1
- 2.1.2 判決文・段落2
- 2.1.3 判決文・段落3
- 2.1.4 判決文・段落4
- 2.1.5 判決文・段落5
- 2.1.6 判決文・段落6
- 2.1.7 判決文・段落7
- 2.1.8 判決文・段落8
- 2.1.9 判決文・段落9
- 2.1.10 判決文・段落10
- 2.1.11 判決文・段落11
- 2.1.12 判決文・段落12
- 2.1.13 判決文・段落13
- 2.1.14 判決文・段落14
- 2.1.15 判決文・段落15
- 2.1.16 判決文・段落16
- 2.1.17 判決文・段落17
- 2.1.18 判決文・段落18
- 2.1.19 判決文・段落19
- 2.1.20 判決文・段落20
- 2.1.21 判決文・段落21
- 2.1.22 判決文・段落22
- 2.1.23 判決文・段落23
- 2.1.24 判決文・段落24
- 2.1.25 判決文・段落25
- 2.1.26 判決文・段落26
- 2.1.27 判決文・段落27
- 2.1.28 判決文・段落28
- 2.1.29 判決文・段落29
- 2.1.30 判決文・段落30
- 2.1.31 判決文・段落31
- 2.1.32 判決文・段落32
- 2.1.33 判決文・段落33
- 2.1.34 判決文・段落34
- 2.1.35 判決文・段落35
- 2.2 多数意見の論理を一枚でまとめる
- 2.3 2-2 反対意見――「懲戒できる」と「犯罪にできる」の間に線を引く
- 2.3.1 反対意見・段落1
- 2.3.2 反対意見・段落2
- 2.3.3 反対意見・段落3
- 2.3.4 反対意見・段落4
- 2.3.5 反対意見・段落5
- 2.3.6 反対意見・段落6
- 2.3.7 反対意見・段落7
- 2.3.8 反対意見・段落8
- 2.3.9 反対意見・段落9
- 2.3.10 反対意見・段落10
- 2.3.11 反対意見・段落11
- 2.3.12 反対意見・段落12
- 2.3.13 反対意見・段落13
- 2.3.14 反対意見・段落14
- 2.3.15 反対意見・段落15
- 2.3.16 反対意見・段落16
- 2.3.17 反対意見・段落17
- 2.3.18 反対意見・段落18
- 2.3.19 反対意見・段落19
- 2.3.20 反対意見・段落20
- 2.3.21 反対意見・段落21
- 2.3.22 反対意見・段落22
- 2.3.23 反対意見・段落23
- 2.3.24 反対意見・段落24
- 2.3.25 反対意見・段落25
- 2.3.26 反対意見・段落26
- 2.3.27 反対意見・段落27
- 2.3.28 反対意見・段落28
- 2.3.29 反対意見・段落29
- 2.3.30 反対意見・段落30
- 2.3.31 反対意見・段落31
- 2.3.32 反対意見・段落32
- 2.3.33 反対意見・段落33
- 2.3.34 反対意見・段落34
- 2.3.35 反対意見・段落35
- 2.3.36 反対意見・段落36
- 2.3.37 反対意見・段落37
- 2.3.38 反対意見・段落38
- 2.3.39 反対意見・段落39
- 2.3.40 判決文・署名欄
- 2.4 反対意見の論理を一枚でまとめる
- 2.1 2-1 多数意見――行政組織全体の中立性から、禁止と刑罰を正当化する
- 3 3 堀越事件・世田谷事件で、猿払事件の判例はどう変わったのか
- 4 4 まとめ――猿払事件の判例の面白さ
- 5 参考判例・法令
1 前置き――猿払事件の判例は、なぜ今も面白いのか
「猿払事件 判例」と検索すると、たいていは次のように説明されています。
公務員の政治的行為を禁止し、その違反に刑罰を科すことは合憲である。
しかし、この一行だけでは、猿払事件の面白さはほとんど見えてきません。
猿払事件の判例の本当の面白さは、同じ政治活動でも、「公務員として守るべき義務」であることと、「国民として犯罪になる行為」であることは同じなのか、という問いにあります。
多数意見は、行政の中立性という国民全体の利益を守るためなら、政治的行為を禁止し、懲戒と刑罰の双方を用意することは立法裁量の範囲内だと考えました。
これに対し反対意見は、懲戒と刑罰では国家が個人に向き合う法的立場が違う以上、憲法上禁止できる行為の範囲まで違う、と考えました。
この対立を一言で表せば、こうなります。
猿払事件の面白さとは、「身分上の義務違反」と「犯罪」の境界を、表現の自由・刑罰・委任立法の三方向から問い直したことにある。
本稿では、要約だけを先に置くのではなく、最高裁判所大法廷昭和49年11月6日判決の本文を、多数意見・反対意見とも論証段落ごとに省略せず引用し、その直後に段落の役割と論理接続を示します。引用は裁判所公開の判決PDFに拠り、旧仮名遣い、匿名表記、漢数字を原文どおり残しています。段落番号は説明の便宜上、本稿が付したものです。

事件の見取り図
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 被告人 | 鬼志別郵便局勤務の郵政事務官、地区労働組合協議会事務局長 |
| 行為 | 衆議院議員選挙で日本社会党候補のポスター6枚を掲示し、約184枚を配布して掲示を依頼 |
| 第一審・控訴審 | 本件への刑罰適用は憲法21条・31条に反するとして無罪 |
| 最高裁多数意見 | 原判決等を破棄し、罰金5,000円 |
| 反対意見 | 犯罪構成要件を人事院規則へ一括委任した部分は違憲であり、無罪を維持すべき |

2 猿払事件の判決内容を、判決文の全文から読む

↓猿払事件の最高裁判決 全文です。
2-1 多数意見――行政組織全体の中立性から、禁止と刑罰を正当化する
多数意見の論証全体は、次の順序です。
- 政治的行為は表現の自由に含まれる。
- しかし、公務員の政治的中立性は国民全体の重要な利益である。
- 目的・関連性・利益均衡の三点で禁止を審査する。
- 個々の公務員の職務や勤務外という事情より、行政組織全体への抽象的・累積的危険を重視する。
- 刑罰の要否は原則として国会の立法裁量である。
- 懲戒と刑罰は性質が違っても、同じ行為を対象にできる。
- よって、禁止も刑罰も、本件への適用も合憲である。

判決文・段落1
主文
原判決及び第一審判決を破棄する。被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。被告人において右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。原審及び第一審における訴訟費用は被告人の負担とする。
構造:主文で下級審の無罪判決を破棄し、最高裁が自判して有罪とする。結論を先に示した後、理由へ進む。

判決文・段落2
理由
検察官の上告趣意四の(一)について。
構造:上告審で取り上げる対象を、検察官の上告趣意のうち憲法21条・31条の解釈に関する部分に限定する。

判決文・段落3
第一 本事件の経過
構造:事実・法令・下級審判断・上告理由を順に確認する導入部である。

判決文・段落4
本件公訴事実の要旨は、被告人は、北海道宗谷郡a村の鬼志別郵便局に勤務する郵政事務官で、A労働組合協議会事務局長を勤めていたものであるが、昭和四二年一月八日告示の第三一回衆議院議員選挙に際し、右協議会の決定にしたがい、日本社会党を支持する目的をもつて、同日同党公認候補者の選挙用ポスター六枚を自ら公営掲示場に掲示したほか、その頃四回にわたり、右ポスター合計約一八四枚の掲示方を他に依頼して配布した、というものである。
構造:誰が、どの立場で、何を、どの程度行ったかを確定する。本件はポスター6枚の掲示と約184枚の配布依頼である。

判決文・段落5
国家公務員法(以下「国公法」という。)一〇二条一項は、一般職の国家公務員(以下「公務員」という。)に関し、「職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。」と規定し、この委任に基づき人事院規則一四―七(政治的行為)(以下「規則」という。)は、右条項の禁止する「政治的行為」の具体的内容を定めており、右の禁止に違反した者に対しては、国公法一一〇条一項一九号が三年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金を科する旨を規定している。被告人の前記行為は、規則五項三号、六項一三号の特定の政党を支持することを目的とする文書すなわち政治的目的を有する文書の掲示又は配布という政治的行為にあたるものであるから、国公法一一〇条一項一九号の罰則が適用されるべきであるとして、起訴されたものである。
構造:国公法102条1項から人事院規則、さらに刑罰規定へ至る適用法条の鎖を示し、本件行為をその鎖に接続する。

判決文・段落6
第一審判決は、右の事実は関係証拠によりすべて認めることができるとし、この事実は規則の右各規定に該当するとしながらも、非管理職である現業公務員であつて、その職務内容が機械的労務の提供にとどまるものが、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ、職務を利用せず又はその公正を害する意図なくして行つた規則六項一三号の行為で、労働組合活動の一環として行われたと認められるものに、刑罰を科することを定める国公法一一〇条一項一九号は、このような被告人の行為に適用される限度において、行為に対する制裁としては合理的にして必要最小限の域を超えるものであり、憲法二一条、三一条に違反するとの理由で、被告人を無罪とした。
構造:第一審の適用違憲論を要約する。非管理職・機械的職務・勤務外・施設不使用・職務不利用・労組活動という具体的事情が鍵である。

判決文・段落7
原判決は、検察官の控訴を斥け、第一審判決の判断は結論において相当であると判示した。
構造:控訴審も第一審の無罪結論を維持したことを確認する。

判決文・段落8
検察官の上告趣意は、第一審判決及び原判決の判断につき、憲法二一条、三一条の解釈の誤りを主張するものである。
構造:最高裁が答えるべき問いを、憲法21条と31条の解釈問題として確定する。

判決文・段落9
第二 当裁判所の見解
一 本件政治的行為の禁止の合憲性
構造:最高裁自身の判断に入り、まず「禁止そのもの」の合憲性を扱う。

判決文・段落10
第一審判決及び原判決が被告人の本件行為に対し国公法一一〇条一項一九号の罰則を適用することは憲法二一条、三一条に違反するものと判断したのは、民主主義国家における表現の自由の重要性にかんがみ、国公法一〇二条一項及び規則五項三号、六項一三号が、公務員に対し、その職種や職務権限を区別することなく、また行為の態様や意図を問題とすることなく、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書を掲示し又は配布する行為を、一律に違法と評価して、禁止していることの合理性に疑問があるとの考えに、基づくものと認められる。よつて、まず、この点から検討を加えることとする。
構造:下級審の疑問を「公務員を一律に規制する合理性」として定式化し、審査対象を設定する。

