平和学から日本国憲法をつなぐ、幸福と安心づくりの政治の在り方

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「平和学から日本国憲法をつなぐ、幸福と安心づくりの政治の在り方」をテーマに、白い鳩とオリーブの枝、日本国憲法、国会議事堂、市民が行き交う橋、世界を結ぶ光のネットワークを描いたアイキャッチ画像。戦争がないだけでなく、人権・安心・幸福を社会制度として支える積極的平和と、日本国憲法を結び付ける考え方を表現している。

平和学は、戦争を防ぐためだけの学問ではありません。戦争が起きていなくても、貧困、差別、抑圧、ハラスメント、性暴力、過酷な労働、災害時の放置、行政による情報の隠蔽によって、人の生命や尊厳が傷つけられている社会を、本当に平和と呼べるのか。平和学は、その問いを私たちに投げかけます。

私は、政治が目指すべき「一人ひとりの幸福な状態」を、安心を基軸として次の三つに整理したいと思います。

政治が目指すべき安心=「一人ひとりの幸福な状態」

一、心が平安である
二、心が安定している
三、心が満足している

そして、政治の役割とは、市民に「心配しなくてもよい」と言い聞かせることではありません。人が不安を感じる原因を直視し、社会の仕組みの中から原因を探し、安心できる客観的な条件を制度としてつくることです。

この考え方を、平和という側面から理論的に支えるのが、平和学者ヨハン・ガルトゥングの議論です。ガルトゥングは、平和を単に戦争や直接的な暴力がない状態とは考えず、社会の仕組みによって人の生命、健康、自由や可能性が損なわれる「構造的暴力」にも目を向けましたこうした構造的暴力を取り除き、より公正な社会関係をつくることを積極的平和の重要な課題として位置付けています
そして、法的な土台となるのが、日本国憲法の平和主義と基本的人権です。そして、不安を政策へ変える実践方法が、私の掲げる「安心を創る政治5原則」です。

本稿では、平和学、日本国憲法、幸福、安心、政治を一つの流れとして結び直します。

目次

平和学とは「戦争がない状態」の先を考える学問である

平和学者 ヨハン ガルティングの肖像写真
平和学者 ヨハン ガルトゥング

平和学者ヨハン・ガルトゥングは、暴力を、目に見える攻撃だけに限定しませんでした。人を殴る、傷つける、殺すといった直接的暴力に加えて、社会の仕組みによって人の生命、健康、自由、可能性が奪われる構造的暴力、さらに、それらを当然のこととして正当化する文化的暴力を考えました。ガルトゥングが構造的暴力を本格的に提示した論文として、「Violence, Peace, and Peace Research」があります。

「平和学とは『戦争がない状態』の先を考える学問である」をテーマに、ヨハン・ガルトゥングの平和学を直接的暴力・構造的暴力・文化的暴力の3分類で整理した図解。直接的暴力は戦争・殺人・暴行・虐待・性暴力・ハラスメント・拷問・脅迫、構造的暴力は貧困や制度・資源配分・権力関係によって避けられる苦痛が生じる状態、文化的暴力はそれらを正当化する言葉・価値観・慣習として示している。代表論文『Violence, Peace, and Peace Research』(1969年)も紹介している。

直接的暴力

直接的暴力とは、加害行為と被害が比較的見えやすい暴力です。戦争、殺人、暴行、虐待、性暴力、ハラスメント、拷問、脅迫などが該当します。

暴力を行う主体と、傷つけられる人が見えやすいため、社会問題として認識されやすい暴力です。しかし、被害者が沈黙を強いられたり、「指導だった」「家族の問題だ」と扱われたりすれば、直接的暴力であっても見えなくなります。

『直接的暴力とは何か』を説明する図解。大見出しの下に、『加害行為と被害が比較的見えやすい暴力』という説明がある。左上の第1欄では、直接的暴力とは、加害する人と傷つけられる人が比較的見えやすく、被害の内容も把握しやすい暴力だと説明され、加害行為→被害→心身の傷つき、という流れがイラストで示されている。中央の第2欄では具体例として、戦争、殺人、暴行、虐待、性暴力、ハラスメント、拷問、脅迫の8つが、それぞれタンク、刃物、殴り合い、威圧する大人と子ども、拒否を示す手と苦しむ人物、会話による嫌がらせ、拘束された人物、脅す人物のイラストとともに並べられている。左下の第3欄では、直接的暴力が見えやすい理由として、加害する側と被害を受ける側が比較的分かりやすいこと、出来事として認識されやすいこと、社会問題として表面化しやすいことが整理されている。右下の第4欄では、直接的暴力でも見えなくなることがあると示され、被害者が沈黙を強いられたり、『指導だった』『家族の問題だ』などと正当化・私事化されたりすると、本来は見える暴力が見えにくい暴力へ変わってしまう流れが図式化されている。最下部には、『直接的暴力は「起きている出来事」として見えやすい。だが、沈黙や正当化によって隠されると、救済は遅れる。』というまとめが大きく配置されている。

構造的暴力

構造的暴力とは、特定の誰かが直接攻撃していなくても、制度、資源配分、権力関係によって、人が本来避けられたはずの苦痛や不利益を受ける状態です。

貧困のため医療を受けられない。障害があるため避難情報を得られない。非正規雇用であるため危険な仕事を断れない。行政が水質検査の結果を公表しないため、市民が自分の健康に関する判断をできない。こうした問題は、個人の運や努力だけでは説明できません。

社会の仕組みを変えれば避けられる被害が放置されているなら、そこには構造的暴力が存在します。

「構造的暴力とは何か」をテーマに、制度・資源配分・権力関係によって、本来避けられたはずの苦痛や不利益が生じる仕組みを詳しく説明した図解。最上部には『構造的暴力とは何か』という見出しと、『制度・資源配分・権力関係によって、避けられたはずの苦痛や不利益が生じる状態』という定義が示されている。左上の第1欄『構造的暴力とは』では、特定の加害者が直接攻撃している姿が見えなくても、社会の制度や仕組みが不平等に組み立てられていることで、人が傷ついたり不利益を受けたりする状態を、人物、制度、資源配分、権力関係のアイコンを矢印でつないで説明している。『誰かが悪い』という個人の問題ではなく、『社会の仕組みそのものが人を傷つけている』状態であることを強調している。

中央上の第2欄『どのように起こるのか』では、構造的暴力が生じる原因と結果を整理している。原因として、制度の欠陥、不十分・不公平な制度やルール、資源の偏り、お金・人材・施設などの配分が偏ること、情報の非公開・届かなさ、必要な情報が公開されない、または必要な人に届かないこと、弱い立場に不利な権力関係、意思決定に参加できず声を上げにくい状況などを示している。その結果として、健康悪化、病気や心身の不調が進んでしまうこと、危険回避ができないこと、災害や事故などから身を守れないこと、生活の選択肢が狭まること、教育・就労・移動などの選択肢が奪われること、不利益が固定されること、世代を越えて不利な状況が続いてしまうことを図示している。

右上の第3欄『具体例』では、構造的暴力の四つの事例を示している。A『貧困のため医療を受けられない』では、病院に行きたいが費用を払えず受診を断念する人物を描き、本人の意思ではなく経済的な壁によって必要な医療から排除される状態を示している。B『障害があるため避難情報を得られない』では、車いすの人が音声や文字だけの避難情報を十分に理解できず、避難のタイミングを逃す場面を描き、情報保障の不足によって被害の危険が高まることを表現している。C『非正規雇用のため危険な仕事を断れない』では、危険な作業を命じられた労働者が、断れば契約を切ると示唆される場面を描き、不安定な雇用関係が安全に関する自己決定を弱めることを示している。D『行政が水質検査結果を公表しないため健康判断ができない』では、市役所が検査結果を非公表にし、市民が水の安全性を自分で判断できない様子を描き、情報の非公開が健康に関する自己決定を奪う例として示している。

左下の第4欄『なぜ個人の運や努力では説明できないのか』では、同じ病気でも収入によって受けられる医療が違うこと、同じ災害でも情報保障の有無によって被害が違うこと、同じ仕事でも雇用形態によって危険を断れるかどうかが違うこと、同じ環境リスクでも情報公開の有無によって判断力が違うことを例示している。これらの差は、本人の努力や性格だけでなく、所得、制度、情報、雇用、権力関係などの社会的条件によって生まれることを説明し、『成果の差は、個人の努力の差ではなく、社会の条件の差である』とまとめている。

中央下の第5欄『社会の仕組みを変えれば減らせる』では、構造的暴力を減らすための具体的な改善策として、生活保障、医療へのアクセス保障、情報保障・アクセシビリティ、安全な労働条件、情報公開、公正な行政手続、司法救済などを示している。生活保障では最低限の生活を支える制度、医療では誰もが必要な治療を受けられる仕組み、情報保障では障害の有無にかかわらず必要な情報を得られる仕組み、安全な労働条件では危険な仕事を断れる環境、情報公開では行政が必要な情報を公開すること、公正な行政手続では透明な判断と理由提示、司法救済では被害を受けた人が権利回復を求められる仕組みを、それぞれアイコンで表現している。これらの社会制度を整えることで、避けられたはずの苦痛や不利益を減らせることを示している。

右下の第6欄『直接的暴力との違い』では、直接的暴力と構造的暴力を比較している。直接的暴力は加害者と被害者が比較的見えやすく、暴力、暴行、戦争、いじめ、虐待などの具体的な行為として認識されやすい。一方、構造的暴力は加害者が見えにくく、制度・ルール、情報の偏り、資源の偏り、権力関係などの中に埋め込まれているため、社会にとって『当たり前』のものとして見過ごされやすいと説明している。最下部には、『どちらも人を傷つける。構造的暴力は、見えないために放置されやすい』という注意が示されている。

全体の最下部には、『社会の仕組みを変えれば避けられる被害が放置されているなら、そこには構造的暴力がある。構造的暴力を見抜くことは、積極的平和を考える出発点である。』というまとめが大きく配置され、地球と白い鳩のイラストによって、社会制度を改善し、避けられる苦痛や不利益を減らすことが平和の構築につながるというメッセージを表現している。」

文化的暴力

文化的暴力とは、直接的暴力や構造的暴力を正当化し、見えにくくする言葉、価値観、慣習です。

「貧しいのは努力が足りないからだ」「嫌なら辞めればよい」「国のためなら一部の犠牲は仕方がない」「被害を訴える人は和を乱している」といった言葉は、被害を受けた人に責任を押し付けます。

文化的暴力が広がると、被害を受けた人自身が「自分が悪い」と考えるようになります。そうなると、制度を変えるべき問題が、個人の我慢や自己責任へとすり替えられます。

「文化的暴力とは何か」をテーマに、直接的暴力や構造的暴力を正当化し、見えにくくする言葉・価値観・慣習の仕組みを詳しく説明した図解。最上部には『文化的暴力とは何か』という見出しと、『直接的暴力や構造的暴力を正当化し、見えにくくする言葉・価値観・慣習』という定義が示されている。左上の第1欄『文化的暴力とは』では、言葉・価値観・慣習・常識・社会の雰囲気などが、暴力や不公正を「仕方がない」「当然だ」と正当化し、その結果として被害そのものが見えにくくなる流れを、会話の吹き出し、天秤、苦しむ人物のイラストで表現している。誰かを直接殴るような暴力ではなく、暴力を『当然』『仕方がない』と思わせる仕組みであることが強調されている。

中央上の第2欄『どのように働くのか』では、文化的暴力が社会の中で作用する仕組みを整理している。第一に『正当化』として、暴力や不公正を「仕方がない」「当然」と合理化すること。第二に『見えにくくする』として、被害や問題を隠したり軽く見せたりすること。第三に『被害者に責任を負わせる』として、被害の原因を被害者自身の言動や性格に求めること。第四に『制度の問題を個人の問題にすり替える』として、本来は社会制度や権力関係の問題であるものを、個人の努力不足や我慢の問題へと変えてしまうことを示している。その結果として、暴力や不公正が続く、被害者が声を上げにくくなる、支援や制度改革が遅れる、被害者が孤立するという影響が生じることを、矢印でつないで図式化している。

右上の第3欄『具体例』では、文化的暴力を生み出す代表的な言葉を四つ示している。A『貧しいのは努力が足りないからだ』では、貧困を社会構造や制度の問題ではなく本人の責任として扱う場面を描いている。B『嫌なら辞めればよい』では、危険な労働やハラスメントの問題を労働者個人の選択に押し戻し、職場側の責任を見えにくくする様子を示している。C『国のためなら一部の犠牲は仕方がない』では、国家や集団の利益を理由に個人の被害や犠牲を正当化する場面を描いている。D『被害を訴える人は和を乱している』では、被害そのものよりも被害を訴えた人の言動を問題視し、沈黙と同調を優先させる構造を示している。

左下の第4欄『被害者の内面で何が起きるか』では、文化的暴力が広がることで、被害を受けた人自身が自分を責めるようになる過程を段階的に示している。まず暴力や不公正を受け、その後、周囲から『それくらい普通』『あなたにも問題がある』などの正当化する言葉を浴びせられる。すると、『自分が悪いのかもしれない』『自分が我慢すればよかったのかも』と考えるようになり、声を上げられなくなる。その結果、我慢、沈黙、無力感、孤立が深まるという流れが描かれている。最下部には、文化的暴力は傷ついた人に『自分が悪い』と思わせるまで広がっていくことが強調されている。

中央下の第5欄『何がすり替えられるのか』では、本来は社会の問題として扱うべきものが、自己責任へとすり替えられる構造を対比している。本来の社会的問題として、制度の欠陥、情報の非公開、差別や偏見、不安定雇用、支配的な権力関係などが挙げられている。それに対して、文化的暴力によって『努力不足』『我慢が足りない』『声を上げる方が悪い』『文句を言うな』『自分で解決しろ』といった自己責任の言葉へ変換されていくことを示している。制度を変えるべき問題が、個人の我慢や自己責任へ置き換えられてしまうことへの警告が示されている。