判決文・段落11
(一)憲法二一条の保障する表現の自由は、民主主義国家の政治的基盤をなし、国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、法律によつてもみだりに制限することができないものである。そして、およそ政治的行為は、行動としての面をもつほかに、政治的意見の表明としての面をも有するものであるから、その限りにおいて、憲法二一条による保障を受けるものであることも、明らかである。国公法一〇二条一項及び規則によつて公務員に禁止されている政治的行為も多かれ少なかれ政治的意見の表明を内包する行為であるから、もしそのような行為が国民一般に対して禁止されるのであれば、憲法違反の問題が生ずることはいうまでもない。
構造:政治的行為が表現の自由の保障領域に入ることを明言する。まず権利側の重さを確認する段落である。
なお、憲法21条の表現の自由と刑罰法規との関係については、最高裁が名誉毀損罪との調整を示した「夕刊和歌山時事事件」も参考になります。
→「名誉棄損 違法性阻却事由の判例革命!『夕刊和歌山時事』事件【憲法判例が面白い2】」

判決文・段落12
しかしながら、国公法一〇二条一項及び規則による政治的行為の禁止は、もとより国民一般に対して向けられているものではなく、公務員のみに対して向けられているものである。ところで、国民の信託による国政が国民全体への奉仕を旨として行われなければならないことは当然の理であるが、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」とする憲法一五条二項の規定からもまた、公務が国民の一部に対する奉仕としてではなく、その全体に対する奉仕として運営されるべきものであることを理解することができる。公務のうちでも行政の分野におけるそれは、憲法の定める統治組織の構造に照らし、議会制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策の忠実な遂行を期し、もつぱら国民全体に対する奉仕を旨とし、政治的偏向を排して運営されなければならないものと解されるのであつて、そのためには、個々の公務員が、政治的に、一党一派に偏することなく、厳に中立の立場を堅持して、その職務の遂行にあたることが必要となるのである。すなわち、行政の中立的運営が確保され、これに対する国民の信頼が維持されることは、憲法の要請にかなうものであり、公務員の政治的中立性が維持されることは、国民全体の重要な利益にほかならないというべきである。したがつて、公務員の政治的中立性を損うおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであるといわなければならない。
構造:「しかしながら」で論理を反転し、公務員の全体奉仕者性から行政の中立的運営と国民の信頼を導く。最後に「合理的で必要やむをえない限度」という総論基準を置く。

判決文・段落13
(二)国公法一〇二条一項及び規則による公務員に対する政治的行為の禁止が右の合理的で必要やむをえない限度にとどまるものか否かを判断するにあたつては、禁止の目的、この目的と禁止される政治的行為との関連性、政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の三点から検討することが必要である。
構造:総論基準を、①禁止目的、②目的と行為の関連性、③得失利益の均衡という三要素に分解する。

判決文・段落14
そこで、まず、禁止の目的及びこの目的と禁止される行為との関連性について考えると、もし公務員の政治的行為のすべてが自由に放任されるときは、おのずから公務員の政治的中立性が損われ、ためにその職務の遂行ひいてはその属する行政機関の公務の運営に党派的偏向を招くおそれがあり、行政の中立的運営に対する国民の信頼が損われることを免れない。また、公務員の右のような党派的偏向は、逆に政治的党派の行政への不当な介入を容易にし、行政の中立的運営が歪められる可能性が一層増大するばかりでなく、そのような傾向が拡大すれば、本来政治的中立を保ちつつ一体となつて国民全体に奉仕すべき責務を負う行政組織の内部に深刻な政治的対立を醸成し、そのため行政の能率的で安定した運営は阻害され、ひいては議会制民主主義の政治過程を経て決定された国の政策の忠実な遂行にも重大な支障をきたすおそれがあり、このようなおそれは行政組織の規模の大きさに比例して拡大すべく、かくては、もはや組織の内部規律のみによつてはその弊害を防止することができない事態に立ち至るのである。したがつて、このような弊害の発生を防止し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するため、公務員の政治的中立性を損うおそれのある政治的行為を禁止することは、まさしく憲法の要請に応え、公務員を含む国民全体の共同利益を擁護するための措置にほかならないのであつて、その目的は正当なものというべきである。また、右のような弊害の発生を防止するため、公務員の政治的中立性を損うおそれがあると認められる政治的行為を禁止することは、禁止目的との間に合理的な関連性があるものと認められるのであつて、たとえその禁止が、公務員の職種・職務権限、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無等を区別することなく、あるいは行政の中立的運営を直接、具体的に損う行為のみに限定されていないとしても、右の合理的な関連性が失われるものではない。
構造:①目的と②関連性を審査する。個別の現実的害ではなく、党派化が行政組織全体へ波及する抽象的危険を根拠に、一律規制との合理的関連性を肯定する。

判決文・段落15
次に、利益の均衡の点について考えてみると、民主主義国家においては、できる限り多数の国民の参加によつて政治が行われることが国民全体にとつて重要な利益であることはいうまでもないのであるから、公務員が全体の奉仕者であることの一面のみを強調するあまり、ひとしく国民の一員である公務員の政治的行為を禁止することによつて右の利益が失われることとなる消極面を軽視することがあつてはならない。しかしながら、公務員の政治的中立性を損うおそれのある行動類型に属する政治的行為を、これに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしてではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するときは、同時にそれにより意見表明の自由が制約されることにはなるが、それは、単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約に過ぎず、かつ、国公法一〇二条一項及び規則の定める行動類型以外の行為により意見を表明する自由までをも制約するものではなく、他面、禁止により得られる利益は、公務員の政治的中立性を維持し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するという国民全体の共同利益なのであるから、得られる利益は、失われる利益に比してさらに重要なものというべきであり、その禁止は利益の均衡を失するものではない。
構造:③利益衡量を行う。文書配布を「表現そのもの」ではなく「弊害を伴う行動類型」として捉え、表現への影響を間接的・付随的と評価する。

判決文・段落16
(三)以上の観点から本件で問題とされている規則五項三号、六項一三号の政治的行為をみると、その行為は、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書を掲示し又は配布する行為であつて、政治的偏向の強い行動類型に属するものにほかならず、政治的行為の中でも、公務員の政治的中立性の維持を損うおそれが強いと認められるものであり、政治的行為の禁止目的との間に合理的な関連性をもつものであることは明白である。また、その行為の禁止は、もとよりそれに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしたものではなく、行動のもたらす弊害の防止をねらいとしたものであつて、国民全体の共同利益を擁護するためのものであるから、その禁止により得られる利益とこれにより失われる利益との間に均衡を失するところがあるものとは、認められない。したがつて、国公法一〇二条一項及び規則五項三号、六項一三号は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法二一条に違反するものということはできない。
構造:三要素の一般論を本件のポスター掲示・配布に当てはめ、政治的偏向の強い類型であるとして、禁止規定を合憲と結論づける。

判決文・段落17
(四)ところで、第一審判決は、その違憲判断の根拠として、被告人の本件行為が、非管理職である現業公務員でその職務内容が機械的労務の提供にとどまるものにより、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ、職務を利用せず又はその公正を害する意図なく、労働組合活動の一環として行われたものであることをあげ、原判決もこれを是認している。しかしながら、本件行為のような政治的行為が公務員によつてされる場合には、当該公務員の管理職・非管理職の別、現業・非現業の別、裁量権の範囲の広狭などは、公務員の政治的中立性を維持することにより行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保しようとする法の目的を阻害する点に、差異をもたらすものではない。右各判決が、個々の公務員の担当する職務を問題とし、本件被告人の職務内容が裁量の余地のない機械的業務であることを理由として、禁止違反による弊害が小さいものであるとしている点も、有機的統一体として機能している行政組織における公務の全体の中立性が問題とされるべきものである以上、失当である。郵便や郵便貯金のような業務は、もともと、あまねく公平に、役務を提供し、利用させることを目的としているのであるから(郵便法一条、郵便貯金法一条参照)、国民全体への公平な奉仕を旨として運営されなければならないのであつて、原判決の指摘するように、その業務の性質上、機械的労務が重い比重を占めるからといつて、そのことのゆえに、その種の業務に従事する現業公務員を公務員の政治的中立性について例外視する理由はない。また、前述のような公務員の政治的行為の禁止の趣旨からすれば、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無、職務利用の有無などは、その政治的行為の禁止の合憲性を判断するうえにおいては、必ずしも重要な意味をもつものではない。さらに、政治的行為が労働組合活動の一環としてなされたとしても、そのことが組合員である個々の公務員の政治的行為を正当化する理由となるものではなく、また、個々の公務員に対して禁止されている政治的行為が組合活動として行われるときは、組合員に対して統制力をもつ労働組合の組織を通じて計画的に広汎に行われ、その弊害は一層増大することとなるのであつて、その禁止が解除されるべきいわれは少しもないのである。
構造:下級審が重視した具体的事情を一つずつ退ける。個々の職務ではなく「有機的統一体としての行政組織」を保護対象とし、労組による組織化はむしろ危険を増すとする。

判決文・段落18
(五)第一審判決及び原判決は、また、本件政治的行為によつて生じる弊害が軽微であると断定し、そのことをもつてその禁止を違憲と判断する重要な根拠としている。しかしながら、本件における被告人の行為は、衆議院議員選挙に際して、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書を掲示し又は配布したものであつて、その行為は、具体的な選挙における特定政党のためにする直接かつ積極的な支援活動であり、政治的偏向の強い典型的な行為というのほかなく、このような行為を放任することによる弊害は、軽微なものであるとはいえない。のみならず、かりに特定の政治的行為を行う者が一地方の一公務員に限られ、ために右にいう弊害が一見軽微なものであるとしても、特に国家公務員については、その所属する行政組織の機構の多くは広範囲にわたるものであるから、そのような行為が累積されることによつて現出する事態を軽視し、その弊害を過小に評価することがあつてはならない。
構造:本件行為自体を積極的な選挙支援と評価し、さらに一人の行為が軽微でも累積すれば弊害が拡大すると論じる。ここで禁止の合憲性から刑罰の合憲性へ移る。

判決文・段落19
二 本件政治的行為に対する罰則の合憲性
第一審判決は、また、たとえ公務員の政治的行為を違法と評価してこれを禁止することが憲法二一条に違反しないとしても、その禁止の違反に対し罰則を適用することについては、さらに憲法二一条、三一条違反の問題を生じうるとの考えに立ち、国公法の立法過程にふれたうえ、その罰則は被告人の本件行為に対し適用する限度において違憲であると結論し、原判決もこれを支持するのである。よつて、この点について検討を加えることとする。
構造:「禁止できること」と「刑罰を科せること」を一応分け、下級審の刑罰部分の適用違憲論を検討対象に据える。

判決文・段落20
(一)およそ刑罰は、国権の作用による最も峻厳な制裁であるから、特に基本的人権に関連する事項につき罰則を設けるには、慎重な考慮を必要とすることはいうまでもなく、刑罰規定が罪刑の均衡その他種々の観点からして著しく不合理なものであつて、とうてい許容し難いものであるときは、違憲の判断を受けなければならないのである。そして、刑罰規定は、保護法益の性質、行為の態様・結果、刑罰を必要とする理由、刑罰を法定することによりもたらされる積極的・消極的な効果・影響などの諸々の要因を考慮しつつ、国民の法意識の反映として、国民の代表機関である国会により、歴史的、現実的な社会的基盤に立つて具体的に決定されるものであり、その法定刑は、違反行為が帯びる違法性の大小を考慮して定められるべきものである。
構造:刑罰の厳しさを認めながら、違憲となる閾値を「著しく不合理で、とうてい許容し難い」場合に設定する。

判決文・段落21
ところで、国公法一〇二条一項及び規則による公務員の政治的行為の禁止は、上述したとおり、公務員の政治的中立性を維持することにより、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するという国民全体の重要な共同利益を擁護するためのものである。したがつて、右の禁止に違反して国民全体の共同利益を損う行為に出る公務員に対する制裁として刑罰をもつて臨むことを必要とするか否かは、右の国民全体の共同利益を擁護する見地からの立法政策の問題であつて、右の禁止が表現の自由に対する合理的で必要やむをえない制限であると解され、かつ、刑罰を違憲とする特別の事情がない限り、立法機関の裁量により決定されたところのものは、尊重されなければならない。
構造:刑罰を必要とするかは原則として立法政策の問題だとし、国会の裁量を尊重する枠組みを置く。

判決文・段落22
そこで、国公法制定の経過をみると、当初制定された国公法(昭和二二年法律第一二〇号)には、現行法の一一〇条一項一九号のような罰則は設けられていなかつたところ、昭和二三年法律第二二二号による改正の結果右の規定が追加されたのであるが、その後昭和二五年法律第二六一号として制定された地方公務員法においては、初め政府案として政治的行為をあおる等の一定の行為について設けられていた罰則規定は、国会審議の過程で削除された。その際、国公法の右の罰則は、地方公務員法についての右の措置にもかかわらず、あえて削除されることなく今日に至つているのであるが、そのことは、ひとしく公務員であつても、国家公務員の場合は、地方公務員の場合と異なり、その政治的行為の禁止に対する違反が行政の中立的運営に及ぼす弊害に逕庭があることからして、罰則を存置することの必要性が、国民の代表機関である国会により、わが国の現実の社会的基盤に照らして、承認されてきたものとみることができる。
構造:国家公務員について刑罰が存置され、地方公務員について削除された立法経過から、国会が国家公務員への刑罰の必要性を承認したと推論する。

判決文・段落23
そして、国公法が右の罰則を設けたことについて、政策的見地からする批判のあることはさておき、その保護法益の重要性にかんがみるときは、罰則制定の要否及び法定刑についての立法機関の決定がその裁量の範囲を著しく逸脱しているものであるとは認められない。特に、本件において問題とされる規則五項三号、六項一三号の政治的行為は、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書の掲示又は配布であつて、前述したとおり、政治的行為の中でも党派的偏向の強い行動類型に属するものであり、公務員の政治的中立性を損うおそれが大きく、このような違法性の強い行為に対して国公法の定める程度の刑罰を法定したとしても、決して不合理とはいえず、したがつて、右の罰則が憲法三一条に違反するものということはできない。
構造:保護法益の重要性と行為類型の党派性を理由に、立法裁量の著しい逸脱を否定し、憲法31条違反を否定する。

判決文・段落24
(二)また、公務員の政治的行為の禁止が国民全体の共同利益を擁護する見地からされたものであつて、その違反行為が刑罰の対象となる違法性を帯びることが認められ、かつ、その禁止が、前述のとおり、憲法二一条に違反するものではないと判断される以上、その違反行為を構成要件として罰則を法定しても、そのことが憲法二一条に違反することとなる道理は、ありえない。
構造:禁止が合憲で刑罰相当の違法性もある以上、罰則化が憲法21条違反になるはずはない、と短く帰結させる。

判決文・段落25
(三)右各判決は、たとえ公務員の政治的行為の禁止が憲法二一条に違反しないとしても、その行為のもたらす弊害が軽微なものについてまで一律に罰則を適用することは、同条に違反するというのであるが、違反行為がもたらす弊害の大小は、とりもなおさず違法性の強弱の問題にほかならないのであるから、このような見解は、違法性の程度の問題と憲法違反の有無の問題とを混同するものであつて、失当というほかはない。
構造:個別行為の弊害の大小を「違法性の強弱」に落とし込み、それを憲法問題とする下級審を批判する。

判決文・段落26
(四)原判決は、さらに、規制の目的を達成しうる、より制限的でない他の選びうる手段があるときは、広い規制手段は違憲となるとしたうえ、被告人の本件行為に対する制裁としては懲戒処分をもつて足り、罰則までも法定することは合理的にして必要最小限度を超え、違憲となる旨を判示し、第一審判決もまた、外国の立法例をあげたうえ、被告人の本件行為のような公務員の政治的行為の禁止の違反に対して罰則を法定することは違憲である旨を判示する。
構造:懲戒というより制限的でない手段で足りるというLRA型の議論と、外国法比較による違憲論を検討対象にする。

判決文・段落27
しかしながら、各国の憲法の規定に共通するところがあるとしても、それぞれの国の歴史的経験と伝統はまちまちであり、国民の権利意識や自由感覚にもまた差異があるのであつて、基本的人権に対して加えられる規制の合理性についての判断基準は、およそ、その国の社会的基盤を離れて成り立つものではないのである。これを公務員の政治的行為についてみるに、その規制を公務員自身の節度と自制に委ねるか、特定の政治的行為に限つて禁止するか、特定の公務員のみに対して禁止するか、禁止違反に対する制裁をどのようなものとするかは、いずれも、それぞれの国の歴史的所産である社会的諸条件にかかわるところが大であるといわなければならない。したがつて、外国の立法例は、一つの重要な参考資料ではあるが、右の社会的諸条件を無視して、それをそのままわが国にあてはめることは、決して正しい憲法判断の態度ということはできない。
構造:憲法判断は各国の歴史的・社会的基盤から離れられないとして、外国法を決定的根拠にすることを拒む。

判決文・段落28
いま、わが国公法の規定をみると、公務員の政治的行為の禁止の違反に対しては、一方で、前記のとおり、同法一一〇条一項一九号が刑罰を科する旨を規定するとともに、他方では、同法八二条が懲戒処分を課することができる旨を規定し、さらに同法八五条においては、同一事件につき懲戒処分と刑事訴追の手続を重複して進めることができる旨を定めている。このような立法措置がとられたのは、同法による懲戒処分が、もともと国が公務員に対し、あたかも私企業における使用者にも比すべき立場において、公務員組織の内部秩序を維持するため、その秩序を乱す特定の行為について課する行政上の制裁であるのに対し、刑罰は、国が統治の作用を営む立場において、国民全体の共同利益を擁護するため、その共同利益を損う特定の行為について科する司法上の制裁であつて、両者がその目的、性質、効果を異にするからにほかならない。そして、公務員の政治的行為の禁止に違反する行為が、公務員組織の内部秩序を維持する見地から課される懲戒処分を根拠づけるに足りるものであるとともに、国民全体の共同利益を擁護する見地から科される刑罰を根拠づける違法性を帯びるものであることは、前述のとおりであるから、その禁止の違反行為に対し懲戒処分のほか罰則を法定することが不合理な措置であるとはいえないのである。
構造:懲戒と刑罰の目的・性質・効果の違いを説明しつつ、同じ行為が双方を根拠づけ得るとする。区別を認めながら対象範囲は重なり得る、という多数意見の核心である。

判決文・段落29
このように、懲戒処分と刑罰とは、その目的、性質、効果を異にする別個の制裁なのであるから、前者と後者を同列に置いて比較し、司法判断によつて前者をもつてより制限的でない他の選びうる手段であると軽々に断定することは、相当ではないというべきである。
構造:懲戒を刑罰より制限的でない代替手段として司法が選ぶことを退ける。制裁選択を立法裁量に戻す段落である。

判決文・段落30
なお、政治的行為の定めを人事院規則に委任する国公法一〇二条一項が、公務員の政治的中立性を損うおそれのある行動類型に属する政治的行為を具体的に定めることを委任するものであることは、同条項の合理的な解釈により理解しうるところである。そして、そのような政治的行為が、公務員組織の内部秩序を維持する見地から課される懲戒処分を根拠づけるに足りるものであるとともに、国民全体の共同利益を擁護する見地から科される刑罰を根拠づける違法性を帯びるものであることは、すでに述べたとおりであるから、右条項は、それが同法八二条による懲戒処分及び同法一一〇条一項一九号による刑罰の対象となる政治的行為の定めを一様に委任するものであるからといつて、そのことの故に、憲法の許容する委任の限度を超えることになるものではない。
構造:懲戒対象と刑罰対象を同一の人事院規則に委任しても許されるとする。後の反対意見が真正面から攻撃する結節点である。

判決文・段落31
(五)右各判決は、また、被告人の本件行為につき罰則を適用する限度においてという限定を付して右罰則を違憲と判断するのであるが、これは、法令が当然に適用を予定している場合の一部につきその適用を違憲と判断するものであつて、ひつきよう法令の一部を違憲とするにひとしく、かかる判断の形式を用いることによつても、上述の批判を免れうるものではない。
構造:本件だけ罰則を適用しないという適用違憲も、実質的には法令の一部違憲であるとして退ける。