右下の第6欄『どう向き合うか』では、文化的暴力を減らすための具体的な対応を六つに整理している。①被害を言葉にし、経験を記録して見えるようにする。②自己責任を疑い、『本当に本人だけの責任なのか』と問い直す。③事実と制度を調べ、データや仕組みから問題の構造を確認する。④当事者の声を聴き、偏見なく経験から学ぶ。⑤情報公開・救済・参加を広げ、被害を隠さず市民が意思決定に関われる仕組みをつくる。⑥支え合いを制度改革につなげ、個人の苦しみを社会の改善へ結び付けることが示されている。

最下部には、『文化的暴力とは、暴力や不公正を「当然」「仕方がない」と見せる力である。それを見抜くことは、被害者を責めるのではなく、社会の仕組みを変える出発点になる。』というまとめが大きく示され、地球と白い鳩のイラストによって、言葉・価値観・制度を見直し、より平和な社会へ変えていく方向性を表現している。」

平和学が区別する消極的平和と積極的平和

ガルトゥングは、平和を「消極的平和」と「積極的平和」に分けました。この区別は、平和学から政治の役割を考えるうえで重要です。

平和学が区別する消極的平和と積極的平和」を説明する図解。左側では、消極的平和を『暴力が止まっている状態』として、停戦・休戦、武器の不使用、攻撃や爆発がないこと、対立する双方が距離を置くことなどで表現している。戦争・殺傷・暴行などの直接的暴力が存在しない、または低い状態は、人の生命を守るための重要な最低条件である一方、憎悪、支配関係、被害の記憶が残れば再び暴力が始まる可能性があることも示している。右側では、積極的平和を『関係から良いものが生まれる状態』として、協力、多様性の尊重、共感と思いやり、公平と正義、共同体の形成、未来への希望などで表現している。中央には、消極的平和を平和の出発点、積極的平和をそこから発展した状態として示す矢印がある。下段では、積極的平和の5要素として、衡平、調和、有機的組織、融合、死後の生を段階的に整理し、衡平と調和が基礎、有機的組織が平和を持続させる仕組み、融合と死後の生が協力関係の発展と将来世代への継承を示すと説明している。さらに『平和=(衡平×調和)÷(トラウマ×コンフリクト)』という概念的公式を示し、衡平と調和を高める一方、トラウマとコンフリクトに向き合う必要があることを表現している。トラウマへの対応として事実確認、被害の承認、謝罪、補償、回復、再発防止、コンフリクトへの対応として分極化を弱めること、支配関係を取り除くこと、双方の根本的な必要を両立できる目標へ組み替えることが示されている。

消極的平和は「暴力が止まっている状態」

消極的平和とは、戦争、殺傷、暴行などの直接的暴力が存在しない、または低い状態です。

戦闘が止まり、互いに攻撃していないことは重要です。しかし、それだけでは信頼、協力、公正な関係が生まれたとは限りません。休戦していても、憎悪や支配関係、被害の記憶が残っていれば、再び暴力が始まる可能性があります。

消極的平和は軽視されるべきものではありません。人の生命を守るための最低条件です。しかし、それは完成した平和ではなく、平和を構築するための出発点です。

消極的平和は『暴力が止まっている状態』」を詳しく説明する図解。上部では、消極的平和とは、戦争、殺傷、暴行などの直接的暴力が存在しない、または低い状態であると定義している。中央左では、消極的平和の具体的な状態として、戦闘の停止、武器の不使用、殺傷や暴行の不在、脅迫や強制の不在、互いに攻撃せず一定の距離を保つことをイラストで示している。一方、その下では、戦闘が止まっていても、憎悪や敵意、支配関係や不公正、過去の被害の記憶やトラウマが残っていれば、不信の蓄積や対立の再燃を経て、再び暴力が始まる可能性があることを図式化している。さらに、消極的平和が重要である理由として、人の生命と安全を守るための最低条件であること、人間らしい暮らしを取り戻す第一歩であること、積極的平和へ進むためのスタートラインであることを示している。右側では、消極的平和を『暴力が止まっている状態』、積極的平和を『関係から良いものが生まれる状態』として階段状に配置し、消極的平和は完成した平和ではなく、信頼、協力、公正な関係を築くための出発点であると整理している。最下部には、『暴力を止めることが、すべての平和の第一歩。その先に、信頼と共生の社会をつくっていく。』というメッセージが示されている。

積極的平和は「関係から善いものが生まれる状態」

積極的平和とは、単に悪いものが出てこない状態ではありません。人と人、集団と集団、国家と国家の関係から、協力、共感、公平、喜び、信頼といった善いものが生み出される状態です。

ガルトゥングは、積極的平和の要素として、衡平、調和、有機的組織、融合、死後の生を挙げています。

ただし、この五つは同じ種類の条件ではありません。構造を整理すると、次のようになります。

段階内容平和学上の意味
基礎1衡平相互かつ平等な利益のために協力する
基礎2調和喜びと悲しみを共有し、相手に共感する
持続有機的組織衡平と調和を制度や共同体として定着させる
発展融合協力関係から新しい共同主体が生まれる
継承死後の生平和の経験と制度が将来世代に残る

つまり、衡平と調和が平和を生む基礎です。有機的組織は平和を持続させる仕組みです。融合と死後の生は、積極的平和が空間と時間を越えて発展した状態だと考えられます。

積極的平和は『関係から善いものが生まれる状態』」を説明する図解。上部には、積極的平和とは、単に悪いことが起きていない状態ではなく、人と人、集団と集団、国家と国家の関係から、協力、共感、公平、喜び、信頼といった善いものが生み出される平和であると大きく示されている。左上の第1欄では、積極的平和の定義を説明し、人びとがつながり合い、都市や社会の中で協力して生きるイラストが添えられている。右上の第2欄では、関係から生まれる善いものとして、協力、共感、公平、喜び、信頼の5項目が並び、それぞれ、助け合い、相手の喜びや悲しみへの応答、利益や機会が一方に偏らないこと、安心の中で生活や交流が豊かになること、対話と約束が積み重なって関係が安定することとして整理されている。中央の第3欄では、積極的平和の5要素を段階的に図示し、基礎1の『衡平』は相互かつ平等な利益のために協力すること、基礎2の『調和』は喜びと悲しみを共有し相手に共感すること、持続の『有機的組織』は衡平と調和を制度や共同体として定着させること、発展の『融合』は協力関係から新しい共同主体が生まれること、継承の『死後の生』は平和の経験と制度が将来世代に残ることとして示されている。下部の第4欄では構造の整理として、衡平と調和が積極的平和の基礎であり、有機的組織がそれを持続させる仕組みであり、融合と死後の生が積極的平和が空間と時間を越えて発展した状態であることを、足し合わせる図式で表している。最下部の第5欄では、『積極的平和とは、「悪いことが起きていない」だけではなく、「善い関係と制度が育ち続ける」平和である。』というまとめが強調され、平和を支える要素として、衡平、調和、制度、共同性、継承が並べられている。

平和の公式が示していること

ガルトゥングは、平和を次のような概念的公式で示しています。

平和 =(衡平 × 調和)÷(トラウマ × コンフリクト)

これは実際に数値を代入するための数式ではありません。平和をつくるために、何を増やし、何に向き合う必要があるかを示したものです。

衡平とは、利益、負担、情報、発言力、決定権が一方に偏らないことです。調和とは、意見を一つに統一することではなく、違いを保ちながら、相手の喜びや苦しみに応答できることです。

一方、過去の被害によるトラウマを放置すれば、不信と恐怖は残ります。利害や目標の対立であるコンフリクトを、一方の服従によって処理すれば、表面的な合意の下に支配が残ります。

必要なのは、トラウマに対する事実確認、被害の承認、謝罪、補償、回復、再発防止です。コンフリクトに対しては、敵と味方への分極化を弱め、一方による支配を取り除き、双方の根本的な必要を両立できる目標へ組み替えることです。

平和の公式が示していること」を説明する詳細な図解。中央上部に、ヨハン・ガルトゥングの平和についての概念的な公式として『平和=(衡平×調和)÷(トラウマ×コンフリクト)』を大きく表示している。この公式は実際に数値を代入して計算する数学的な数式ではなく、平和をつくるために何を増やし、何に向き合い、何を減らしていく必要があるのかを示す考え方であると説明している。左上の『衡平(Equity)とは?』の欄では、利益、負担、情報、発言力、決定権が一方に偏らない状態を衡平として示し、利益の配分、荷物を背負う人物、情報を示す記号、発言する人物、意思決定の場を表すイラストによって、公平に関わり合い、影響し合う社会関係を表現している。中央上の『調和(Harmony)とは?』の欄では、調和とは全員の意見を一つに統一することではなく、違いを保ちながら、相手の喜びや苦しみに応答し、共感できる関係であると説明し、異なる背景を持つ人びとが並び、『意見は違っても』『相手の喜びや苦しみに応答する』という吹き出しとともに、違いを尊重しながら共感する様子を示している。右上の『公式のイメージ』では、天秤を用いて、衡平と調和は『高める・増やす』方向、トラウマとコンフリクトは『向き合う・減らす』方向として対比している。

中段左の『トラウマ(Trauma)を放置すると…』では、過去の被害や暴力の記憶が癒やされないまま残ると、不信や恐怖が続き、関係の修復や協力を妨げることを、破壊された街や戦争の記憶、苦しむ人、不信を抱く人びと、新たな対立へ進む流れとして示している。過去の被害・暴力→トラウマが残る→不信・恐怖が続く→新たな対立や暴力の連鎖、という因果関係を図式化している。中段中央の『コンフリクト(Conflict)を誤って処理すると…』では、利益や目標の対立を、一方の服従や押さえ込みによって解決しようとすると、表面的には合意したように見えても、その下に支配や不満が残り、再び対立や暴力につながることを示している。利害や目標の対立→一方が服従して押さえ込まれる→表面的な合意が成立する→支配が残る→再び対立・暴力へ進む、という流れを人物イラストと矢印で表している。

下段左の『トラウマに対して必要なこと』では、過去の被害を放置せず平和へつなげるための対応として、①事実確認、②被害の承認、③謝罪、④補償、⑤回復、⑥再発防止の六つを順番に整理している。事実確認では起きたことを資料や調査によって明らかにし、被害の承認では傷つけられた人の経験を社会が認め、謝罪では加害の責任を認め、補償では被害に対する具体的な償いを行い、回復では心身や人間関係、生活の修復を支え、再発防止では同じ被害を繰り返さない制度や教育をつくることを、それぞれ書類、手で包まれたハート、謝罪する人物、金銭による補償、支え合う人物、盾のイラストで示している。

下段中央の『コンフリクトに対して必要なこと』では、対立を一方の勝利や服従で終わらせるのではなく、関係そのものを組み替える必要があることを説明している。具体的には、①敵と味方への分極化を弱める、②一方による支配や不公正な関係を取り除く、③双方の根本的な必要を両立できる新しい目標へ組み替える、という三段階を示している。対立する二者の距離を縮め、鎖を断ち切って支配関係を解消し、最後に双方が異なるピースを組み合わせて新しい共通目標をつくるイラストで表現している。

右中央の『平和が高まる状態とは?』では、衡平と調和が高まり、トラウマとコンフリクトに適切に向き合うことによって、善い関係が育ち、それが持続し、世代を越えて受け継がれていく状態を、子ども、高齢者、障害のある人を含む多様な人びとが共に暮らす地域社会のイラストで表現している。右下のまとめでは、『衡平と調和を高めるほど、平和は育つ』『トラウマとコンフリクトに向き合うほど、平和の土台が強くなる』と整理し、公平な関係、共感、信頼、協力を育てながら、過去の傷を癒やし、対立を公正に解決することが、再び暴力を起こさない未来につながると示している。最下部には、『平和は、何もしなくても生まれるものではありません。一人ひとりが、衡平と調和を育て、トラウマとコンフリクトに向き合うとき、関係から善いものが生まれ、持続し、未来へつながっていきます。』というメッセージが配置され、白い鳩、地球、多様な人びとのイラストによって、平和が関係・制度・社会・未来世代へ広がっていくイメージを表現している。

平和学から考える一人ひとりの幸福な状態

平和学を国家間の問題だけでなく、一人ひとりの生活へつなげると、平和とは、人の心が、一・平安、二・安定、三・満足に近づく社会的条件をつくることだと考えられます。

平和学から考える一人ひとりの幸福な状態」を説明する図解。平和を国家間の問題だけでなく、一人ひとりの暮らしへつなげ、幸福を『心の平安』『心の安定』『心の満足』という3つの状態から整理している。左上では、平和とは人の心と生活がこの3つの状態に近づくための社会的条件をつくることだと示し、3つの円を『幸福』の周囲に配置している。右上の『一、心が平安である』では、生命・身体・人格が危険にさらされていないと感じられる状態を心の平安と定義し、戦争・武力、犯罪、虐待、ハラスメント、性暴力、災害、環境汚染、不当な拘束などを平安を脅かす例として示している。さらに社会が担うべき条件として、暴力の防止、危険についての情報提供、被害者の保護を挙げ、心の平安を消極的平和の主観的な現れとして位置付けている。左下の『二、心が安定している』では、今日だけでなく明日以降も生活と権利が守られるという見通しを持てる状態と定義し、食料、住まい、医療、仕事、収入、行政判断、突然の制度変更、異議申立て手段の不足などを安定を妨げる要因として示している。安定を支える社会的条件として、社会保障、医療保障、教育の機会、労働条件の整備、住まいの確保、情報公開と透明性、公正な行政手続、司法救済を示し、これらが構造的暴力を減らし、平和を制度として持続させることにつながると整理している。右下の『三、心が満足している』では、自分が一人の人間として尊重され、自分の生き方を選び、他者と協力し、自分の経験や活動が社会に生かされていると感じられる状態を心の満足と定義している。満足を妨げる例として、自分の意思が無視されること、意見を言う機会がないこと、自分は必要とされていないと感じることを示し、満足を支える条件として、尊厳の尊重、自己決定、表現の自由、参加の機会、承認されること、協力・連帯、つながりや関係を挙げている。これらは平和学における衡平、調和、共生と深く結び付くことも示している。最下部では、『幸福=心の平安×心の安定×心の満足』という概念的な式を示し、心が平安でも生活の見通しがなければ不安定であり、生活が安定していても尊厳や自己決定が奪われれば満足できず、満足していても生命が危険にさらされていれば幸福は持続しないと説明している。最後に、政治が守るべきものは幸福そのものを強制することではなく、心の平安・安定・満足を支える客観的な社会条件であり、幸福とは感情だけではなく、平和と人権によって支えられる生きる条件であるとまとめている。