判決文・段落32
第三、結論
構造:結論部へ移る。

判決文・段落33
以上のとおり、被告人の本件行為に対し適用されるべき国公法一一〇条一項一九号の罰則は、憲法二一条、三一条に違反するものではなく、また、第一審判決及び原判決の判示する事実関係のもとにおいて、右罰則を被告人の右行為に適用することも、憲法の右各法条に違反するものではない。第一審判決及び原判決は、いずれも憲法の右各法条の解釈を誤るものであるから、論旨は理由がある。よつて、上告趣意中のその余の所論に対する判断を省略し、刑訴法四一〇条一項本文により第一審判決及び原判決を破棄し、直ちに判決をすることができるものと認めて、同法四一三条但書により被告事件についてさらに判決する。
構造:法令自体も本件への適用も合憲とし、下級審の憲法解釈の誤りを理由に両判決を破棄する。

判決文・段落34
第一審判決の認定した事実(第一審第一回公判調書中の被告人の供述記載、被告人、B、C、D、E、F、Gの検察官に対する各供述調書による。)に法令を適用すると、被告人の各行為は、いずれも国公法一一〇条一項一九号(刑法六条、一〇条により罰金額の寡額は昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項所定の額による。)、一〇二条一項、規則五項三号、六項一三号に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪につき定めた罰金の合算額以下において被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、同法一八条により被告人において右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、刑訴法一八一条一項本文により原審及び第一審における訴訟費用は被告人の負担とし、主文のとおり判決する。
構造:最高裁が自ら法令を適用して罰金5,000円を言い渡すための刑法・刑訴法上の処理を示す。

判決文・段落35
この判決は、裁判官大隅健一郎、同関根小郷、同小川信雄、同坂本吉勝の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
構造:多数意見に4裁判官の反対意見が付されたことを告知し、判決の第二の物語へ接続する。

多数意見の論理を一枚でまとめる
| 段階 | 多数意見の判断 |
|---|---|
| 保障領域 | 政治的行為は表現の自由に含まれる |
| 保護利益 | 公務員の政治的中立性、行政の中立的運営、国民の信頼 |
| 審査枠組み | 目的・関連性・利益均衡 |
| 危険の捉え方 | 直接・具体的危険に限らず、抽象的・累積的危険でよい |
| 表現への影響 | 行動規制に伴う間接的・付随的制約 |
| 個別事情 | 管理職性、裁量、勤務外、施設不使用などは決定的でない |
| 刑罰 | 著しく不合理で許容し難くない限り立法裁量を尊重 |
| 懲戒との関係 | 目的等は異なるが、同一行為を双方の対象にできる |

2-2 反対意見――「懲戒できる」と「犯罪にできる」の間に線を引く
反対意見の論証全体は、次の順序です。
- 政治活動の自由を憲法15条1項・16条・21条にまたがる最高価値の権利と捉える。
- 行政の中立性のため、勤務外の政治活動にも一定の制限があり得ることは認める。
- ただし、懲戒と刑罰は目的・根拠・性質・効果が違う。
- 懲戒なら抽象的危険を考慮した広い規律もあり得る。
- 刑罰なら、直接・重大な侵害または危険と、真にやむを得ない必要性が要る。
- 文書配布は「行動」ではなく、政治的意見表明それ自体である。
- 国会は、懲戒対象と犯罪を区別する刑罰固有の基準を示していない。
- よって、犯罪構成要件を人事院規則へ一括委任した部分は違憲であり、無罪である。

反対意見・段落1
裁判官大隅健一郎、同関根小郷、同小川信雄、同坂本吉勝の反対意見は、次のとおりである。
構造:4裁判官の共同反対意見であることを示す。

反対意見・段落2
検察官の上告趣意について。
構造:反対意見が検察官上告への応答であることを確認する。

反対意見・段落3
本件の経過は多数意見記載のとおりであり、検察官の上告趣意は、第一審判決及び原判決の判断につき、憲法二一条、三一条の解釈の誤りと判例違反とを主張するものである。
構造:多数意見と同じ訴訟経過を前提に、憲法解釈と判例変更の要否を扱う。

反対意見・段落4
思うに、国公法一〇二条一項は、公務員に関して、「職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。」と規定し、これに基づいて規則一四―七は、右条項の禁止する「政治的行為」の内容を詳細に定めている。そして右条項及びこれに基づく規則の違反に対しては、国公法八二条以下に懲戒処分、同法一一〇条一項一九号に刑事制裁が定められている。すなわち、国公法一〇二条一項は、違反に対する制裁の関連からいえば、公務員につき禁止されるべき政治的行為に関し、懲戒処分を受けるべきものと、犯罪として刑罰を科せられるべきものとを区別することなく、一律一体としてその内容についての定めを人事院規則に委任している。このような立法の委任は、少なくとも後者、すなわち、犯罪の構成要件の規定を委任する部分に関するかぎり、憲法に違反するものと考える。その理由は、次のとおりである。
構造:冒頭で結論を先取りする。懲戒対象と犯罪を一律に人事院規則へ委任したうち、少なくとも犯罪構成要件の委任部分は違憲だという。

反対意見・段落5
第一、基本的人権としての政治活動の自由と公務員の政治的中立。
一、政治活動の自由に関する基本的人権の重要性(憲法一五条一項、一六条、二一条)。
構造:第1部では、政治活動の自由と行政の中立性という二つの憲法価値を配置する。

反対意見・段落6
およそ国民の政治活動の自由は、自由民主主義国家において、統治権力及びその発動を正当づける最も重要な根拠をなすものとして、国民の個人的人権の中でも最も高い価値を有する基本的権利である。政治活動の自由とは、国民が、国の基本的政策の決定に直接間接に関与する機会をもち、かつ、そのための積極的な活動を行う自由のことであり、それは、国の基本的政策の決定機関である国会の議員となり、又は右議員を選出する手続に様々の形で関与し、あるいは政党その他の政治的団体を結成し、これに加入し、かつ、その一員として活動する等狭義の政治過程に参加することの外、このような政治過程に働きかけ、これに影響を与えるための諸活動、例えば政治的集会、集団請願等の集団行動的なものから、様々の方法、形態による単なる個人としての政治的意見の表明に至るまで、極めて広い範囲にわたる行為の自由を含むものである。このように、政治活動の自由は、単なる政治的思想、信条の自由のような個人の内心的自由にとどまるものではなく、これに基づく外部的な積極的、社会的行動の自由をその本質的性格とするものであり、わが憲法は、参政権に関する一五条一項、請願権に関する一六条、集会、結社、表現の自由に関する二一条の各規定により、これを国民の基本的人権の一つとして保障しているのである。
構造:政治活動の自由を憲法15条1項・16条・21条から構成し、内心だけでなく外部的・積極的・社会的行動まで含む最高価値の権利とする。

反対意見・段落7
もとより、右のような基本的人権としての政治活動の自由も、絶対無制限のものではなく、公共の利益のために真にやむをえない場合には、多かれ少なかれ何らかの制限に服することをまぬかれないが、積極的な政治活動はその性質上その時々の政府の見解や利益と対立、衝突しがちであるため、とかく政治権力による制限を受けやすいことにかんがみるときは、このような制限がされる場合には、その理由を明らかにし、その制限が憲法上十分の正当性をもつものであるかどうかにつき、特に慎重な吟味検討を施すことが要請されるものといわなければならない。
構造:政府批判を規制する側と批判される側が同じになる構造を指摘し、政治活動規制には特に慎重な審査が必要だとする。

反対意見・段落8
二、公務員の政治的中立(憲法一五条二項)。
国家公務員もまた、国民の一人として、右に述べた政治活動の自由を憲法上保障されているわけであるが、国公法一〇二条及び同条一項に基づく規則は、公務員に属する者の政治活動に対し、前記のような制限を加えている。その理由は、おおよそ次のごときものと考えられる。すなわち、国公法は、日本国憲法のもとにおいて、国の行政に従事する公務員につき、「国民に対し、公務の民主的かつ能率的な運営を保障する」目的(同法一条)から、成績制を根幹とする公務員制度を採用しているが、この成績制公務員制度においては、いわゆる中立性の原則がその本質的なものとされている。けだし、公務員は、国民を直接代表する立法府の政治的意思を忠実に実行すべきものであつて、自己の政治的意思に従つて行政の運営にあたつてはならないとともに、近代民主国家における政治(立法)と行政の分離の要請に基づき、政治と行政の混こう、政治の介入による行政のわい曲を防止しなければならないからである。そして、国公法がこのような公務員制度を採用したことは、公務員が国民全体の奉仕者たるべきことを定めた憲法一五条二項の趣旨及び精神にも合致するものということができる。三、右一、二の関係と憲法。
構造:他方で、成績制公務員制度と行政の政治的中立性が憲法15条2項に適合する正当な要請であることも認める。

反対意見・段落9
三、右一、二の関係と憲法。
国公法の採用した右のような公務員制度の趣旨及び性格、なかんずく公務員の政治的中立性の原則からするときは、公務員は、ひとり実際の行政運営において政治的な利害や影響に基づく、法に忠実でない行政活動を厳に避けなければならないばかりでなく、現実にこのような行政のわい曲をもたらさないまでも、その危険性を生じさせたり、又は第三者からそのような疑惑を抱かれる原因となるような政治的性格をもつ行動を避けるべきことが要請される。のみならず、公務員は、多かれ少なかれ国政の運営に関与するものであるから、それが集団的、組織的に政治活動を行うときは、それ自体が大きな政治的勢力となり、その過大な影響力の行使によつて民主的政治過程を不当にわい曲する危険がないとはいえない。国の行政が国の存立と円満な国民生活の維持のうえで必要不可欠なものであり、行政の政治的中立性が右に述べたように極めて重要な要請であることを考えるときは、公務員に対し、その職務を離れて専ら一市民としての立場においてする政治活動についても、一定の制限を課すべき公共的な利益と必要が存することは、これを否定することができないのである。
構造:勤務外の市民活動にも、職務偏向・外部の疑惑・公務員集団の政治勢力化を防ぐため一定の制限があり得るとする。自由絶対論ではない。