一、心が平安である

心の平安とは、いま、生命、身体、人格が危険にさらされていないと感じられる状態です。

戦争、犯罪、虐待、ハラスメント、性暴力、災害、環境汚染、不当な拘束などにさらされていれば、本人の努力だけで心を平安に保つことはできません。

心の平安は、消極的平和の主観的な現れです。社会には、暴力を防ぎ、危険を知らせ、被害を受けた人を保護する責任があります。

「一、心が平安である」をテーマに、平和学の視点から心の平安を支える社会的条件を詳しく整理した図解。最上部には『心の平安とは、いま、生命・身体・人格が危険にさらされていないと感じられる状態』という定義が示されている。左上の第1欄『心の平安とは』では、家族が穏やかに過ごすイラストとともに、自分の生命、身体、人格が危険にさらされていないと感じられ、『怖くない』『傷つけられない』『安心して暮らせる』と感じられる状態が心の平安であると説明している。

右上の第2欄『心の平安を脅かすもの』では、本人の努力だけでは心の平安を保てなくなる外的な危険として、戦争・武力、犯罪、虐待、ハラスメント、性暴力、災害、環境汚染、不当な拘束の8項目を図示している。戦争・武力では、戦闘や武力行使によって生命や生活が脅かされる状態、犯罪では強盗や暴行などによって身体や財産が危険にさらされる状態、虐待では身体的・心理的暴力によって心身が傷つけられる状態、ハラスメントでは職場や学校などでの嫌がらせや差別によって尊厳が傷つけられる状態、性暴力では性的な強制や侵害によって尊厳が深く傷つけられる状態、災害では地震・台風・洪水などによって生命や生活が危険にさらされる状態、環境汚染では大気・水・土壌などの汚染によって健康や生活が脅かされる状態、不当な拘束では正当な根拠のない逮捕や拘束によって自由や尊厳が奪われる状態として示している。これらの外的な危険が重なると、本人の意思や努力だけでは心の平安を維持することが困難になることを、苦しむ人物のイラストと赤い矢印で表現している。

中央左の第3欄『なぜ個人の努力だけでは足りないのか』では、心の平安が個人の気持ちの持ち方だけで決まるものではない理由を4点に分けている。第一に、危険そのものが本人の意思とは無関係に外部から加えられること。第二に、暴力や災害、犯罪などの被害は個人一人の力では防ぎきれず、力や資源の差によって自分だけでは身を守れない場合があること。第三に、危険についての情報がなければ、避難や回避のための適切な行動を取ることができないこと。第四に、被害を受けた後の回復や再発防止には、制度や専門的支援など社会の仕組みが必要であることを、それぞれ暴力を受ける人物、盾、拡声器、支える手と人びとのイラストで示している。

中央右の第4欄『心の平安は消極的平和の主観的な現れ』では、平和学における消極的平和との関係を図式化している。白い鳩で表現された『消極的平和』から、『直接的暴力がない』状態、さらに『人が心の平安を感じられる』状態へと矢印でつなぎ、戦争、暴行、虐待、脅迫などの直接的暴力が抑えられているとき、人は『いま傷つけられない』という安心感や安堵感を持ちやすくなると説明している。つまり、社会に直接的暴力が少ないという客観的な状態が、個人の内面では『心が平安である』という主観的な感覚として現れることを示している。

下段の第5欄『社会の責任』では、心の平安を個人任せにせず、社会が果たすべき責任を三つに整理している。A『暴力を防ぐ』では、法律、監視、予防、教育、抑止などによって戦争、犯罪、虐待、ハラスメントなどの暴力を未然に防ぐことを示している。B『危険を知らせる』では、情報公開、警報、避難情報、周知などによって危険の存在や避けるための方法を市民に知らせることを示している。C『被害を受けた人を保護する』では、相談、避難、医療、補償、司法救済などによって、被害を受けた人を守り、回復を支えることを示している。法律を象徴する天秤、防犯カメラ、教育、警察、ラジオやスマートフォンによる警報、拡声器、避難、相談、住宅、医療機関、保護を表す手、裁判を象徴する槌などのイラストが配置されている。

最下部の第6欄『まとめ』では、『心の平安は、個人の気持ちだけではなく、暴力を防ぎ、危険を知らせ、被害者を守る社会の仕組みによって支えられる』という結論を大きく示している。さらに、『心の平安は、平和学における「消極的平和」の主観的な現れである』と整理し、白い鳩と穏やかに暮らす多世代の人びとのイラストによって、暴力のない社会的環境が一人ひとりの安心感や心の平安につながることを表現している。」

二、心が安定している

心の安定とは、今日だけでなく、明日以降も生活と権利が守られるという見通しを持てる状態です。

いま暴力を受けていなくても、明日の食事、住居、医療、仕事、収入が分からなければ、心は安定しません。行政が何を根拠に判断するのか分からず、突然制度を変更されても異議を申し立てられない状態も、人を不安定にします。

心の安定には、社会保障、医療、教育、労働条件、住宅、情報公開、公正な行政手続、司法救済などが必要です。これは構造的暴力を減らし、平和を制度として持続させることに対応します。

「二、心が安定している」をテーマに、平和学の視点から心の安定を支える社会的条件を詳しく整理した図解。最上部には『心の安定とは、今日だけでなく、明日以降も生活と権利が守られるという見通しを持てる状態』という定義が大きく示されている。左上の第1欄『心の安定とは』では、心の安定を、今日だけ無事でも将来の暮らしが見えなければ安心して生きられないことと結び付けて説明している。中央には盾の中にハートの入ったマークが置かれ、その周囲に食事、住まい、医療、仕事、家族やつながり、将来の見通しを示すカレンダーのアイコンが並び、生活と権利が継続して守られることで心の安定が成り立つことを表している。下部には『明日も大丈夫だ、と見通せる状態』というまとめが配置されている。

右上の第2欄『心の安定を脅かすもの』では、暴力を受けていなくても、生活の見通しがなければ心は安定しないことを、八つの具体例で示している。第一に『明日の食事が分からない』は、食べ物が確保できず生活の基礎が揺らぐ状態。第二に『住まいが不安定』は、家を失う不安や居住の不安定さが強まる状態。第三に『医療を受けられるか分からない』は、必要な治療にたどり着けず健康が損なわれる状態。第四に『仕事が不安定』は、雇用が続くか分からず将来が不安になる状態。第五に『収入の見通しが立たない』は、生活費や将来設計ができない状態。第六に『行政が何を根拠に判断するか分からない』は、理由や根拠が見えず納得も信頼も持てない状態。第七に『突然制度が変更される』は、予測できない制度変更によって生活や権利が脅かされる状態。第八に『異議申し立てができない』は、不当な扱いに対して声を上げたり救済を求めたりできない状態である。これらの要因が右端の不安そうな女性のイラストへ赤い矢印で集まり、心の安定が崩れていく様子を表している。

左中央の第3欄『なぜ個人の努力だけでは足りないのか』では、心の安定が個人の気持ちや努力だけでは維持できない理由を四つに分けて示している。A『生活条件は社会に左右される』では、賃金、物価、制度、雇用環境などは個人だけでは決められず、社会の構造によって左右されることを示している。B『情報がなければ判断できない』では、行政の根拠や制度内容が見えなければ、自分にとって有利不利を判断したり備えたりできないことを示している。C『制度変更に一人では対抗しにくい』では、突然の変更は、特に弱い立場の人ほど大きな影響を受けやすいことを表している。D『救済には仕組みが必要』では、相談窓口、審査、裁判などの制度がなければ不当な扱いを是正したり権利を守ったりできないことを説明している。下部には『一人で抱え込むと…』として、不安が増える、判断を誤りやすい、声を上げにくいという悪循環が示され、その右には『社会の仕組みが支えると…』として、安心して暮らせる、納得して選択できる、困ったときに助けを得られるという改善の方向が示されている。

右中央の第4欄『心の安定を支える条件』では、心の安定に必要な制度的・社会的条件を八つに整理している。①社会保障は、困窮時にも生活が途切れないための支え。②医療は、必要な治療を受けられること。③教育は、将来への機会が閉ざされないこと。④労働条件は、安心して働ける雇用と安全な労働環境。⑤住宅は、住まいを失わない基盤。⑥情報公開は、判断根拠を知ることができること。⑦公正な行政手続は、理由提示・説明・参加の機会があること。⑧司法救済は、不当な扱いに対して異議を申し立てられることを示している。欄の下には『心の安定には、生活の継続性と権利保障の両方が必要』とまとめられている。

左下の第5欄『構造的暴力との関係』では、心の安定と構造的暴力のつながりを図式化している。『条件が欠けると…』の流れでは、生活不安、情報の不透明さ、救済の不足など、心の安定を支える制度が欠けると、避けられたはずの不利益が積み重なり、それが固定化して『構造的暴力』になることを示している。これに対し『条件が整うと…』の流れでは、生活保障、透明性、公正な手続、救済が整うことで、心の安定が生まれ、平和が制度として持続することにつながると説明している。つまり、この欄は、心の安定を支える条件を整えることが、構造的暴力を減らし、平和を制度として維持することに対応するという点を表している。

最下部の第6欄『まとめ』では、『心の安定は、気持ちの問題ではなく、生活の見通しと権利を支える社会の仕組みによって支えられる。』という結論が大きく示されている。続けて、社会保障、医療、教育、労働、住宅、情報公開、公正な行政手続、司法救済が、心の安定の土台になることが列挙されている。さらに『これは構造的暴力を減らし、平和を制度として持続させることに対応する。』とまとめられ、心の安定が単なる気分や心理状態ではなく、制度・権利・社会の支えによって成り立つことを強調している。全体としてこの図は、心の安定とは、明日以降も生活と権利が守られるという見通しを持てる状態であり、その実現には、個人の努力だけでなく、社会保障や制度の透明性、公正な手続、救済を含む社会的な仕組みが不可欠であることを、平和学の視点から詳しく説明している。」

三、心が満足している

心の満足とは、単に欲しいものを手に入れることではありません。自分が一人の人間として尊重され、自分の生き方を選び、他者と協力し、自分の経験や活動が社会に生かされていると感じられる状態です。

生活が安定していても、自分の意思を無視され、発言の機会がなく、誰にも必要とされていないと感じれば、心の満足には至りません。

心の満足には、人格の尊重、自己決定、表現、参加、承認、協力、つながりが必要です。これは平和学における衡平、調和、共生と深く結び付きます。

「三、心が満足している」をテーマに、平和学の視点から心の満足を支える社会的条件を詳しく整理した図解。最上部には『心の満足とは、自分が一人の人間として尊重され、自分の生き方を選び、他者と協力し、自分の経験や活動が社会に生かされていると感じられる状態』という定義が示されている。左上の第1欄『心の満足とは』では、多様な世代や立場の人びとが地域社会の中で交流するイラストを中心に、心の満足を構成する要素として『尊重』『自己決定』『協力』『社会への参加』『生かされる経験』を示している。尊重とは、一人の人間として大切に扱われること。自己決定とは、自分の生き方や選択を自分で決められること。協力とは、他者と支え合い、力を合わせられること。社会への参加とは、社会や集団の中で関わりを持ち、意思決定や活動に参加できること。生かされる経験とは、自分の経験や活動が社会の役に立っていると感じられることである。下部には『自分らしく生き、役割やつながりを感じられる状態』とまとめられている。

右上の第2欄『心の満足を妨げるもの』では、生活が安定していても、尊厳や参加、つながりが失われると心の満足には至らないことを、八つの例で示している。第一に『自分の意思を無視される』は、本人の希望や考えが尊重されず、他人に決められてしまう状態。第二に『意見を言う機会がない』は、発言や表現の場が与えられず、自分の考えを社会に届けられない状態。第三に『誰にも必要とされていないと感じる』は、自分の存在や役割を認められず、孤立感を抱く状態。第四に『評価されない』は、努力や経験、活動が認められない状態。第五に『孤立している』は、他者とのつながりが乏しく、支え合う関係を持てない状態。第六に『協力の場がない』は、他者と一緒に課題を解決したり価値を生み出したりする機会がない状態。第七に『役割を奪われる』は、社会や集団の中で自分が果たしてきた役割や居場所を失う状態。第八に『差別や軽視を受ける』は、属性や立場によって尊厳を損なわれたり、平等に扱われなかったりする状態を表している。これらが重なると、『不満』『孤立』『無力感』が強まり、心の満足が崩れていくことを、苦しむ人物と矢印によって示している。

左中央の第3欄『なぜ個人の努力だけでは足りないのか』では、心の満足が本人の気の持ち方や努力だけでは実現できない理由を四つに整理している。A『尊重されるかどうかは周囲や制度に左右される』では、個人が自分を大切に思っていても、社会や集団が尊厳を認めなければ満足は得にくいことを示している。B『参加の機会がなければ意思を反映できない』では、発言や参加の仕組みがなければ、自分の考えを社会に反映できないことを説明している。C『承認や役割は社会との関係の中で育つ』では、人から認められ、役割を持つことは他者との関係によって生まれることを示している。D『差別や排除があると自分らしく生きにくい』では、差別や偏見によって自由な選択や参加が妨げられることを示している。下部には、一人で抱え込んだ場合の流れとして『孤立→自己否定→沈黙→無力感』が示され、それに対して社会の仕組みが支える場合には『参加できる→認められる→協力できる→つながれる→好循環へ』という流れが示されている。

右中央の第4欄『心の満足を支える条件』では、心の満足に必要な社会的条件を八つに整理している。①人格の尊重は、一人の人間として大切に扱われること。②自己決定は、自分の生き方や選択を自分で決められること。③表現の自由は、自分の意見や経験を言葉にできること。④参加の機会は、社会や集団の意思決定に関われること。⑤承認は、自分の経験や努力、存在が認められること。⑥協力・連帯は、他者と支え合い、共通の課題に取り組めること。⑦つながり・関係は、孤立せず、安心できる人間関係を持てること。⑧差別のない環境は、属性や立場を理由に排除されず、平等に関われることとして示されている。欄の下部には、『心の満足には、尊厳と参加とつながりの三要素が重要』とまとめられている。

左下の第5欄『平和学との関係』では、心の満足が平和学における『衡平』『調和』『共生』とどのように結び付くかを段階的に図示している。衡平では、利益、負担、機会、発言力が一方に偏らないことを天秤のイラストで表現している。調和では、違いを保ちながら相手に応答し、共感し合えることを対話する人物で示している。共生では、異なる人びとが支え合いながら一緒に生きる関係を表している。そこから『尊重・参加・協力』へつながり、最終的に『心の満足』へ至る流れが示されている。つまり、心の満足とは個人の内面的な快楽だけではなく、公平な関係、相互理解、共に生きる社会関係の中で育つことを表している。

右下の第6欄『まとめ』では、『心の満足は、欲しいものを得ることではなく、尊重され、自分で選び、参加し、認められ、他者とつながることで育つ』という結論が大きく示されている。さらに、政治や社会が守るべきなのは、心の満足そのものを押し付けることではなく、それを支える尊厳、自己決定、表現、参加、承認、協力、つながりの条件を整えることであると説明している。最後に『心の満足は、幸福の三要素の一つである』とまとめられ、多世代・多様な人びとが笑顔で集うイラストによって、尊重、参加、協力、つながりを通じて、一人ひとりが自分らしく社会の中で生きられる状態を表現している。」

幸福は三つの掛け合わせである

一人ひとりの幸福な状態は、概念的には次のように表せます。

幸福 = 心の平安 × 心の安定 × 心の満足

心が平安でも、生活の見通しがなければ不安定です。生活が安定していても、尊厳や自己決定を奪われていれば満足できません。満足を感じていても、生命が危険にさらされていれば、その幸福は持続しません。

三つは完全に分離できるものではありません。しかし、政治が何を守り、何を実現すべきかを考える基準として有効です。

「幸福は三つの掛け合わせである」をテーマに、平和学の視点から一人ひとりの幸福を支える三つの条件を詳しく整理した図解。最上部には『幸福は三つの掛け合わせである』という大見出しと、『平和学から考えると、一人ひとりの幸福を支える3つの条件』という説明が示されている。左上の第1欄『幸福の考え方』では、幸福を単一の感情ではなく、『心の平安』『心の安定』『心の満足』という三つの条件がそろって支え合う状態として整理している。中央には『幸福』の文字とハート、その周囲に青色の『心の平安』、緑色の『心の安定』、橙色の『心の満足』という三つの円が配置され、三要素が互いに結び付いて幸福を支えることを表している。

右上の第2欄『幸福の公式』では、『幸福=心の平安×心の安定×心の満足』という概念的な式を大きく表示している。この式は実際に数値を代入して計算する数学的な数式ではなく、幸福を支える条件のどれも欠かせないことを示す概念的な表現であると説明している。掛け算という形を使うことで、どれか一つの条件が弱かったり欠けたりすると、幸福全体も弱くなることを示している。

中央の第3欄『3つの条件の意味』では、三つの要素をそれぞれ具体的に説明している。A『心の平安』は、いま、生命・身体・人格が危険にさらされていないと感じられる状態であり、暴力を防ぐこと、危険を知らせること、被害者を守ることが社会的な条件として示されている。B『心の安定』は、今日だけでなく明日以降も生活と権利が守られるという見通しを持てる状態であり、社会保障、医療、教育、住宅、情報公開、司法救済などが支える条件として並べられている。C『心の満足』は、自分が尊重され、自分で生き方を選び、社会に参加し、他者と協力し、自分の経験や活動が社会に生かされていると感じられる状態であり、人格の尊重、自己決定、表現、参加、承認、協力、つながりが必要な条件として示されている。

左下の第4欄『1つ欠けるとどうなるか』では、三つの条件のうち一つでも不足すると、幸福が十分に成り立たないことを三つの具体例で示している。Aでは、『平安があっても、安定がなければ…』として、いま安全であっても、食事、住まい、医療、仕事、収入など将来の生活の見通しがなければ、不安定な状態になることを示している。Bでは、『安定があっても、満足がなければ…』として、生活が安定していても、尊厳や自己決定を奪われ、発言や参加の機会がなければ、心の満足には至らないことを表している。Cでは、『満足を感じていても、平安がなければ…』として、生きがいやつながりを感じていても、戦争や暴力などによって生命や身体が危険にさらされていれば、その幸福は持続しないことを示している。欄の下には『どれか1つだけでは、幸福は十分に成り立たない』という注意書きが強調されている。

中央下の第5欄『3つは重なり合っている』では、心の平安・心の安定・心の満足は完全に分離できるものではなく、互いに影響し合い、支え合いながら一人ひとりの幸福を形成することを、三つの円が重なった図で表現している。心の平安があれば安定や満足を育てやすくなり、心の安定があれば平安や満足を持続させやすくなり、心の満足があれば平安や安定を支える参加や協力が生まれやすいという相互関係が示されている。

右下の第6欄『政治が守るべき基準』では、この三つの条件が、政治が何を守り、何を実現すべきかを考える基準として有効であることを示している。『心の平安を守る』とは、暴力や危険を防ぎ、知らせ、被害を受けた人を保護すること。『心の安定を守る』とは、生活の見通しと権利を支える制度を整えること。『心の満足を守る』とは、尊重、参加、自己決定、つながりを保障することとして整理されている。背景には国会議事堂と多様な市民のイラストが描かれ、政治が幸福そのものを強制するのではなく、幸福を可能にする社会的条件を整える役割を担うことを表している。

最下部には、『幸福とは、感情の押し付けではなく、平安・安定・満足を支える社会的条件によって支えられる。』というまとめが大きく示されている。全体としてこの図は、幸福を単なる気分や満足感ではなく、生命と安全が守られる『心の平安』、将来の生活と権利に見通しを持てる『心の安定』、尊厳・自己決定・参加・承認・協力・つながりを持てる『心の満足』の三つの掛け合わせとして捉え、政治や社会がこれらの条件を総合的に支えることの重要性を説明している。」

政治は幸福を強制してはならない

ここで注意しなければならないのは、国家が人の心を直接「平安」「安定」「満足」にしようとしてはならないことです。

国家が一つの幸福観を定め、「この生き方に満足しなさい」「国民は同じ価値観を持ちなさい」と要求すれば、それは思想や良心に対する文化的暴力になり得ます。

政治が保障すべきなのは、幸福そのものではなく、一人ひとりが自分にとっての幸福を選び、追求できる条件です。政治への不満を言わなくなることが「満足」なのではありません。不満や異議を自由に表明し、それによって社会を変えられることも、満足を支える重要な条件です。

政治は心を操作するのではなく、避けられる暴力、欠乏、支配、不透明さを取り除く。そのうえで、市民の自由、参加、自己決定を保障するべきです。

「政治は幸福を強制してはならない」をテーマに、国家が人の心を直接操作したり、一つの幸福観や価値観を押し付けたりするのではなく、一人ひとりが自分にとっての幸福を自由に選び、追求できる社会的条件を保障することが政治の役割であると説明する詳細な図解。最上部には『政治は幸福を強制してはならない』という大見出しと、『政治がすべきことは、人の心を操作することではなく、一人ひとりが自分にとっての幸福を選び、追求できる条件を保障すること』という基本原則が示されている。

左上の第1欄『国家が人の心を直接「平安」「安定」「満足」にしようとしてはならない』では、国家が人の内面や感情を直接つくり出したり操作したりすることはできず、それを目指すべきでもないと説明している。心の平安については、生命・身体・人格が危険にさらされていないと感じられる状態として、穏やかな表情の人物と白い鳩が描かれている。心の安定については、今日だけでなく明日以降も生活と権利が守られるという見通しを持てる状態として、家族や地域社会の人びとが描かれている。心の満足については、尊重され、自分で選択し、社会に参加し、他者と協力し、自分の経験や活動が社会に生かされていると感じられる状態として、人びとが対話や交流をする様子が描かれている。これらの心の状態は国家が直接与えるものではなく、社会的条件が整うことで一人ひとりの内面に生まれることを表している。

右上の第2欄『一つの幸福観を押し付けることは「文化的暴力」になり得る』では、国家が特定の価値観や生き方を『正しい』『望ましい』と定め、国民に従わせようとする危険を段階的に示している。第一に『一つの幸福観を定める』として、『この生き方に満足しなさい』と国家が特定の生活像を示す場面が描かれている。第二に『同じ価値観を持つよう要求』として、『国民は同じ価値観を持ちなさい』と画一的な考え方を求め、多様な人びとが同じ姿にそろえられるイメージが描かれている。第三に『考え方や生き方を管理・監視する』として、監視カメラや管理する人物によって個人の思想や生活を監視する様子が示されている。第四に『従わない人を批判・排除する』として、異なる意見を持つ人物が周囲から非難される様子を描き、このような価値観の強制が思想や良心を傷つける『文化的暴力』につながり得ると説明している。右端には、異なる生き方や考え方が認められない社会は、人を傷つけ、創造性や新しい価値を奪うという警告が示されている。

中央左の第3欄『政治が保障すべきは「幸福そのもの」ではなく「幸福を選び、追求できる条件」』では、政治が保障すべきことと、保障してはならないことを対比している。保障すべき条件として、生命・安全の保障、生活基盤の保障、教育や学びの機会、表現の自由、政治や社会への参加の機会、情報へのアクセス、公正な制度と手続、司法による救済、多様性の尊重などがアイコンとともに示されている。一方、政治がしてはならないこととして、幸福の押し付け、思想・良心の統制、同調の強制、不満や異議の抑圧、情報の隠蔽や誘導、監視や支配などに禁止マークが付けられている。ここでは、政治が国民に『幸福になれ』『満足しろ』と命令するのではなく、それぞれの人が自分の価値観に基づいて幸福を選択できる土台をつくることが重要だと整理している。

中央右の第4欄『「不満を言えること」も、心の満足を支える重要な条件』では、政治への不満を言わなくなることが満足なのではないことを説明している。左側には『不満や異議を表明できる社会』として、市民が自由に意見を述べ、異なる意見を尊重し合い、社会を変えることができる流れが描かれている。意見を自由に表明する、市民同士が異なる考えを尊重する、その声によって政治や制度を変える、という循環が示されている。これに対して右側には『黙らされる社会』として、不満を言うことが許されず、沈黙や服従が求められる状態を描いている。意見を言えない、不満が蓄積する、社会が改善されないという流れが示され、表面的に静かな社会であっても、それは本当の『満足』ではなく、諦めや恐れによる沈黙であると説明している。つまり、異議申し立てや批判の自由そのものが、人が尊重され、社会に参加していると感じるための重要な条件であることを示している。

左下の第5欄『政治の役割:心を操作するのではなく、障害を取り除き、自由を保障する』では、政治が取り除くべき社会的障害と、保障すべき自由を対比している。取り除くべきものとして、避けることのできる暴力、欠乏や貧困、支配・抑圧、不透明さや情報の隠蔽などが描かれている。これらは、人が自分の意思で人生を選び、社会に参加することを妨げる要因として整理されている。その右側では、政治が保障すべきものとして『自由』『参加』『自己決定』が示され、白い鳩、人びとの対話や集まり、進む方向を自分で選ぶ人物などのイラストによって、一人ひとりが自分の人生を主体的に選択できる社会を表現している。つまり、政治は人の心の中に幸福をつくるのではなく、幸福を妨げる暴力、欠乏、支配、不透明さなどを取り除き、その上で自由・参加・自己決定を保障するべきだという構造を示している。

右下の第6欄『まとめ:幸福は強制されるものではなく、自由の土台の上で育つもの』では、多様な年齢、性別、立場、障害の有無などを含む人びとが並び、一人ひとりがそれぞれ異なる価値観や生き方に基づいて、自分にとっての幸福を選択し追求できる社会こそが目指すべき姿であると示している。『政治がめざすべき社会』として、暴力や欠乏のない安心して生きられる社会、生活の見通しを持てる安定した社会、尊重され自由に参加できる開かれた社会、不満や異議が活かされ、より良く変われる社会が整理されている。

最下部には、『政治は、心を操作するのではなく、一人ひとりの自由と尊厳を土台に、幸福を可能にする社会条件をつくることに責任があります。』という結論が大きく示されている。全体としてこの図は、国家が特定の幸福観、価値観、生き方を国民に押し付けることは思想・良心に対する文化的暴力になり得る一方、政治が保障すべきなのは幸福そのものではなく、暴力や欠乏、支配、不透明さを取り除き、生命・生活・自由・表現・参加・自己決定・情報・救済・多様性を保障することで、一人ひとりが自分自身の幸福を自由に選び追求できる条件を整えることである、という考え方を詳しく表現している。」

平和学から日本国憲法を読み直す

平和学と一人ひとりの幸福を日本国憲法へ接続すると、日本国憲法は「二層の平和憲法」として見えてきます。

衆議院が掲載する日本国憲法全文を読むと、前文、第9条、基本的人権、統治機構は、別々の理念ではなく、一人ひとりの平和的な生存を保障する体系として結び付いています。

「平和学から日本国憲法を読み直す」をテーマに、日本国憲法を『二層の平和憲法』として整理した詳細な図解。中央上の全体像では、日本国憲法を中心に、前文、第9条、基本的人権、第11条から第40条、統治機構が相互につながり、一人ひとりの平和的な生存を保障する体系として示されている。前文は消極的平和と積極的平和を統合し、第9条は国家間の直接的暴力を抑えて心の平安につながり、基本的人権は構造的・文化的暴力を減らして心の安定や満足につながり、統治機構がそれらの権利と平和を制度として維持する構造が矢印で表現されている。

第2欄『憲法前文は消極的平和と積極的平和をつなぐ』では、中央に『憲法前文』と書かれた石橋を配置し、左側の消極的平和と右側の積極的平和を結んでいる。左側では『戦争の惨禍を防ぐ』ことが、戦争や直接的暴力を止める消極的平和につながり、『恐怖から免れる』ことが心の平安につながると示している。右側では『専制・隷従・圧迫・偏狭を除去』することが、支配・差別・構造的・文化的暴力を減らす積極的平和につながり、『欠乏から免れる』ことが心の安定、『諸国民と対等に協和する』ことが衡平と調和につながると整理している。前文が第9条の平和主義と基本的人権を結び付ける橋であることを視覚化している。