反対意見・段落10
しかしながら、このことから直ちに、一般的、抽象的に公務員の個人的基本権としての政治活動の自由を行政の中立性の要請に従属させ、その目的のために必要と認められるかぎり、右政治活動の自由に対していかなる制限を課しても憲法上是認されるとの結論を導き出すことはできない。けだし、ひとしく公務員といつても、それが属する行政主体の事業の内容及び性質、その中における公務員の地位、職務の内容及び性質は多種多様であり、またそれらの公務員が行う政治活動の種類、性質、態様、規模、程度も区々であつて、これらの多様性に応じ、公務員の特定の政治活動が行政の中立性に及ぼす影響の性質及び程度、並びにその禁止が公務員の個人的基本権としての政治活動の自由に対して及ぼす侵害の意義、性質、程度及び重要性にも大きな相違が存するからである。それゆえ、前記の相反する二つの法益ないしは要求の間に調整を施すにあたつても、右に述べた相違を考慮し、より具体的、個別的に両法益の相互的比重を吟味検討し、真に行政の中立性保持の利益の前に公務員の政治活動の自由が退かなければならない場合、かつ、その限度においてのみこれを制限するとの態度がとられなければならない。のみならず、ひとり制限されるべき政治活動の範囲及び内容ばかりでなく、制限の方法、態様においてもその性質、効果を異にするのであるから、この点もまた、右の問題を解決するうえにおいて重要な要素であることを失わない。そして、以上に述べたことは、ひとり国会の専権に属する立法政策上の問題であるにとどまらず、また、憲法の要求するところでもあるというべきである。
構造:公務員の地位・職務と政治活動の種類・態様は多様だから、具体的・個別的な衡量が必要だとする。さらに「禁止範囲」だけでなく「制裁方法」も憲法問題だと置く。

反対意見・段落11
第二、国公法一〇二条一項における犯罪構成要件(同法一一〇条一項一九号)についての立法委任の違憲性。
構造:第2部で、犯罪構成要件を人事院規則へ委任したこと自体の違憲性へ進む。

反対意見・段落12
一、公務員関係の規律の対象となる政治的行為と刑罰権の対象となる政治的行為についてそれぞれの内容、範囲を区別することなく、一律に人事院規則に委任していることの問題点(国公法八二条、一一〇条一項一九号)。
構造:問題を、懲戒対象と刑罰対象を区別せず一律に委任した点に絞る。

反対意見・段落13
国公法一〇二条は、冒頭記述のとおり、公務員の政治活動に関して若干の特定の形態の行為を直接禁止した外は、選挙権の行使を除き人事院規則で定める政治的行為を一般的に禁止するものとし、禁止行為の具体的内容及び範囲の決定を人事院に一任するとともに、その禁止の方法においても、これを単に公務員関係上の権利義務の問題として規定するにとどまらず、刑事制裁を伴う犯罪として扱うべきものとしている。国公法におけるこのような規制の方法は、同法に基づく規則における具体的禁止規定の内容の適否を離れても、それ自体として重大な憲法上の問題を惹起するものと考える。すなわち、
構造:規則の個別内容より前に、国公法102条の委任構造そのものが憲法問題を生むとする。

反対意見・段落14
(い)公務員関係の規律として公務員の一定の政治的行為を禁止する場合と、かかる関係を離れて刑罰権の対象となる一個人としてその者の政治的行為を禁止する場合とでは、憲法上是認される制限の範囲に相違を生ずべきものであり、この両者を同視して一律にこれを定めることは、それ自体として憲法一五条一項、一六条、二一条、三一条に違反するのではないかという問題があり、
構造:第1の問いは、懲戒として許される規制範囲と刑罰として許される規制範囲を同じにできるか、である。

反対意見・段落15
(ろ)国会が公務員の政治的行為を規制するにあたり、直接公務員の政治活動の制限の要否を具体的に検討しその範囲を決定することなく、人事院にこれを一任することは、立法府が公開の会議(憲法五七条)において国民監視のもとに自ら行うべき立法作用の本質的部分を放棄して非公開の他の国家機関に移譲するものであつて、憲法四一条に違反するのではないかという問題があり、
構造:第2の問いは、政治的表現を犯罪にする本質的判断を、公開の国会ではなく人事院へ移せるか、である。

反対意見・段落16
(は)右(い)と(ろ)の問題の関連において、懲戒原因としての政治的行為の禁止と可罰原因としてのそれを区別することなく一律にその具体的規定を規則に委任することは、委任自体として憲法に違反するのではないかという問題があるのである。
構造:第3の問いは、性質の異なる懲戒原因と可罰原因を一括して規則へ委任できるか、である。

反対意見・段落17
これらの問題は、事の性質上、右授権に基づいて制定された規則における具体的禁止規定の内容の適否の問題に入る以前において検討、決定されるべき問題であるといわなければならない。二、右一についての詳論。
構造:審査順序を明示する。規則の内容審査より先に、委任そのものの合憲性を判断しなければならない。

反対意見・段落18
二、右一についての詳論。
(一)、公務員関係の規律の対象となる政治的行為と刑罰権の対象となる政治的行為とでは、その内容、範囲についてそれぞれ憲法上の区別があること(憲法一五条一項、一六条、二一条、三一条)。
構造:以下、懲戒規律と刑罰権の対象範囲が憲法上異なることを詳論する。

反対意見・段落19
(1)公務員関係の規律の対象となる政治的行為について(憲法七三条四号、一五条、一六条、二一条、国公法一〇二条一項、八二条)。
構造:まず公務員関係内部の規律を扱う。

反対意見・段落20
公務員と国との間に成立する法律関係は、公務員としての職務活動に自己の労働力を提供する個人と、これを使用して公務を遂行する国との間に成立する権利義務の関係であり、基本的には双方の意思に基づいて成立し、その内容は、法律によつて直接これを規定しないかぎり、本来は当事者の合意によつて決定されうるところのものである。しかし、公務員関係の内容をすべて当事者の合意によつて定めることは適当でなく、他方、憲法はこの問題を行政主体の完全な裁量に委ねず、法律で定める基準に従つて処理すべきものとしている(七三条四号)ので、公務員関係の法的内容は、実際においては、国公法をはじめとする関係諸法律によつて詳細に規定され、その具体的内容は、公務員関係の成立の基礎となる任用の方法、基準、手続、勤務時間、給与、勤務上の地位の異動等の勤務条件に関する基準、公務員の勤務上及び勤務外の行為に関する規律、公務員関係内における紛争の処理等極めて広い範囲にわたつている。
構造:公務員関係を国と個人の権利義務関係として捉えつつ、憲法73条4号により法律が広範に制度設計できると説明する。

反対意見・段落21
このように、公務員関係を規制すべき法内容を定めるにあたつては、立法機関としての国会が広い裁量権を有し、国会は、日本国憲法のもとにおいていかなる公務員制度が最も望ましいかを考え、その構想のもとに、その具体化のための措置を講ずることができるのであつて、国会が具体的に採用、決定した立法措置は、憲法上是認しうる目的のために必要又は適当であると合理的に判断しうる範囲にとどまるかぎり、憲法に適合する有効なものであるとしなければならない。
構造:公務員制度の具体化について国会に広い裁量を認める。反対意見も公務員規律に常に厳格審査を要求しているわけではない。

反対意見・段落22
国公法一〇二条における公務員に対する政治的行為の禁止もまた、前述のような公務員制度の具体化の一環として、公務員関係内における公務員の職務上又は職務外における義務又は負担の一つとして定められたものと認められるのであり、その目的ないしは理由が、国公法の採用した成績制公務員制度における公務員の政治的中立性の要請にこたえるにあり、公務員の任免、昇進、異動の面における政治的考慮ないしは影響の排除の反面として、公務員自身に対しても一定範囲における政治的中立性遵守の義務を課したものであることは、さきに述べたとおりである。
構造:政治的中立義務を、成績制公務員制度の一環である公務員関係上の義務と位置づける。

反対意見・段落23
そして、成績制公務員制度が憲法の精神に適合するものであり、かかる制度の要請する公務員の政治的中立性の保持が憲法上是認される目的に基づくものである以上、たとえ政治活動の自由が憲法における最も重要な個人的基本権であるとしても、自らの意思に基づいて国との間に公務員関係という一定の法律関係に入る者に対し、かかる法律関係の一内容として、前記の目的を達するために必要かつ相当であると合理的に認められる範囲において右権利に対する制約を加えることは、憲法上許されるところであるとしなければならない。
構造:自ら公務員関係に入った者に合理的な範囲の権利制約を課すことは許されるとする。

反対意見・段落24
また、右の基準のもとにおける制限の必要性に関する国会の判断の合理性については、前記のような国会の裁量権の広範性にかんがみ、必ずしも特定の政治的行為が公務員の政治的中立性を侵害する現実の危険を伴うかどうかというような厳格、狭あいな視点にのみ限局されることなく、より広くその種の行為が一般的に右のような侵害の抽象的危険性を有するかどうかという点をも考慮に入れることが許されるというべきである。それゆえ、国公法一〇二条における政治的行為の禁止は、その違反に対し公務員関係上の義務違反に対する制裁としての懲戒によつて強制されるべき義務を設定するものであるかぎりにおいては、右の基準に照らしてその合憲性を決定すべく、この基準に適合するかぎり、これを違憲とする理由はないのである。
構造:懲戒のための規律なら、現実の危険だけでなく一般的・抽象的危険も考慮できるとする。多数意見との違いは、抽象的危険論を刑罰にまで延ばすかである。

反対意見・段落25
(2)刑罰権の対象となる公務員の政治的行為について(憲法一五条一項、一六条、二一条、三一条)。
構造:次に、一般統治権に基づく刑罰の対象を扱う。

反対意見・段落26
およそ刑罰は、一般統治権に基づき、その統治権に服する者に対して一方的に行使される最も強力な権能であり、国家が一般統治上の見地から特に重大な反国家性、反社会性をもつと認める個人の行為、すなわち、国家、社会の秩序を害する行為に対してのみ向けられるべきものである。単なる私人間の法律関係上の義務違背や、公私の団体又は組織の内部的規律侵犯行為のように、間接に国家、社会の秩序に悪影響を及ぼす危険があるにすぎない行為は、当然には処罰の対象とはなりえない。一般に個人の自由は、多種多様の関係において種々の理由により法的拘束を受けるが、それらの拘束が法的に是認される範囲は、それぞれの関係と理由において必ずしも同一ではないのであつて、公務員の政治活動の自由についても、事は同様である。究極的には当事者の合意に基づいて成立する公務員関係上の権利義務として公務員の政治活動の自由に課せられる法的制限と、一般統治権に基づき刑罰の制裁をもつて課せられるかかる自由の制限とは、その目的、根拠、性質及び効果を全く異にするのであり、このことにこそ民事責任と刑事責任との分化と各その発展が見られるのである。したがつてまた、右両種の制限が憲法上是認されるかどうかについても、おのずから別個に考察、論定されなければならないのであつて、公務員が公務外において一市民としてする政治活動を刑罰の制裁をもつて制限、禁止しうる範囲は、一般に国が一定の統治目的のために、国民の政治活動を刑罰の制裁をもつて制限、禁止する場合について適用される憲法上の基準と原理とによつて、決せられなければならないのである。
構造:刑罰は内部規律と違う最強の国家作用だとし、公務員関係上の義務違反と犯罪を切り分ける。ここに「民事責任と刑事責任との分化」を見る。