第3欄『憲法第9条は国家間の消極的平和を守る』では、中央に巨大な盾と防波堤を描き、『第9条=国家による直接的暴力を制限する防波堤』と示している。左側には戦争、武力による威嚇、武力行使などを象徴する軍事的イメージがあり、右側には国際社会の平和、対話、共生を表す地球と握手する人びとが描かれている。第9条は積極的平和そのものではないが、戦争という直接的暴力を抑え、積極的平和へ進むための重要な前提条件であることを表現している。

第4欄『憲法第11条から第40条は積極的平和の根本である』では、基本的人権を三つのまとまりに分けている。第11条から第14条は、基本的人権、個人の尊重、生命、自由、幸福追求、法の下の平等を『尊厳と衡平の土台』として示す。第15条から第23条は、選挙、請願、思想、良心、信教、表現、集会、結社、学問の自由などを『参加と表現の権利』として示し、社会のコンフリクトを暴力ではなく言葉・参加・議論で扱うための権利として整理している。第24条から第30条は、家族における尊厳と平等、生存、教育、勤労、労働者の団結、財産などを、貧困、教育格差、過酷労働、家庭内支配などの構造的暴力を減らすための基礎として示している。

第5欄『憲法12条は、積極的平和の構築を、ひとり一人に義務付けている』では、中央に『国民の不断の努力によって保持』という円環を配置し、市民が学ぶ、意見を表明する、選挙や請願などに参加する、社会や権力を監視する、異議を申し立てて救済を求める、改善した制度を次世代へ引き継ぐ、という循環を図示している。左側には、差別、貧困、情報隠蔽、ハラスメント、多数者による排除などを放置すれば人権が弱くなること、『不断の努力』とは市民が社会に参加することでもあること、積極的平和も誰かにつくってもらうものではないこと、自由を使うことが自由を守ること、第12条が衡平と調和にもつながることなどが整理されている。

第6欄『憲法第18条及び第31条から第40条は国内の消極的平和でもある』では、壊れた鎖や手錠、禁止記号などを用い、第18条による奴隷的拘束と意に反する苦役の禁止、第31条から第40条による不当な逮捕、拘禁、捜索、処罰、拷問、自白強要などからの保護を示している。これらは、国家と個人の間における直接的暴力を防ぐ『国内の消極的平和』であると整理している。

第7欄『日本国憲法の構造を平和学から整理すると』では、表形式で、前文、第9条、第18条・第31条から第40条、第11条から第29条、統治機構、第97条から第99条を、平和学上の役割と心の状態との関係に対応させている。前文は消極的平和と積極的平和の統合、第9条は国家間の直接的暴力の抑制、第18条・第31条から第40条は国家による国内の直接的暴力の抑制、第11条から第29条は尊厳・自由・平等・生活・参加の保障、統治機構は権利と平和の制度化、第97条から第99条は人権の継承・最高法規性・憲法擁護として整理されている。

下段左の第8A欄では、憲法第13条を『平安・安定・満足を統合する』条文として示している。生命の保障が心の平安、自由の保障が自分の生活や将来を選べる心の安定、幸福追求の保障が自分にとっての満足を選ぶことにつながると、三角形状の関係図で示している。国家が幸福を配るのではなく、本人が幸福を追求できる自由と社会的条件を保障することが憲法の役割であることを表している。

第8B欄では、憲法第97条を『平和を将来世代へ継承する』条文として示し、大きな木と多世代の人びとのイラストによって、過去の人びとの努力や犠牲によって獲得された自由と権利が現在の人びとを守り、さらに将来世代へ受け継がれていく流れを表現している。これはガルトゥングのいう『死後の生』に対応するものとして整理されている。

第8C欄では、国会・行政・司法・地方自治が平和を制度化する仕組みとして、円環状に配置されている。国会は法律や予算を決め行政を調査し、行政は社会保障、教育、労働、防災、環境、医療などを実施し、司法は権利救済と違憲審査を担い、地方自治は住民参加の場として機能することを示している。あわせて第98条の憲法最高法規性、第99条の憲法尊重擁護義務も示されている。

右下の第9欄『コラム:ガルトゥングのいう「有機的組織」とは』では、市民を中心に、行政、議会、司法、医療、教育、福祉などが相互につながるネットワーク図を描いている。有機的組織とは単に組織が存在することではなく、人と人、制度と制度が互いに関係し、衡平と調和を持続させる仕組みであること、異なる役割や立場を持つ主体が対話、監視、補完、修正を行い、情報公開、市民参加、社会保障、議会監視、独立した司法、異議申立て、権利救済などを通じて善い関係を制度として持続させることを表している。

最下部のまとめでは、『日本国憲法は、戦争を防ぐ消極的平和と、尊厳・自由・平等・生活・参加を支える積極的平和を、前文・第9条・基本的人権・統治機構を通じて結び付ける体系である』と大きく示している。さらに、平和学から読むことで、日本国憲法を一人ひとりの心の平安・安定・満足を支える制度として捉えられることを、多様な市民と白い鳩のイラストによって表現した全体図。」

憲法前文は消極的平和と積極的平和をつなぐ

日本国憲法前文は、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」と宣言しています。同時に、「専制と隷従、圧迫と偏狭」を除去し、全世界の人々が「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」を持つとしています。

戦争の惨禍を防ぐことは、直接的暴力を止める消極的平和です。専制、隷従、圧迫、偏狭をなくすことは、支配、差別、構造的・文化的暴力を取り除く積極的平和です。

恐怖から免れることは、心の平安につながります。欠乏から免れることは、心の安定につながります。諸国民と対等に協和することは、衡平と調和につながります。

前文は、第9条と基本的人権を結び付ける橋なのです。

「憲法前文は消極的平和と積極的平和をつなぐ」をテーマに、日本国憲法前文を平和学の視点から整理した図解。上部には、日本国憲法前文が『政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする』ことと、『専制と隷従、圧迫と偏狭を除去し、恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利』を掲げていることが示されている。左上の第1欄では、前文の核心として、戦争を防ぐことと、人間の尊厳を支える社会をつくることを同時に求めている点を整理している。中央上の第2欄では、『戦争の惨禍を防ぐ』ことを消極的平和として、戦争、武力行使、殺傷などの直接的暴力を止め、生命・身体・人格を守る土台になることを、戦車や戦闘の停止、白い鳩、盾のイラストで表現している。右上の第3欄では、『専制・隷従・圧迫・偏狭を除去する』ことを積極的平和として、支配や差別を減らし、構造的・文化的暴力を取り除き、尊厳・自由・平等を支える社会をつくることを、多様な人びと、天秤、握手、学校や地域社会のイラストで示している。

中央の第4欄では、前文が支える三つの状態として、A『恐怖から免れる→心の平安』、B『欠乏から免れる→心の安定』、C『諸国民と対等に協和する→衡平と調和』を整理している。心の平安では、安全・保護・安心を示す家族や盾のイラストがあり、恐怖から解放されることが生命・身体・人格の安全につながると示している。心の安定では、食事、住居、仕事、医療などのイラストを用い、欠乏から免れることが生活の見通しや権利保障につながると説明している。衡平と調和では、握手、地球、対話する人びとを描き、諸国民が対等に協力し、対話し、共生する関係を表現している。

下段の第5欄『前文は橋である』では、中央に石造りの橋として『憲法前文』を配置し、左側の『第9条』と右側の『基本的人権』を結び付けている。左側の第9条は、平和主義、戦争の放棄、国際的な抑制と協力を通じて消極的平和の基盤をつくるものとして示されている。右側の基本的人権は、人間の尊厳、表現の自由、平等、生存権、参加権などを通じて積極的平和を保障するものとして整理されている。橋の下には、『前文は、第9条の平和主義と、基本的人権の保障を結び付ける橋である』という趣旨が示されている。

最下部の第6欄では、『日本国憲法前文は、戦争を防ぐ消極的平和と、尊厳・自由・平等を支える積極的平和をつなぐ出発点である』とまとめられている。あわせて、平和とは単に戦争がないことではなく、恐怖と欠乏から免れ、対等に協和しながら生きられる状態でもあることを、多世代・多様な人びとと白い鳩のイラストで表現している。全体として、日本国憲法前文が、戦争という直接的暴力を防ぐ消極的平和と、支配・差別・欠乏を減らし、人間の尊厳や平等、協力を支える積極的平和を一つの体系として結び付け、第9条と基本的人権の両方を支える理念的な橋となっていることを示した図解。」

憲法第9条は国家間の消極的平和を守る

憲法第9条は、戦争、武力による威嚇、武力行使を国際紛争解決の手段として放棄し、戦力と交戦権を否認しています。

平和学から見れば、第9条は、国家による直接的暴力を制限し、国家間の消極的平和を守る憲法上の防波堤です。

消極的平和は平和への第一歩にすぎません。しかし、戦争が続いている状態では、衡平、調和、和解、共生を築くことは困難です。第9条は積極的平和の十分条件ではありませんが、積極的平和へ進むための重要な前提条件です。

「憲法第9条は国家間の消極的平和を守る」をテーマに、日本国憲法第9条を平和学の視点から説明した図解。最上部には、第9条が戦争、武力による威嚇、武力行使を国際紛争解決の手段として放棄し、戦力の不保持と交戦権の否認を定めることを示している。左上の第1欄『憲法第9条とは』では、第1項の戦争放棄と、第2項の戦力不保持・交戦権否認を分けて整理し、戦車、ミサイル、軍艦、爆発、兵士、戦闘機、潜水艦などに禁止マークを付けて、国家による直接的暴力を憲法上制限する考え方を視覚化している。

右上の第2欄『平和学から見た意味』では、第9条を国家による直接的暴力を抑える『憲法上の防波堤』として表現している。左側から戦争や武力行使を象徴する大きな波が押し寄せ、それを中央の『第9条』と書かれた巨大な防波堤が受け止め、右側では市民が安全に暮らし、国際社会で人びとが平和に共存する様子が描かれている。第9条には、国家による直接的暴力を抑えること、国家間の消極的平和を守ること、戦争を防ぐ憲法上の防波堤となること、という役割が示されている。

左中央の第3欄『消極的平和とは何か』では、消極的平和を、直接的な暴力が存在せず、戦争や武力による脅威がない、または低い状態として説明している。戦争・殺傷・攻撃がない状態から、人の生命と身体の安全が守られる最低条件へ進み、さらに対話・協力・共生などの積極的平和へ向かう第一歩になるという流れを、兵士、家族、握手、地球のイラストと矢印で示している。

右中央の第4欄『なぜ第9条が重要なのか』では、戦争が続く状態と、第9条によって直接的暴力が抑えられた状態を対比している。戦争が続く状態では、生命が脅かされ、恐怖と不信が広がり、対立が深まり、衡平・調和・和解・共生を築きにくくなることを、破壊された街や避難する人びとのイラストで表現している。一方、第9条が守る平和の土台では、直接的暴力が抑えられ、対話と信頼の環境が生まれ、衡平・調和・和解・共生を築きやすくなること、人々が安心して暮らし未来を考えられることを示している。最下部には、『まず直接的暴力を抑えることが、平和社会をつくる出発点となる』という考え方が強調されている。

左下の第5欄『第9条だけでは足りない』では、第9条による直接的暴力の制限から、消極的平和、さらに積極的平和へ進む段階を図示している。第9条は戦争や武力行使を抑えることで消極的平和を支えるが、それだけで衡平、調和、和解、共生が自動的に実現するわけではないことを説明している。積極的平和を実現するためには、基本的人権、平等、生活保障、対話、参加、救済など、多面的な制度と社会的取り組みが必要であることが示されている。

右下の第6欄『まとめ』では、『憲法第9条は、国家による直接的暴力を制限し、国家間の消極的平和を守る憲法上の防波堤である』と大きくまとめている。続けて、戦争を防ぐことは完成した平和そのものではないが、衡平、調和、和解、共生へ進むための第一歩であることを、多様な世代や立場の人びと、白い鳩、地球のイラストで表現している。最下部には、第9条を土台に、対話と協力を積み重ね、すべての人の尊厳が守られる平和な国際社会を築いていくというメッセージが示されている。全体として、日本国憲法第9条を、戦争や武力行使という直接的暴力を抑える消極的平和の制度的基盤であり、その先の積極的平和へ進むための重要な前提条件として整理した図解。」

憲法第11条から第40条は積極的平和の根本である

第11条から第40条までの基本的人権は、国内社会における積極的平和の根本と考えられます。

第11条から第14条は、基本的人権、個人の尊重、生命、自由、幸福追求、法の下の平等を保障します。これらは積極的平和の土台となる尊厳と衡平です。

第15条から第23条は、選挙、請願、思想、良心、信教、表現、集会、結社、学問の自由を保障します。これらは、社会に存在するコンフリクトを、暴力や服従ではなく、言葉、参加、議論によって扱うための権利です。

第24条から第30条は、家族における尊厳と平等、生存、教育、勤労、労働者の団結、財産と公共の福祉、納税を定めています。貧困、教育格差、過酷労働、家庭内の支配などの構造的暴力を減らすための基礎です。

「憲法第11条から第40条は積極的平和の根本である」をテーマに、日本国憲法の基本的人権を平和学の視点から整理した図解。最上部には、第11条から第40条までの基本的人権が、国内社会における積極的平和の根本と考えられることが示されている。左上の第1欄『全体像』では、第11条から第14条を『尊厳と衡平の土台』、第15条から第23条を『参加・表現・議論の権利』、第24条から第30条を『生活と労働を支える権利』として三つに整理し、これらが積極的平和につながる構造を矢印で示している。

中央上の第2欄『第11条~第14条 尊厳と衡平の土台』では、基本的人権、個人の尊重、生命、自由、幸福追求、法の下の平等を、積極的平和を支える基礎として示している。天秤、多様な人びと、ハートなどのイラストを用い、人間を一人の人格として尊重し、利益・負担・価値が一方に偏りすぎない状態が、平和学における尊厳と衡平につながることを表現している。

右上の第3欄『第15条~第23条 参加・表現・議論の権利』では、選挙、請願、思想・良心、信教、表現、集会、結社、学問の自由を、社会に存在するコンフリクトを暴力や服従ではなく、言葉、参加、議論によって扱うための権利として整理している。投票箱、請願書、思想を表す人物、宗教の象徴、マイク、集会、結社、書物や学帽などのイラストが並び、対立を沈黙や恐怖で押さえ込む社会と、対話・参加・合意形成によって扱う社会を対比している。

左下の第4欄『第24条~第30条 生活と労働を支える権利』では、家族における尊厳と平等、生存、教育、勤労、労働者の団結、財産、公共の福祉、納税などを、生活と社会参加を支える基礎として示している。家族、食事、学校、働く人、労働組合、住宅や財産、税のアイコンを用い、貧困、教育格差、過酷労働、家庭内支配などの構造的暴力を減らすための権利であることを説明している。下部には、構造的暴力の例として貧困、教育格差、過酷労働、家庭内支配を挙げ、それに対して生活保障、教育機会、安全な労働条件、家庭の平等などの権利によって改善する流れを示している。

中央下の第5欄『なぜ「積極的平和の根本」といえるのか』では、基本的人権の保障から、尊厳が守られ、平等・参加・生活保障が進み、構造的暴力や文化的暴力が減り、社会に協力・信頼・共生が生まれ、最終的に積極的平和へつながる流れを、縦方向の矢印で整理している。積極的平和とは、単に暴力が存在しない状態ではなく、人が尊重され、参加でき、生活が支えられ、対等に共に生きられる社会をつくることだと説明している。

右下の第6欄『まとめ』では、第11条から第40条までの基本的人権が、国家の力を制限するだけでなく、国内社会における積極的平和の内容そのものを示していると整理している。第11条から第14条は『尊厳と衡平』、第15条から第23条は『言葉・参加・議論』、第24条から第30条は『生活・労働・平等』を支えるものとしてまとめられている。最後に、日本国憲法の基本的人権は、戦争のない社会の先にある、公正で人間らしい社会の土台であるというメッセージが、白い鳩と多様な市民のイラストとともに示されている。」

憲法12条は、積極的平和の構築を、ひとり一人に義務付けている

日本国憲法第12条は、基本的人権について、単に国家から与えられたものを受け身で享受すればよいとは考えていません。

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。

と定めています。

もちろん、第12条が法律上そのまま「積極的平和を構築する義務」という名称の義務を課しているわけではありません。しかし、平和学の視点から読み直すと、この「不断の努力」は非常に重要な意味を持ちます。

「憲法12条は、積極的平和の構築を、ひとり一人に義務付けている」をテーマに、日本国憲法第12条の『国民の不断の努力によって自由及び権利を保持する』という考え方を、平和学の視点から市民の行動と積極的平和の関係として整理した図解。最上部には、日本国憲法第12条が、基本的人権をただ受け身で享受するのではなく、市民自身が社会の中で守り、使い続ける必要があることを示す条文として紹介されている。左上の第1欄『第12条の出発点』では、『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない』という趣旨を大きく示し、基本的人権は与えられているだけで自動的に維持されるものではないと説明している。また、第12条が法律上そのまま『積極的平和を構築する義務』という名称の義務を定めているわけではなく、ここでは平和学の視点から読み直していることも注記されている。

中央上の第2欄『人権は、書くだけでは維持できない』では、差別を放置すれば平等が失われる、貧困を放置すれば生存権が形骸化する、情報の隠蔽を許せば市民が判断材料を失う、ハラスメントや虐待を見過ごせば尊厳が傷つく、少数者の声を無視すれば多数決が支配へ変わる危険がある、という例が図示されている。つまり、自由と権利には、それを現実の社会の中で守り続ける『不断の努力』が必要であると示している。

右上の第3欄『不断の努力は、市民の参加でもある』では、積極的平和を支える市民の具体的な行動を円環状に配置している。人権侵害に気づく、差別や暴力を見過ごさない、必要な情報を求める、自分の意見を表明する、異なる立場の人の声を聞く、選挙・請願・住民参加などを通じて政治に関わる、権利侵害があれば異議申立てや司法救済を求める、といった行動が循環する形で表現されている。中央には多世代・多様な市民が描かれ、一つ一つの行動によって憲法上の権利が現実の社会で生きたものになることを示している。

右上の第4欄『積極的平和は「誰かにつくってもらうもの」ではない』では、政治・行政の責任と市民の役割を対比している。政治や行政には、法や制度を整備し、教育・福祉を充実させ、情報公開を進め、人権侵害を是正する責任がある。一方、市民には、その制度を使い、監視し、改善を求め、次世代へ引き継ぐ役割があると整理している。ここから、第12条を『平和を政府だけに任せない』という原則としても読めることを示している。

左下の第5欄『自由を使うことが、自由を守る』では、『使わない社会』と『使う社会』を比較している。使わない社会では、表現の自由があっても批判しない、情報公開制度があっても情報を求めない、選挙権があっても参加しない、差別を見過ごす、といった状態が描かれ、その結果として自由が弱くなり、不透明さや民主主義の形骸化、文化的暴力が残ることを示している。対して、使う社会では、意見を言う、情報を求める、選挙や政治に参加する、差別に異議を唱えるという行動が描かれ、権利は『持っている』だけでなく『使う』ことで守られると強調している。

中央下の第6欄『第12条は衡平と調和にもつながる』では、平和学における『衡平』と『調和』との関係が示されている。衡平は、利益、負担、情報、発言力、決定権が一方に偏りすぎない関係を表し、天秤と多様な人びとのイラストで表現されている。調和は、異なる意見を排除せず、違いを保ったまま互いに応答できる関係として、対話する人びとのイラストで示されている。さらに、第12条の『権利を濫用してはならない』『公共の福祉のために利用する責任』という考え方を、自分だけの自由ではなく、他者の自由と共に成り立つ社会をつくることとして整理している。

中央右の第7欄『一人ひとりの不断の努力が、積極的平和を支える』では、基本的人権の保障、参加・監視・救済・対話、公正な制度、差別や支配の減少、信頼・協力・共生へと進み、最終的に『積極的平和』へつながる流れを縦方向に示している。ここでは、国や政治が制度をつくる責任を持つ一方、市民にも自由と権利を守り、使い、育てる責任があることを表している。

右下の第8欄『まとめ』では、第9条が国家による戦争を抑制し、第11条以降が基本的人権を保障するだけでなく、第12条がそれらを生きた制度として維持するため、市民自身も社会に関わり続けることを求めていると整理している。大きく『一人ひとりが自由と権利を使い、他者の尊厳を守り、社会に参加する。その不断の努力によって、積極的平和は構築され、維持されていく』という結論が示されている。最下部には、『憲法12条は、未来の平和をつくる「市民の行動条項」』という趣旨のまとめがあり、学ぶ、知る、使う、関わるという一つ一つの行動が積極的平和の礎になることを表現している。全体として、第12条を、市民が権利を受け身で享受するだけでなく、人権を守り、社会に参加し、衡平と調和を育てることで積極的平和を持続させる条文として平和学的に読み直した図解。」
人権は、憲法に書くだけでは維持できない

基本的人権が保障された社会は、一度制度をつくれば自動的に続くものではありません。

差別を放置すれば平等は失われます。貧困を放置すれば生存権は形骸化します。情報の隠蔽を許せば、市民は判断するための材料を失います。

ハラスメントや虐待を「仕方がない」と見過ごせば、人間の尊厳は傷つけられます。少数者の声を聞かなくなれば、多数決が単なる支配へ変わる危険もあります。

だからこそ、自由と権利には、それを社会の中で守り続ける「不断の努力」が必要なのです。

「『人権は、憲法に書くだけでは維持できない』をテーマにしたインフォグラフィック。上部に『基本的人権は、制度をつくっただけで自動的に続くものではない』という副題がある。第1欄『基本の考え方』では、憲法の本、国会議事堂、市民の暮らしの図を並べ、条文があるだけでは不十分であり、現実の社会で守られ、使われ、支えられてはじめて人権になると説明している。第2欄『放置すると何が起きるか』では、A差別を放置すると平等が失われる、B貧困を放置すると生存権が形骸化する、C情報の隠蔽を許すと市民は判断材料を失う、Dハラスメントや虐待を見過ごすと人間の尊厳が傷つく、E少数者の声を聞かないと多数決が支配へ変わる危険がある、という5つの例を矢印で示している。第3欄『なぜ自動では守られないのか』では、制度は運用されなければ空文化する、権力は監視しなければ濫用される、偏見や慣習は条文があっても残る、権利は行使されなければ弱くなる、という4つの理由を整理している。第4欄『不断の努力とは何か』では、中央に『不断の努力』と置き、その周囲に、人権侵害に気づく、差別や暴力を見過ごさない、必要な情報を求める、自分の意見を表明する、異なる立場の人の声を聞く、選挙・請願・住民参加で政治に関わる、権利侵害には異議申立てや司法救済を求める、という行動を円環状に配置している。第5欄『「持っている」だけではなく「使う」ことが必要』では、『使わない社会』と『使う社会』を対比し、前者では表現の自由があっても批判しない、情報公開制度があっても情報を求めない、選挙権があっても参加しない、差別を見ても黙る結果、自由が弱くなり、不透明さが残り、民主主義が形だけになると示す。後者では、意見を言う、情報を求める、参加する、差別に異議を唱えることで、権利が生き、透明性が高まり、民主主義が育つと示している。第6欄『人権を守るのは誰か』では、『国や政治の責任』として、法と制度を整える、教育・福祉・情報公開を充実させる、人権侵害を是正する、少数者を保護する、を挙げ、『市民の責任』として、制度を知る、制度を使う、監視する、改善を求める、次世代へ引き継ぐ、を挙げている。下部には『人権は、国家任せでも、個人任せでも守れない。制度と市民参加の両方が必要。』とある。最下段のまとめでは、『だからこそ、自由と権利には、それを社会の中で守り続ける「不断の努力」が必要なのです。人権は、条文の中だけで生きるのではなく、市民が知り、使い、守り、育てることで現実の社会に根づいていく。』と大きく強調している。」**
「不断の努力」は、市民が社会へ参加することでもある

不断の努力とは、特別な政治活動だけを意味するものではありません。

人権侵害に気づく。差別や暴力を見過ごさない。必要な情報を求める。自分の意見を表明する。異なる立場の人の声を聞く。選挙や請願、住民参加などを通じて政治に関わる。

さらに、権力によって権利が侵害されたときには、異議を申し立て、必要なら司法による救済を求める。

こうした一つ一つの行動によって、憲法上の自由と権利は、条文の中だけでなく現実の社会の中で維持されます。

「『人権は、憲法に書くだけでは維持できない』をテーマにしたインフォグラフィック。上部に『基本的人権は、制度をつくっただけで自動的に続くものではない』という副題がある。第1欄『基本の考え方』では、憲法の本、国会議事堂、市民の暮らしの図を並べ、条文があるだけでは不十分であり、現実の社会で守られ、使われ、支えられてはじめて人権になると説明している。第2欄『放置すると何が起きるか』では、A差別を放置すると平等が失われる、B貧困を放置すると生存権が形骸化する、C情報の隠蔽を許すと市民は判断材料を失う、Dハラスメントや虐待を見過ごすと人間の尊厳が傷つく、E少数者の声を聞かないと多数決が支配へ変わる危険がある、という5つの例を矢印で示している。第3欄『なぜ自動では守られないのか』では、制度は運用されなければ空文化する、権力は監視しなければ濫用される、偏見や慣習は条文があっても残る、権利は行使されなければ弱くなる、という4つの理由を整理している。第4欄『不断の努力とは何か』では、中央に『不断の努力』と置き、その周囲に、人権侵害に気づく、差別や暴力を見過ごさない、必要な情報を求める、自分の意見を表明する、異なる立場の人の声を聞く、選挙・請願・住民参加で政治に関わる、権利侵害には異議申立てや司法救済を求める、という行動を円環状に配置している。第5欄『「持っている」だけではなく「使う」ことが必要』では、『使わない社会』と『使う社会』を対比し、前者では表現の自由があっても批判しない、情報公開制度があっても情報を求めない、選挙権があっても参加しない、差別を見ても黙る結果、自由が弱くなり、不透明さが残り、民主主義が形だけになると示す。後者では、意見を言う、情報を求める、参加する、差別に異議を唱えることで、権利が生き、透明性が高まり、民主主義が育つと示している。第6欄『人権を守るのは誰か』では、『国や政治の責任』として、法と制度を整える、教育・福祉・情報公開を充実させる、人権侵害を是正する、少数者を保護する、を挙げ、『市民の責任』として、制度を知る、制度を使う、監視する、改善を求める、次世代へ引き継ぐ、を挙げている。下部には『人権は、国家任せでも、個人任せでも守れない。制度と市民参加の両方が必要。』とある。最下段のまとめでは、『だからこそ、自由と権利には、それを社会の中で守り続ける「不断の努力」が必要なのです。人権は、条文の中だけで生きるのではなく、市民が知り、使い、守り、育てることで現実の社会に根づいていく。』と大きく強調している。」**
積極的平和も「誰かにつくってもらうもの」ではない

これは、平和学における積極的平和と深く重なります。

積極的平和とは、単に戦争や暴力が起きていない状態ではありません。差別、支配、貧困、排除などの構造的暴力を減らし、人びとが自由に参加し、協力し、互いの尊厳を認められる社会をつくることです。

政治や行政には、そのための制度を整える責任があります。

同時に、市民にも、その制度を使い、監視し、改善し、次の世代へ引き継いでいく役割があります。

この意味で、第12条は「平和を政府だけに任せない」という原則としても読むことができます。

「積極的平和も『誰かにつくってもらうもの』ではない」をテーマに、平和学と憲法12条の視点から、市民参加と制度づくりによって積極的平和が育ち、維持されることを説明した図解。最上部には『平和学と憲法12条の視点から考える、市民参加と制度づくり』という副題があり、白い鳩、国会議事堂、投票箱のイラストが添えられている。