反対意見・段落27
右の見地に立つて考えると、刑罰の制裁をもつてする公務員の政治活動の自由の制限が憲法上是認されるのは、禁止される政治的行為が、単に行政の中立性保持の目的のために設けられた公務員関係上の義務に違反するというだけでは足りず、公務員の職務活動そのものをわい曲する顕著な危険を生じさせる場合、公務員制度の維持、運営そのものを積極的に阻害し、内部的手段のみでこれを防止し難い場合、民主的政治過程そのものを不当にゆがめるような性質のものである場合等、それ自体において直接、国家的又は社会的利益に重大な侵害をもたらし、又はもたらす危険があり、刑罰によるその禁圧が要請される場合に限られなければならない。
構造:刑罰化できるのは、職務の歪曲、公務員制度の積極的阻害、民主的政治過程の歪曲など、直接かつ重大な侵害・危険がある場合に限るとする。

反対意見・段落28
更に、個人の政治活動の自由が憲法上極めて重大な権利であることにかんがみるときは、一般統治権に基づく刑罰の制裁をもつてするその制限は、これによつて影響を受ける政治的自由の利益に明らかに優越する重大な国家的、社会的利益を守るために真にやむをえない場合で、かつ、その内容が真に必要やむをえない最小限の範囲にとどまるかぎりにおいてのみ、憲法上容認されるものというべきである。すなわち、単に国家的、社会的利益を守る必要性があるとか、当該行為に右の利益侵害の観念的な可能性ないしは抽象的な危険性があるとか、右利益を守るための万全の措置として刑罰を伴う強力な禁止措置が要請される等の理由だけでは、かかる形における自由の制限を合憲とすることはできない。けだし、一般に政治活動、なかんずく反政府的傾向をもつ政治活動は政治権力者からみれば、ややもすると国家的、社会的利益の侵害をもたらすものと受けとられがちであるが、このような危険や可能性を観念的ないし抽象的にとらえるかぎり、その存在を肯定することは比較的容易であり、したがつて、政治活動の自由の制限に対して前述のような厳格な基準ないし原理によつて臨むのでなければ、国民の政治的自由は時の権力によつて右の名目の下に容易に抑圧され、憲法の基本的原理である自由民主主義はそのよつて立つ基礎を失うに至るおそれがあるからである。我々は、過去の歴史において、為政者の過度の配慮と警戒による自由の制限がもたらした幾多の弊害を度外視してはならないのである。このことは、公務員の政治活動についても同様であるといわなければならない。
構造:重大で優越する利益、真にやむを得ない必要、必要最小限という厳格な基準を提示し、抽象的危険だけの処罰を権力による抑圧の入口として警戒する。

反対意見・段落29
(3)規則六項一三号の違憲性(憲法一五条一項、一六条、二一条、三一条)。
構造:その厳格基準を人事院規則6項13号へ適用する。

反対意見・段落30
以上の基準に照らすときは、例えば、本件において問題とされている規則六項一三号による文書の発行、配布、著作等は、政治活動の中でも最も基礎的かつ中核的な政治的意見の表明それ自体であり、これを意見表明の側面と行動の側面とに区別することはできず、その禁止は、政治的意見の表明それ自体に対する制約であるのみならず、これを政治的目的についての同規則五項、特に同項三号ないし六号の広範かつ著しく抽象的な定義と併せ読むときは、右の意見表明に所定の形態で関与する行為につき、その者の職種、地位、その所属する行政主体の業務の性質等、その具体的な関与の目的、関与の内容及び態様のいかん並びに前後の事情等に照らし、その行為が行政の政治的中立性の保持等の国家的、社会的利益に対していかなる現実的、直接的な侵害を加え、ないしはいかなる程度においてその危険を生じさせるかを一切問うことなく、単に行為者が公務員たる身分を有するというだけの理由で、包括的、一般的な禁止を施しているものであり、公務員に対し、実際上あまねく国の政策に関する批判や提言等の政治上の意見表明の機会を封ずるに近く、公務員関係上の義務の設定として合理的規制ということができるかどうかは別論として、少なくとも刑罰を伴う禁止規定としては、公務員の政治的言論の自由に対する過度に広範な制限として、それ自体憲法に違反するとされてもやむをえないといわなければならない。
構造:文書の発行・配布を「政治的意見の表明それ自体」と捉え、行動と表現への分解を拒む。規則は具体的危険を問わず広く処罰するため、刑罰規定として過度に広範だとする。

反対意見・段落31
右に述べたように、ひとしく公務員の政治的行為の禁止であつても、公務員関係上の義務として定める場合と刑罰の対象となる行為として定める場合とでは、その意義、性質、効果を異にし、憲法上それが許される範囲にも相違が生ずることをまぬかれえないのであり、これらの点を全く無視し、専ら行為の禁止の点のみを抽象してそれが憲法に適合する制限かどうかを判断すべきものとし、禁止違反に対して懲戒が課せられるか刑罰が科せられるかは、単なる強制手段の問題として立法政策上の当否の対象となるにすぎないとすることはできないのである。
構造:同じ禁止でも、懲戒義務としての禁止と犯罪としての禁止では許容範囲が違う、と小括する。

反対意見・段落32
(二)、国公法一〇二条一項の委任。
構造:次に、国公法102条1項の委任の適否を扱う。

反対意見・段落33
(1)公務員関係の規律の対象となる政治的行為の規定の委任(憲法七三条四号、地方公務員法三六条、二九条)。
構造:まず懲戒規律に関する委任を検討する。

反対意見・段落34
以上の次第であるから、法律が直接公務員の政治的行為の禁止を具体的に定めるには、公務員関係内における規律として定める場合と刑罰の構成要件として定める場合とを区別し、前述したような別個の観点、考慮に従つてその具体的内容を定めるべきであり、現実に定められた禁止内容に対しても、それが憲法に違反しないかどうかは別個の基準によつて判断すべきものであるが、国公法一〇二条は、上述のように、禁止行為の内容及び範囲を直接定めないでこれを人事院規則に委任しており、そのためにかかる委任の適否について問題が生ずることは、さきに指摘したとおりである。そこでこの点について順次考察するのに、まず一般論として、国会が、法律自体の中で、特定の事項に限定してこれに関する具体的な内容の規定を他の国家機関に委任することは、その合理的必要性があり、かつ、右の具体的な定めがほしいままにされることのないように当該機関を指導又は制約すべき目標、基準、考慮すべき要素等を指示してするものであるかぎり、必ずしも憲法に違反するものということはできず、また、右の指示も、委任を定める規定自体の中でこれを明示する必要はなく、当該法律の他の規定や法律全体を通じて合理的に導き出されるものであつてもよいと解される。この見地に立つて国公法一〇二条一項の規定をみると、同条項の委任には、選挙権の行使の除外を除き、いわゆる政治的行為のうち、禁止しうるものとしえないものとを区分する基準につきなんら指示するところはないけれども、国公法の他の規定を通覧するときは、右の禁止が国公法の採用した成績制公務員制度の趣旨、目的、特に行政の中立性の保持の目的を達するためのものであることが明らかであり、他方、一般に法律が特定の目的を達するための具体的措置の決定を他の機関に委任した場合には、特にその旨を明示しなくても、右目的を達するために必要かつ相当と合理的に認められる措置を定めるべきことを委任したものと解すべきものであるから、前記法条における禁止行為の特定についての委任も、行政の中立性又はこれに対する信頼を害し、若しくは害するおそれがある公務員の政治的行為で、このような中立性又はその信頼の保持の目的のために禁止することが必要かつ相当と合理的に認められるものを具体的に特定することを人事院規則に委ねたものと解することができる。また、公務員の多種多様性、政治活動の広範性とその態様及び内容の多様性、これに伴う禁止の必要の程度の複雑性と多様性、更に社会的、政治的情勢の変化によるこれらの要素の変動の可能性等にかんがみるときは、具体的禁止行為の範囲及び内容の特定を他のしかるべき国家機関に委任することに合理性が認められるのみならず、人事院が内閣から相当程度の独立性を有し、政治的中立性を保障された国家機関で、このような立場において公務員関係全般にわたり法律の公正な実施運用にあたる職責を有するものであることに照らすときは、右の程度の抽象的基準のもとで広範かつ概括的な立法の委任をしても、その濫用の危険は少なく、むしろ現実に即した適正妥当な規則の制定とその弾力的運用を期待することができると考えられる。そして、前述のように、公務員関係の規律としては、行政の中立性の保持のために必要かつ相当であると合理的に認められる範囲において公務員の政治活動の自由に制約を加えることが是認されるのであるから、以上の諸点をあわせて考えると、右の関係における公務員の政治的行為禁止の具体的な規定を規則に委任することは、その委任に基づいて制定された規則の個々の規定内容が、あるいは憲法に違反し、あるいは委任の範囲をこえるものとして一部無効となるかどうかは別として、委任自体を憲法に違反する無効のものとするにはあたらないというべきである(地方公務員法三六条、二九条参照)。
構造:一般的委任立法の基準を示した上、公務員・政治活動の多様性と人事院の独立性・専門性から、懲戒関係の広範な委任自体は有効とする。

反対意見・段落35
(2)刑罰権の対象となる政治的行為の規定の委任(憲法四一条、一五条一項、一六条、二一条、三一条)。
構造:次に刑罰対象の決定を委任する場合へ移る。

反対意見・段落36
しかしながら、違反に対し刑罰が科せられる場合における禁止行為の規定に関しては、公務員関係の規律の場合におけると同一の基準による委任を適法とすることはできない。けだし、前者の場合には、後者の場合と、禁止の目的、根拠、性質及び効果を異にし、合憲的に禁止しうる範囲も異なること前記のとおりであつて、その具体的内容の特定を委任するにあたつては、おのずから別個の、より厳格な基準ないしは考慮要素に従つて、これを定めるべきことを指示すべきものだからである。
構造:刑罰の場合は目的・根拠・性質・効果が異なるため、懲戒と同じ抽象的基準では足りず、別個の厳格な基準が必要だとする。

反対意見・段落37
しかるに、国公法一〇二条一項の規定が、公務員関係上の義務ないしは負担としての禁止と罰則の対象となる禁止とを区別することなく、一律一体として人事院規則に委任し、罰則の対象となる禁止行為の内容についてその基準として特段のものを示していないことは、先に述べたとおりであり、また、同法の他の規定を通覧し、可能なかぎりにおける合理的解釈を施しても、右のような格別の基準の指示があると認めるに足りるものを見出すことができない。これは、同法が、両者のいずれの場合についても全く同一の基準、同一の考慮に基づいて禁止行為の範囲及び内容を定めることができるとする誤つた見解によつたものか、又は憲法上前記のような区別が存することに思いを致さなかつたためであるとしか考えられない。それゆえ、国公法一〇二条一項における前記のごとき無差別一体的な立法の委任は、少なくとも、刑罰の対象となる禁止行為の規定の委任に関するかぎり、憲法四一条、一五条一項、一六条、二一条及び三一条に違反し無効であると断ぜざるをえないのである。
構造:国公法102条にも法律全体にも刑罰固有の基準がないとして、「無差別一体的な立法の委任」を憲法41条・15条1項・16条・21条・31条違反と結論づける。

反対意見・段落38
第三、結論。
構造:結論部へ移る。

反対意見・段落39
以上説述したとおり、国公法一〇二条一項による政治的行為の禁止に関する人事院規則への委任は、同法一一〇条一項一九号による処罰の対象となる禁止規定の定めに関するかぎり無効であるから、これに基づいて制定された規則もこの関係においては無効であり、したがつて、これに違反したことの故をもつて前記罰条により処罰することはできない。したがつて、これに反する従来の最高裁判所の判決は変更すべきものである。それゆえ、本件被告人の行為に適用されるかぎりにおいて規則六項一三号の規定を無効として、被告人を無罪とした原判決は、結論において正当であるから、結局、本件上告は理由がなく、棄却すべきものである。
構造:委任元を刑罰関係で無効とし、それに基づく規則も犯罪構成要件としては無効だから処罰できないとする。規則の懲戒上の効力までは否定していない。

判決文・署名欄
検察官横井大三、同辻辰三郎、同石井春水、同佐藤忠雄、同外村隆 公判出席
昭和四九年一一月六日
最高裁判所大法廷
裁判長裁判官 村上朝一
裁判官 関根小郷
裁判官 藤林益三
裁判官 岡原昌男
裁判官 小川信雄
裁判官 下田武三
裁判官 岸盛一
裁判官 天野武一
裁判官 坂本吉勝
裁判官 岸上康夫
裁判官 江里口清雄
裁判官 大塚喜一郎
裁判官 高辻正己
裁判官 吉田豊
裁判官大隅健一郎は、退官のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 村上朝一
構造:公判出席検察官、判決年月日、裁判体および署名不能の事情を示す判決書末尾の形式部分である。

反対意見の論理を一枚でまとめる
| 場面 | 公務員関係上の懲戒 | 一般統治権に基づく刑罰 |
|---|---|---|
| 根拠 | 公務員関係内部の権利義務 | 国家が国民に行使する一般統治権 |
| 目的 | 公務員制度・内部秩序の維持 | 国家・社会の重大な利益の保護 |
| 許される危険判断 | 一般的・抽象的危険も考慮できる | 直接的・重大な侵害または危険が必要 |
| 審査密度 | 国会に比較的広い制度形成裁量 | 優越する重大利益・真にやむを得ない必要・必要最小限 |
| 人事院規則への委任 | 委任自体は有効になり得る | 刑罰固有の基準なき一括委任は違憲 |
| 規則6項13号 | 懲戒上の効力は別論 | 犯罪構成要件としては無効 |
反対意見を一文に圧縮すれば、次のようになります。
「公務員として守るべき義務」と「国民として犯罪になる行為」を、同じ人事院規則で一括して決めてはならない。
ここで大切なのは、反対意見が公務員の政治活動を全面的に自由化しようとしていないことです。むしろ、公務員関係内部の懲戒規律については、抽象的危険を含む広い制度形成を認めています。厳しく線を引くのは、国家が一市民に刑罰を科す場面です。

3 堀越事件・世田谷事件で、猿払事件の判例はどう変わったのか
2012年12月7日、最高裁第二小法廷は、同じ日に二つの国家公務員法違反事件へ判断を示しました。
堀越事件・世田谷事件の判決文
堀越事件 最高裁判決文
世田谷事件 最高裁 判決文
二つの事件は、休日に、公務員の地位や施設を利用せず、身分を明らかにしないで政党機関紙等を集合住宅の郵便受けへ配った点ではよく似ています。それでも結論が分かれました。

3-1 最大の変化――「公務員の政治的中立性」から「職務遂行の政治的中立性」へ
堀越事件・法解釈の段落(全文)
このような本法102条1項の文言,趣旨,目的や規制される政治活動の自由の重要性に加え,同項の規定が刑罰法規の構成要件となることを考慮すると,同項にいう「政治的行為」とは,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが,観念的なものにとどまらず,現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指し,同項はそのような行為の類型の具体的な定めを人事院規則に委任したものと解するのが相当である。そして,その委任に基づいて定められた本規則も,このような同項の委任の範囲内において,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる行為の類型を規定したものと解すべきである。上記のような本法の委任の趣旨及び本規則の性格に照らすと,本件罰則規定に係る本規則6項7号,13号(5項3号)については,それぞれが定める行為類型に文言上該当する行為であって,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものを当該各号の禁止の対象となる政治的行為と規定したものと解するのが相当である。このような行為は,それが一公務員のものであっても,行政の組織的な運営の性質等に鑑みると,当該公務員の職務権限の行使ないし指揮命令や指導監督等を通じてその属する行政組織の職務の遂行や組織の運営に影響が及び,行政の中立的運営に影響を及ぼすものというべきであり,また,こうした影響は,勤務外の行為であっても,事情によってはその政治的傾向が職務内容に現れる蓋然性が高まることなどによって生じ得るものというべきである。
構造:①政治活動の自由の重要性、②刑罰法規であることを根拠に、③「政治的行為」を、職務遂行の中立性を損なうおそれが現実的・実質的に認められる行為へ限定して解釈する。規則の文言に形式的に当たるだけでは犯罪は成立しない。
猿払事件多数意見の保護利益は、「公務員の政治的中立性」「行政の中立的運営」「国民の信頼」という広いものでした。堀越・世田谷両判決は、その中心を公務員の職務の遂行の政治的中立性へ絞りました。
これは言葉の小さな変化ではありません。私生活で政治的意見を持ち、表明したという事実から、直ちに職務が偏るとはいえません。問われるのは、政治的傾向が職務権限の行使へ入り込む現実的な回路があるか、です。

3-2 猿払事件が軽視した事情が、判断要素として復活した
堀越事件・考慮要素の段落(全文)
そして,上記のような規制の目的やその対象となる政治的行為の内容等に鑑みると,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるかどうかは,当該公務員の地位,その職務の内容や権限等,当該公務員がした行為の性質,態様,目的,内容等の諸般の事情を総合して判断するのが相当である。具体的には,当該公務員につき,指揮命令や指導監督等を通じて他の職員の職務の遂行に一定の影響を及ぼし得る地位(管理職的地位)の有無,職務の内容や権限における裁量の有無,当該行為につき,勤務時間の内外,国ないし職場の施設の利用の有無,公務員の地位の利用の有無,公務員により組織される団体の活動としての性格の有無,公務員による行為と直接認識され得る態様の有無,行政の中立的運営と直接相反する目的や内容の有無等が考慮の対象となるものと解される。
構造:抽象的な行為類型から直ちに結論を出さず、①地位・裁量、②勤務・施設・身分利用、③組織性・公務員行為としての外観、④目的・内容を総合評価する個別審査へ転換する。
猿払事件多数意見は、管理職か、裁量があるか、勤務時間外か、国の施設を使ったかといった事情を「必ずしも重要な意味をもつものではない」としました。ところが2012年判決は、それらを明示的な考慮要素として列挙しました。
| 事情 | 猿払事件多数意見 | 2012年二判決 (堀越事件・世田谷事件) |
|---|---|---|
| 管理職的地位 | 原則として決定的でない | 明示的な重要要素 |
| 職務上の裁量 | 原則として決定的でない | 明示的な重要要素 |
| 勤務時間外 | 必ずしも重要でない | 明示的な考慮要素 |
| 国・職場施設の利用 | 必ずしも重要でない | 明示的な考慮要素 |
| 公務員の地位利用 | 必ずしも重要でない | 明示的な考慮要素 |
| 組織的活動 | 弊害を増大させる | 明示的な考慮要素 |
| 公務員による行為と認識される外観 | 組織全体への危険を重視 | 明示的な考慮要素 |
| 必要な危険 | 抽象的・累積的危険で足りる | 現実的・実質的なおそれが必要 |
形式上は猿払事件を変更していません。しかし、実際の審査方法は、猿払事件の反対意見が求めた具体的・個別的な衡量へ大きく近づきました。

3-3 堀越事件――規則に文言上当たっても、構成要件に当たらない
堀越事件・当てはめの段落(全文)
前記のとおり,被告人は,社会保険事務所に年金審査官として勤務する事務官であり,管理職的地位にはなく,その職務の内容や権限も,来庁した利用者からの年金の受給の可否や年金の請求,年金の見込額等に関する相談を受け,これに対し,コンピューターに保管されている当該利用者の年金に関する記録を調査した上,その情報に基づいて回答し,必要な手続をとるよう促すという,裁量の余地のないものであった。そして,本件配布行為は,勤務時間外である休日に,国ないし職場の施設を利用せずに,公務員としての地位を利用することなく行われたものである上,公務員により組織される団体の活動としての性格もなく,公務員であることを明らかにすることなく,無言で郵便受けに文書を配布したにとどまるものであって,公務員による行為と認識し得る態様でもなかったものである。これらの事情によれば,本件配布行為は,管理職的地位になく,その職務の内容や権限に裁量の余地のない公務員によって,職務と全く無関係に,公務員により組織される団体の活動としての性格もなく行われたものであり,公務員による行為と認識し得る態様で行われたものでもないから,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものとはいえない。そうすると,本件配布行為は本件罰則規定の構成要件に該当しないというべきである。
構造:①非管理職、②裁量なし、③勤務外、④施設・地位不利用、⑤組織性なし、⑥公務員行為と認識されない、という事情を積み上げ、職務遂行の中立性を損なう実質的なおそれを否定する。結論は「適用違憲」ではなく「構成要件非該当」である。
ここが非常に重要です。東京高裁は、被告人へ罰則を適用することが憲法21条・31条に違反するとしました。最高裁は、その説明を採りませんでした。
最高裁の論理は、次のとおりです。
規則の文言に当たる
=直ちに犯罪成立、ではない。
「職務遂行の政治的中立性を損なう実質的なおそれ」がなければ、そもそも国公法102条1項の「政治的行為」に当たらない。
これにより、違憲判決を出さずに処罰範囲を狭めました。