左上の第1欄『積極的平和とは何か』では、積極的平和を、単に戦争や暴力が起きていない状態ではなく、差別、支配、貧困、排除などの構造的暴力を減らし、人びとが自由に参加し、協力し、互いの尊厳を認められる社会をつくることとして説明している。欄の下には、差別の減少、支配の抑制、貧困の縮小、排除の克服、参加、協力、尊厳といった要素が、人物、天秤、握手、ハートなどのアイコンで示されている。最下部には『積極的平和=善い関係と公正な制度が育つ社会』というまとめがある。

中央上の第2欄『なぜ「誰かにつくってもらうもの」ではないのか』では、積極的平和が上から与えられるだけでは持続しないことを説明している。『上から与えられるだけでは、平和は持続しない』『制度があっても、使われず、監視されず、改善されなければ形だけになる』『差別や不公正は、黙っているだけでは減らない』という三つのポイントが箇条書きで示されている。その下では『制度だけある→使われない→形骸化』という流れと、『声を上げる・参加する→改善される→平和が育つ』という対照的な流れが図示されている。

右上の第3欄『政治・行政の責任』では、積極的平和のために政治や行政が果たすべき役割を六つに整理している。①人権を守る法律と制度、②社会保障・医療・教育、③安全な労働条件、④差別を減らす仕組み、⑤情報公開と説明責任、⑥被害者の救済、である。その下には『制度を整える→公正に運用する→必要な人に届くようにする』という流れが、建物、天秤、人びとのアイコンで示されている。

右上の第4欄『市民の役割』では、市民にも制度を使い、監視し、改善し、次の世代へ引き継ぐ役割があることを説明している。中央に家族や高齢者を含む多様な市民が描かれ、その周囲を円環状の矢印が囲み、①気づく、②差別や暴力を見過ごさない、③情報を求める、④意見を表明する、⑤選挙・請願・住民参加で関わる、⑥制度の改善を求める、⑦次の世代へ引き継ぐ、という七つの行動が並べられている。欄の下には『平和は、市民の参加によって現実の社会に根づく』と書かれている。

左下の第5欄『政府だけでも、市民だけでも足りない』では、政府・行政と市民の双方の役割を対比している。左側の『政府・行政』には、法律制度、予算、福祉・教育、救済、情報公開が列挙され、右側の『市民』には、利用、参加、監視、提案、連帯、継承が列挙されている。中央には握手のイラストがあり、『制度づくり』と『市民参加』の両方がそろって、積極的平和は持続すると示されている。下部では、『政府任せだけ→受け身・形骸化』『市民の努力だけ→支える制度が不足』『両者の協働→公正で持続する平和』という三つの比較が整理されている。

中央下の第6欄『憲法12条から読む意味』では、憲法12条を『平和を政府だけに任せない』という原則として読む視点を示している。中央には巻物風の枠があり、『自由と権利は、国民の不断の努力によって保持される。その努力とは、権利を知り、使い、社会に参加し、制度を守り育てることでもある。』という趣旨が書かれている。下部には、『平和学の視点から読み直すと、この条文は、市民自身も積極的平和の担い手であることを示していると考えられる』と説明されている。

右下の第7欄『まとめ』では、国会議事堂の前に立つ多様な市民と白い鳩のイラストを背景に、『積極的平和は、政治や行政が制度を整え、市民がそれを使い、監視し、改善し、受け継ぐことで築かれる』と大きくまとめている。続けて、『つまり、積極的平和は「誰かにつくってもらうもの」ではなく、社会全体で育て、守り続けるものである。』という結論が強調されている。

最下部の帯には、ハート、人物、握手のアイコンとともに、『自由・参加・協力・尊厳の積み重ねが、積極的平和を支える。』というメッセージが大きく配置されている。全体としてこの図は、積極的平和は政府や行政が上から完成させるものではなく、制度を整える政治・行政の責任と、その制度を使い、監視し、改善し、次世代へ引き継ぐ市民の役割の両方によって支えられるものであり、その意味で憲法12条は『平和を政府だけに任せない』という原則として読み直せることを説明している。
自由を使うことが、自由を守る

表現の自由があっても、誰も権力を批判できなくなれば、その自由は実質的に弱くなります。

情報公開制度があっても、誰も情報を求めなければ、行政の不透明さは残ります。選挙権があっても、市民が考え、議論し、参加しなければ、民主主義は形だけになってしまいます。

差別を禁止する理念があっても、差別的な言葉や慣行を当然のものとして受け入れれば、文化的暴力は残ります。

権利は「持っている」だけではなく、「使う」ことによって守られるのです。

「自由を使うことが、自由を守る」をテーマに、憲法上の権利は持っているだけではなく、市民が実際に使うことで現実の社会の中で維持されることを説明した図解。最上部には『権利は「持っている」だけではなく、「使う」ことによって現実の社会で守られる』という考え方が示されている。左上の第1欄『基本の考え方』では、日本国憲法、社会制度、市民、社会の流れを図示し、憲法や制度として権利が存在するだけでは十分ではなく、市民が権利を知り、行使し、参加することで自由が現実の社会に根づくと説明している。『条文があるだけでは不十分』『行使されてはじめて権利は現実になる』『自由は、使い続けることで守られる』という三つのポイントが示されている。

中央上の第2欄『「使わない」と何が起きるか』では、権利が存在していても使われなければ弱くなる具体例を四つ示している。Aでは、表現の自由があっても誰も権力を批判しなければ、自由が実質的に弱くなることを示す。Bでは、情報公開制度が存在していても誰も情報を求めなければ、行政の不透明さが残ることを示す。Cでは、選挙権があっても市民が考え、議論し、参加しなければ、民主主義が形だけになることを示す。Dでは、差別禁止の理念があっても差別的な言葉や慣行を当然として受け入れれば、文化的暴力が残ることを示している。

右上の第3欄『「使う」とは何をすることか』では、中央に『自由を使う』という円を置き、その周囲に七つの具体的行動を循環させている。①意見を言う、②情報を求める、③投票する、④話し合いに参加する、⑤差別に異議を唱える、⑥被害を訴える、⑦権利侵害に対して司法救済を求める、という行動が矢印でつながれている。自由を使うことは特別な政治活動だけではなく、日常の中で意見を表明し、情報を求め、参加し、異議を申し立てることでもあると示している。

左中央の第4欄『身近な場面の具体例』では、学校、職場、地域、行政の四つの場面を示している。学校では、いじめや差別を見て見ぬふりをしないこと。職場では、ハラスメントを『仕方がない』で済ませず声を上げること。地域では、防災、福祉、環境などの問題について意見を伝えること。行政では、情報公開や説明を求めることが描かれている。どの場面でも、市民の行動が社会をより良くする力になると整理されている。

中央の第5欄『使う社会/使わない社会』では、権利を使わない社会と使う社会を対比している。使わない社会では、『黙る』ことで自由が弱くなり、『情報を求めない』ことで不透明さが残り、『参加しない』ことで民主主義が形だけになり、『差別を見過ごす』ことで差別や暴力が残る。一方、使う社会では、『話す』ことで権利が生き、『情報を求める』ことで透明性が高まり、『参加する』ことで民主主義が豊かになり、『異議を唱える』ことで社会が改善されることを示している。

右中央の第6欄『なぜ「使うこと」が大切なのか』では、自由や権利を使うことから社会の改善へ至る流れを段階的に示している。まず、意見を言う、情報を求める、参加する、異議を唱えるなどによって自由や権利が実際に行使される。次に、権力への監視、行政の説明責任、市民参加が進む。その結果、差別、暴力、不透明さが減り、誰もが尊重され安心して暮らせる社会に近づく。そして、自由と権利が現在だけでなく次の世代にも維持されるという流れが描かれている。横には『権利は、放っておくと弱くなる』という警告が示されている。

下段の第7欄『まとめ』では、国や政治には制度を整える責任があり、市民には権利を知り、使い、社会づくりに参加する責任があると整理している。『自由を使うことが、自由を守る』という結論とともに、一人ひとりの行動の積み重ねが自由で公正な社会をつくると示している。最下部には、『権利は「持っている」だけではなく、「使う」ことによって守られる。知る・求める・話す・参加する――その積み重ねが、自由と民主主義を支える。』というメッセージが大きく配置されている。全体として、表現の自由、情報公開、選挙権、差別禁止などの権利や制度は、市民が実際に利用し、意見を述べ、情報を求め、政治や社会に参加し、必要なときに異議を申し立てることで初めて実質的に機能し続けることを示した図解。」
憲法第12条は衡平と調和にもつながる

第12条は、自由や権利について「濫用してはならない」とし、「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任」を負うとも定めています。

これは、自分だけが自由であればよいという意味ではありません。

自分の自由と他者の自由がともに保障され、一方の力によって他方が押しつぶされない関係をつくる必要があります。

利益、負担、情報、発言力、決定権が一方に偏らない関係は、平和学における「衡平」につながります。

異なる意見を排除せず、違いを保ったまま相手に応答することは「調和」につながります。

「『憲法第12条は、衡平と調和にもつながる』をテーマにした市民教育ポスター。上部に『自由と権利を、自分だけのものにせず、互いに生かし合うための考え方』という副題があり、白い鳩、国会議事堂、日本国憲法の本のイラストが添えられている。第1欄『第12条のポイント』では、憲法第12条が、自由や権利を濫用してはならず、常に公共の福祉のために利用する責任を負うと定めていることを示し、これは自分だけが自由であればよいという考え方ではないと説明している。多様な市民のイラストの下に、『自由と権利には、他者の自由や社会全体への責任もともなうことを示す条文です』と書かれている。第2欄『自分だけの自由では足りない』では、左に『自分だけの自由』として、一人の強い人が声、情報、決定権を独占してしまう場面を描き、右に『互いの自由がともに守られる社会』として、多様な人々の声、情報、決定権が共に押しつぶされない社会を描いている。中央の矢印で、自分の自由と他者の自由がともに保障され、一方の力で他方が押しつぶされない関係が必要だと示している。第3欄『衡平(こうへい)とは何か』では、利益、負担、情報、発言力、決定権の五つの側面が一方に偏っていないことが大切だと説明している。上段に五つの項目のアイコンが並び、下段では、天秤が傾いている『偏りがある状態(不衡平)』と、均衡がとれている『衡平な状態(公平)』を比較している。欄の下には『すべてを同じにすることではなく、状況に応じて公正に配慮し合うことが衡平です』とある。第4欄『調和(ちょうわ)とは何か』では、調和とは意見を一つにそろえることではなく、異なる意見を排除せず、違いを保ったまま相手に応答できる関係であると説明している。3人の人物が『私はこう考えます』『私は違う視点です』『なるほど、そういう考えもあるね』と吹き出しで対話しており、下に握手のイラストとともに『違いを尊重し、互いに応答し合う関係が調和です』と書かれている。第5欄『衡平につながる具体例』では、A職場、B学校、C行政、D地域の四つの場面が示されている。職場では情報や発言の機会が一部の人だけに集中しないこと、学校ではルールや役割分担が一方的でないこと、行政では情報公開によって市民が判断材料を得られること、地域では負担と利益が一部に押し付けられないことを、偏りのある場合と衡平な場合の対比で示している。欄の下には『衡平は、誰もが声を出し、参加し、意見を受けられる社会の土台になります』と書かれている。第6欄『調和につながる具体例』では、A話し合い、B議会・会議、C家庭・地域、D社会全体の四つの場面が示されている。話し合いでは違う意見でも最後まで聞くこと、議会や会議では少数意見を切り捨てないこと、家庭や地域では強い人だけで決めず互いに相談すること、社会全体では異議や批判を敵視せず改善のきっかけとすることを、悪い例と良い例の対比で示している。欄の下には『調和は沈黙ではなく、違いを認めながら応答し合うことです』とある。第7欄『第12条を平和学から読む意味』では、左から右へ、自由と権利を正しく使う→衡平が育つ→調和が育つ→支配や排除が弱まる→積極的平和に近づく、という流れを矢印で示している。各段階に、他者の自由への責任を認識する、利益・負担・情報・発言力・決定権を偏りなく配慮する、違いを認め応答し合う、強い力で押しつぶす構造がなくなる、すべての人の尊厳が守られる社会へ、という説明が添えられている。右側の吹き出しには『第12条は、自由をわがままの権利にするのではなく、互いの尊厳を守る自由として使うことを求めています。この意味で、第12条は衡平と調和にもつながります。』と書かれている。最下部の青い帯には、多様な市民のイラストとともに、『権利は、自分だけのためでなく、互いの自由と尊厳を守るために使う。その積み重ねが、衡平と調和、そして積極的平和を支える。』という大きなまとめがあり、その下に『第12条は、自由を「共に生きるための力」として使うことを示しています。』と記されている。」**
一人ひとりの不断の努力が、積極的平和を支える

平和学の視点から第12条を読み直すなら、国や政治には、人権と平和を保障する制度をつくる責任があります。

同時に、一人ひとりの市民には、その自由と権利を不断の努力によって守り、使い、社会の中で育てていく責任があると整理できます。

第9条が国家による戦争を抑制し、第11条以降が基本的人権を保障するとすれば、第12条は、それらを生きた制度として維持するために、市民自身も社会へ関わり続けることを求めている条文だと読むことができます。