3-4 それでも猿払事件は変更されなかった――「事案が違う」と区別した
堀越事件・猿払事件との区別の段落(全文)
所論引用の判例(前掲最高裁昭和49年11月6日大法廷判決)の事案は,特定の地区の労働組合協議会事務局長である郵便局職員が,同労働組合協議会の決定に従って選挙用ポスターの掲示や配布をしたというものであるところ,これは,上記労働組合協議会の構成員である職員団体の活動の一環として行われ,公務員により組織される団体の活動としての性格を有するものであり,勤務時間外の行為であっても,その行為の態様からみて当該地区において公務員が特定の政党の候補者を国政選挙において積極的に支援する行為であることが一般人に容易に認識され得るようなものであった。これらの事情によれば,当該公務員が管理職的地位になく,その職務の内容や権限に裁量の余地がなく,当該行為が勤務時間外に,国ないし職場の施設を利用せず,公務員の地位を利用することなく行われたことなどの事情を考慮しても,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものであったということができ,行政の中立的運営の確保とこれに対する国民の信頼に影響を及ぼすものであった。
構造:猿払事件には、①職員団体の活動、②機関決定、③国政選挙での積極的支援、④一般人が公務員の活動と容易に認識できる外観があったと読み直す。そのため、非管理職・裁量なし・勤務外でも実質的危険があったと位置づけ、判例変更を回避する。
猿払事件多数意見の文章を素直に読むと、職務・地位・勤務外などの個別事情は重要ではなく、抽象的危険で広く規制できるように見えます。堀越事件は、猿払事件をその一般論どおりには使わず、組織性と外観を備えた具体的事例の判決として狭く読みました。
つまり、判例は形式上維持されましたが、その射程は事実上限定されました。

3-5 世田谷事件――同じ枠組みでも、管理職性と裁量があれば有罪
世田谷事件・地位と職務の段落(全文)
前記のとおり,被告人は,厚生労働省大臣官房統計情報部社会統計課長補佐であり,庶務係,企画指導係及び技術開発係担当として部下である各係職員を直接指揮するとともに,同課に存する8名の課長補佐の筆頭課長補佐(総括課長補佐)として他の課長補佐等からの業務の相談に対応するなど課内の総合調整等を行う立場にあり,国家公務員法108条の2第3項ただし書所定の管理職員等に当たり,一般の職員と同一の職員団体の構成員となることのない職員であったものであって,指揮命令や指導監督等を通じて他の多数の職員の職務の遂行に影響を及ぼすことのできる地位にあったといえる。このような地位及び職務の内容や権限を担っていた被告人が政党機関紙の配布という特定の政党を積極的に支援する行動を行うことについては,それが勤務外のものであったとしても,国民全体の奉仕者として政治的に中立な姿勢を特に堅持すべき立場にある管理職的地位の公務員が殊更にこのような一定の政治的傾向を顕著に示す行動に出ているのであるから,当該公務員による裁量権を伴う職務権限の行使の過程の様々な場面でその政治的傾向が職務内容に現れる蓋然性が高まり,その指揮命令や指導監督を通じてその部下等の職務の遂行や組織の運営にもその傾向に沿った影響を及ぼすことになりかねない。したがって,これらによって,当該公務員及びその属する行政組織の職務の遂行の政治的中立性が損なわれるおそれが実質的に生ずるものということができる。
構造:①管理職的地位、②部下への指揮監督、③裁量権を伴う職務という回路を通じ、勤務外の政治的傾向が職務・組織運営へ反映する蓋然性を肯定する。
世田谷事件・結論の段落(全文)
そうすると,本件配布行為が,勤務時間外である休日に,国ないし職場の施設を利用せずに,それ自体は公務員としての地位を利用することなく行われたものであること,公務員により組織される団体の活動としての性格を有しないこと,公務員であることを明らかにすることなく,無言で郵便受けに文書を配布したにとどまるものであって,公務員による行為と認識し得る態様ではなかったことなどの事情を考慮しても,本件配布行為には,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められ,本件配布行為は本件罰則規定の構成要件に該当するというべきである。そして,このように公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる本件配布行為に本件罰則規定を適用することが憲法21条1項,31条に違反しないことは,前記イにおいて説示したところに照らし,明らかというべきである。
構造:勤務外、施設・地位不利用、組織性なし、身分非表示という自由側に有利な事情を認めても、管理職性と裁量が上回るとして実質的危険を肯定し、構成要件該当・合憲適用へ進む。
堀越事件と世田谷事件の違いは、配布方法よりも、職務上の地位と裁量にあります。
| 比較項目 | 堀越事件 | 世田谷事件 |
|---|---|---|
| 地位 | 非管理職 | 管理職的地位・総括課長補佐 |
| 職務上の裁量 | なし | あり |
| 他の職員への影響 | 人事・監督権限なし | 指揮命令・指導監督あり |
| 配布 | 休日、施設・地位不利用、無言、身分非表示 | 休日、施設・地位不利用、無言、身分非表示 |
| 実質的危険 | 否定 | 肯定 |
| 結論 | 無罪 | 有罪 |

3-6 世田谷事件の須藤裁判官反対意見――管理職という肩書だけで「回路」は生まれるのか
須藤裁判官反対意見・結論の段落(全文)
被告人の本件配布行為は,政治的傾向を有する行為ではあることは明らかであるところ,被告人は,厚生労働大臣官房の社会統計課の筆頭課長補佐(総括課長補佐)で,本法108条の2第3項ただし書所定の管理職員等に当たり,指揮命令や指導監督等の裁量権を伴う職務権限の行使などの場面で他の多数の職員の職務の遂行に影響を及ぼすことのできる地位にあるといえるが,勤務時間外である休日に,国ないし職場の施設を利用せず,かつ,公務員としての地位を利用することも,公務員であることを明らかにすることもなく,しかも,無言で郵便受けに文書を配布したにとどまるものであって,いわば,一私人,一市民として行動しているとみられるから,それは勤務外のものであると評価される。そうすると,被告人の本件配布行為からうかがわれる政治的傾向が被告人の職務の遂行に反映する機序あるいは蓋然性について合理的に説明できる結び付きは認めることができず,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるとはいえないというべきである。したがって,被告人が上記のとおり管理職的地位にあること,その職務の内容や権限において裁量権があること等を考慮しても,被告人の本件配布行為は本件罰則規定の構成要件に該当しないというべきである。しかるに,第1審判決及び原判決は,被告人の本件配布行為が本法102条1項の政治的行為に該当するとするものであって,いずれも法令の解釈を誤ったものであるから,これを破棄するのが相当であり,被告人を無罪とすべきである。
構造:管理職性と裁量を認めつつも、私生活上の政治的傾向が職務へ反映する「機序あるいは蓋然性」を具体的に説明できないとして、実質的危険を否定する。
この反対意見によって、2012年の新しい枠組みの中にも、なお対立が残っていることが分かります。
管理職で裁量がある
→政治的傾向が職務に出る蓋然性が高まる
と推論してよいのか。それとも、勤務外の私人としての活動と職務との間に、さらに具体的な結び付きが必要なのか。
猿払事件で始まった「抽象的危険と具体的危険」の争いは、2012年にも形を変えて続いています。

3‐7 堀越事件と世田谷事件で、結局、何が変わり、何が残ったのか
変わったもの
第一に、保護対象の言葉が狭まりました。「公務員の政治的中立性」一般ではなく、公務員の職務遂行の政治的中立性が中心になりました。
第二に、危険の程度が厳しくなりました。単なる観念的・抽象的危険ではなく、現実的に起こり得るものとして実質的に認められるおそれが必要になりました。
第三に、個別事情が復活しました。管理職性、裁量、勤務内外、施設・地位利用、組織性、外観、目的・内容を総合判断します。
第四に、規則の文言に該当しても直ちに犯罪成立とはせず、構成要件段階で処罰範囲を限定するようになりました。
残ったもの
第一に、国公法102条1項と人事院規則の制度そのものは違憲とされていません。
第二に、刑罰を設けること自体も違憲とされていません。
第三に、猿払事件大法廷判決は明示的に変更されていません。2012年判決は、猿払事件を組織的・外形的な選挙支援という事案に限定して読み、判例の整合性を保ちました。
第四に、猿払事件反対意見の委任違憲論――懲戒対象と犯罪を同じ規則に委任してよいか――は、多数意見には採用されていません。

4 まとめ――猿払事件の判例の面白さ
猿払事件の判例を、多数意見だけで読むと、行政の中立性を守るために公務員の政治活動を広く規制できる判決に見えます。
しかし、反対意見まで読むと、論点はもっと深くなります。
禁止できることと、懲戒できることと、犯罪として処罰できることは、本当に同じなのか。
多数意見は、懲戒と刑罰の違いを認めながら、同じ行為を双方の対象にできるとしました。
反対意見は、制裁の法的性質が変われば、憲法上禁止できる行為の範囲そのものが変わるとしました。
そして堀越事件・世田谷事件は、猿払事件を形式上維持しつつ、「職務遂行の中立性」「実質的なおそれ」「個別事情の総合判断」という限定を加えました。その意味で、2012年判決は猿払事件反対意見をそのまま採用したわけではありませんが、反対意見が求めた具体的・個別的審査の方向へ大きく接近したと評価できます。
最後に、この記事の結論を一文で示します。
猿払事件の判例の面白さは、行政の中立性と政治的自由の衝突だけでなく、「公務員としての義務違反」をどこから「国民としての犯罪」に変えてよいのかを問い、その答えが約40年後の判例で静かに狭められていった点にある。