一人ひとりが自由と権利を使い、他者の尊厳を守り、社会に参加する。その不断の努力によって、積極的平和は構築され、維持されていくのです。

「『一人ひとりの不断の努力が、積極的平和を支える』をテーマにしたインフォグラフィック。上部に『平和学の視点から読む憲法12条――制度と市民参加が平和を育てる』という副題があり、白い鳩と国会議事堂のイラストが添えられている。第1欄『第12条を平和学から読む出発点』では、日本国憲法第12条の巻物と憲法の本が描かれ、『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって保持される』という趣旨が強調されている。下には、法律上そのまま「積極的平和構築義務」という名称ではないが、平和学の視点から読むと重要な意味を持つ条文であると説明がある。第2欄『国や政治の責任』では、政治や行政には人権と平和を保障する制度をつくる責任があるとして、人権を守る法律と制度、社会保障・医療・教育、差別や支配を減らす仕組み、情報公開と説明責任、被害者の救済、平和を維持する制度の六つが並んでいる。下には『制度を整える→公正に運用する→必要な人に届く』という流れが示されている。第3欄『市民一人ひとりの責任』では、中央に『守る・使う・育てる』と書かれ、その周囲を円環状の矢印が囲み、知る、気づく、差別や暴力を見過ごさない、情報を求める、意見を表明する、選挙・請願・住民参加で関わる、異議申立てや司法救済を求める、次世代へ引き継ぐ、という行動が配置されている。下には『一人ひとりが権利を守り、使い、育てていくことが社会を支える』とある。第4欄『憲法の役割分担』では、三つの箱が横に並び、第9条は国家による戦争を抑制、第11条以降は基本的人権を保障、第12条は市民が関わり続けて権利を生きた制度として維持する、と整理されている。下には『三つの条文がつながり、平和で人権が尊重される社会を支える』とある。第5欄『なぜ不断の努力が必要なのか』では、左に『受け身の社会(関わらないと…)』として、権利が形骸化する、差別や不透明さが残る、民主主義が弱くなる、積極的平和が育たない、が並ぶ。右に『参加する社会(関わると…)』として、権利が使われる、監視と説明責任が進む、差別・暴力・支配が減る、信頼と協力が育つ、積極的平和に近づく、が並んでいる。第6欄『積極的平和へつながる流れ』では、『自由と権利を使う→他者の尊厳を守る→社会に参加する→制度を改善する』という流れと、その結果として『差別・支配・貧困・排除が減る→積極的平和が構築・維持される』という大きな矢印の流れが示されている。下には、協力、尊厳、参加、衡平(公平)、調和(共生)という言葉が並んでいる。第7欄『まとめ』では、多様な市民のイラストとともに、『一人ひとりの不断の努力が、積極的平和を支える』と大きく書かれている。右側には『平和は政府だけでも、市民だけでも築けない。制度を整える政治と、権利を守り育てる市民の参加の両方によって支えられる。それが、持続する平和への道。』というまとめがある。最下部の帯には、『憲法12条は、私たち一人ひとりに呼びかける条文。知る・考える・参加する――その不断の努力が、積極的平和をつくり、未来へつなげます。』と書かれている。」**

憲法第18条及び第31条から第40条は国内の消極的平和でもある

第11条から第40条までを、すべて積極的平和だけに分類する必要はありません。

第18条は奴隷的拘束と意に反する苦役を禁止します。第31条から第40条は、不当な逮捕、拘禁、捜索、処罰、拷問、自白の強要などから人を守ります。

これは国家と個人の間における直接的暴力を防ぐ、国内の消極的平和です。

「憲法第18条及び第31条から第40条は、国内の消極的平和でもある」をテーマに、日本国憲法が国家と個人の間における直接的暴力をどのように防いでいるかを平和学の視点から整理した図解。最上部には『国家と個人の間の直接的暴力を防ぐ、日本国憲法の保障を平和学から読む』という副題があり、日本国憲法、盾、国会議事堂、白い鳩、多様な市民のイラストが配置されている。

第1欄『基本の考え方』では、第11条から第40条までをすべて積極的平和だけに分類する必要はなく、その中には国家による直接的暴力を防ぐ役割を持つ条文があると説明している。第18条は奴隷的拘束と意に反する苦役を禁止し、第31条から第40条は、不当な逮捕、拘禁、捜索、処罰、拷問、自白の強要などから人を守ることを示している。日本国憲法の本と盾を持つ市民のイラストによって、これらが国家と個人の関係における直接的暴力を防ぐ保障であることを表現している。

第2欄『国内の消極的平和とは何か』では、消極的平和を、直接的暴力が存在しない、または低い状態として説明し、国内では国家権力による不当な逮捕、拘束、拷問、強制などが抑えられている状態に対応すると整理している。国家権力による直接的暴力を象徴する警察官のイラストから、憲法による制限を示す盾へ、さらに生命・身体・自由・尊厳が守られた市民、心の平安へと矢印でつながる構造が描かれている。

第3欄『第18条が防ぐもの』では、『奴隷的拘束と意に反する苦役の禁止』を大きく示し、鎖が切れるイラストと、強制労働から解放される人物を描いている。人を支配し、本人の意思に反して働かせることを禁じ、人間を道具として扱わせないこと、人格と自由を守ることが第18条の役割として整理されている。下部には『第18条は、国家と個人の関係における直接的支配を防ぐ』と示されている。

第4欄『第31条から第40条が防ぐもの』では、七つの具体的な保障を示している。A『不当な逮捕』では、正当な手続なしに身柄を奪わないこと。B『不当な拘禁』では、理由なく人を閉じ込めないこと。C『不当な捜索・押収』では、私生活や住居へ勝手に侵入しないこと。D『適正手続なき処罰』では、法と手続なしに人を罰しないこと。E『拷問の禁止』では、身体と尊厳を暴力で傷つけないこと。F『自白強要の禁止』では、強制された自白に頼らないこと。G『公正な裁判』では、誰もが適正な裁判を受けられることを、警察、牢獄、捜索、裁判官、拷問、自白、法廷などのイラストと禁止マークで表現している。

第5欄『なぜ「心の平安」につながるのか』では、国家による直接的暴力が抑えられることから、身体・自由・尊厳が守られ、『いつ不当に拘束されるか分からない』という恐怖が減り、その結果として心の平安につながる流れを、警察への禁止記号、盾に守られた人物、不安な人物から安心した人物への変化で示している。下部には『国内の消極的平和は、一人ひとりが「いま不当に傷つけられない」と感じられる土台になる』という趣旨が示されている。

第6欄『日本国憲法の構造の整理』では、表形式で憲法の各部分と平和学上の役割、心の状態との関係を整理している。前文は消極的平和と積極的平和の統合で、平安・安定・満足の全体に関係する。第9条は国家間の直接的暴力を抑え、心の平安につながる。第18条と第31条から第40条は、国家による国内の直接的暴力を抑え、心の平安につながる。第11条から第29条は、尊厳、自由、平等、生活、参加を保障し、心の安定・満足につながる。統治機構は権利と平和を制度化し、平安・安定・満足を持続させる。第97条から第99条は、人権の継承、憲法の最高法規性、憲法尊重擁護義務を通じて将来世代の安心につながると整理されている。

最下部の青い帯には、『第18条と第31条から第40条は、国家と個人の間の直接的暴力を防ぐ「国内の消極的平和」の柱である』と大きくまとめられている。続けて、『日本国憲法は、戦争を防ぐだけでなく、国内でも人の自由・身体・尊厳を守る仕組みを持っている』と示され、白い鳩と多様な市民のイラストによって、国家権力から個人を守ることも平和の重要な一部であることを表現している。」

したがって、日本国憲法の構造は、より正確には次のように整理できます。

日本国憲法の構造の整理

憲法の部分平和学上の役割心の状態との関係
前文消極的平和と積極的平和の統合平安・安定・満足の全体
第9条国家間の直接的暴力を抑える心の平安
第18条、第31~40条国家による国内の直接的暴力を抑える心の平安
第11~29条(18条含む)尊厳、自由、平等、生活、参加を保障する心の安定・満足
統治機構権利と平和を制度化する平安・安定・満足の持続
第97~99条人権の継承、最高法規性、擁護義務将来世代の安心
「日本国憲法の構造の整理」をテーマに、平和学の視点から、日本国憲法の前文、第9条、第18条・第31条から第40条、第11条から第29条が、それぞれ平和と一人ひとりの心の状態にどのように関係するかを整理した図解。上部では、日本国憲法は単に国家の仕組みを定めた文書ではなく、前文、第9条、基本的人権、統治機構がそれぞれ異なる角度から、人びとの平和的な生存と幸福を支える役割を持つと説明している。中央の表では、『憲法の部分』『平和学上の役割』『心の状態との関係』の3項目に分け、前文は消極的平和と積極的平和を統合し、心の平安・安定・満足の全体に関係すること、第9条は国家間の直接的暴力を抑え、心の平安につながること、第18条及び第31条から第40条は国家による国内の直接的暴力を抑え、心の平安を支えること、第11条から第29条は尊厳、自由、平等、生活、参加を保障し、心の安定と満足につながることを一覧で示している。

下段左のA『前文』では、橋、白い鳩、日本国憲法の本のイラストを用い、前文が『政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする』という戦争防止の理念と、『専制・隷従・圧迫・偏狭を除去し、恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利』という人権保障の理念を結び付けることを説明している。前文は、戦争を防ぐ消極的平和と、差別や支配を減らす積極的平和をつなぐ出発点であり、心の平安・安定・満足の全体に関係すると整理されている。

B『第9条』では、大きな波、防波堤、盾のイラストを用い、第9条が戦争、武力による威嚇、武力行使を抑制し、国家間の直接的暴力を制限する役割を持つと説明している。戦争の不安を減らし、生命や安全を守ることから、心の平安の前提になると示している。

C『第18条、第31~40条』では、切れた鎖、禁止された手錠、裁判所のイラストを用い、第18条が奴隷的拘束と意に反する苦役を禁止し、第31条から第40条が不当な逮捕、拘禁、捜索、処罰、拷問、自白強要などから人を守ることを説明している。これは国家と個人の間の直接的暴力を防ぐ国内の消極的平和であり、身体、自由、尊厳が守られることで心の平安につながると整理されている。

D『第11~29条(18条含む)』では、多様な市民、投票箱、本、病院、住宅などのイラストを用い、基本的人権、個人の尊重、生命、自由、幸福追求、平等、選挙、請願、思想・良心、信教、表現、生存権、教育、労働、財産などの権利が、人びとの生活と社会参加を支えることを示している。これらは差別、貧困、排除、過酷労働などの構造的暴力を減らし、人が安心して暮らし、自分で選び、参加し、尊重される社会を支えるため、心の安定と満足に深く関係すると説明している。

右側の『心の状態とのつながり』では、3つの状態を整理している。①『心の平安』は、生命・身体・人格がいま危険にさらされていないと感じられる状態で、第9条、第18条、第31条から第40条が主に支えると説明している。②『心の安定』は、明日以降も生活と権利が守られる見通しを持てる状態で、第11条から第29条が主に支えると示している。住宅、仕事、医療、教育のイラストによって、生活の継続性や制度的保障を表現している。③『心の満足』は、一人の人間として尊重され、自分の生き方を選び、参加し、社会に生かされていると感じられる状態で、前文と第11条から第29条が深く関係すると説明している。対話する人びとや握手のイラストによって、尊厳、自己決定、参加、協力、つながりを表現している。

最下部の青い帯では、『日本国憲法は、戦争を防ぐだけの憲法ではない。前文が理念を統合し、第9条が国家間の暴力を抑え、第18条・第31~40条が国家権力から個人を守り、第11~29条が尊厳・自由・生活・参加を保障することで、平安・安定・満足を支える平和の体系をつくっている』とまとめている。全体として、日本国憲法を、消極的平和と積極的平和の双方から、一人ひとりの心の平安・安定・満足を支える制度体系として可視化した図解。」

憲法第13条は平安・安定・満足を統合する

憲法第13条は、すべての人が個人として尊重され、生命、自由、幸福追求に対する権利を国政上最大限尊重するよう求めています。

生命の保障は、心の平安につながります。自由の保障は、自分の生活と将来を選べる安定につながります。幸福追求の保障は、一人ひとりが自分にとっての満足を選ぶことにつながります。

憲法が保障するのは、国家が配る幸福ではありません。本人が幸福を追求できる自由と社会的条件です。

「憲法第13条は平安・安定・満足を統合する」をテーマに、日本国憲法第13条の条文と、一人ひとりの幸福を支える三つの心の状態との関係を整理した図解。最上部には『日本国憲法第13条を、平和学と一人ひとりの幸福の視点から読み直す』という副題があり、日本国憲法の本と白い鳩のイラストが配置されている。

第1欄『憲法第13条(条文)』では、『すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。』という第13条の条文を大きく掲載し、第13条が個人の尊重、生命、自由、幸福追求を結び付ける中心的な条文であると説明している。

第2欄『第13条の三つの柱』では、第13条の内容を①生命、②自由、③幸福追求の三つに分けている。①生命では、盾とハートのイラストとともに、生命の保障は、いま危険にさらされていないという安心につながり、『心の平安』を支えると示している。②自由では、進路を示す標識のイラストとともに、自由の保障は、自分の生活や将来を自分で選べる見通しにつながり、『心の安定』を支えると示している。③幸福追求では、人びとの協力や握手のイラストとともに、自分にとっての幸福や生き方を自ら追い求められることが、『心の満足』につながると整理している。

第3欄『三つの心の状態との関係』では、A『心の平安』、B『心の安定』、C『心の満足』を具体的に説明している。A心の平安は、いま生命・身体・人格が危険にさらされていないと感じられる状態であり、戦争、犯罪、虐待、ハラスメント、災害、環境汚染などから守られることを例として示している。B心の安定は、明日以降も生活と権利が守られる見通しを持てる状態であり、住まい、医療、教育、仕事、情報公開、公正な手続などが支えになると示している。C心の満足は、一人の人間として尊重され、自分で選び、社会に参加し、他者と協力できると感じられる状態であり、表現、参加、承認、つながり、自己決定などを例として示している。

第4欄『国家が保障するのは何か』では、左側に『国家が幸福を配るのではない』として、国家が『こう生きなさい』『この価値観に満足しなさい』と人の心や幸福を直接決めるものではないことを、国会議事堂とハートのイラストで示している。右側には『幸福を追求できる自由と条件を保障する』として、生命、自由、尊厳を守り、一人ひとりが自分にとっての幸福を選び、追求できる社会的条件を整えることが憲法の役割であると説明している。

第5欄『第13条が統合するもの』では、中央に『第13条』と書かれた日本国憲法の本を配置し、その周囲に『心の平安』『心の安定』『心の満足』の三つの円を結び付けている。生命が心の平安、自由が心の安定、幸福追求が心の満足につながり、第13条がそれらを一つの人格原理として統合していることを図示している。下部には、第13条は生命・自由・幸福追求を通じて、平安・安定・満足を一つの人権原理として結び付けるという趣旨が示されている。

最下部のまとめでは、『個人として尊重されることが出発点』『生命の保障は心の平安につながる』『自由の保障は心の安定につながる』『幸福追求の保障は心の満足につながる』と整理している。さらに、憲法が保障するのは国家が配る幸福ではなく、本人が自分にとっての幸福を追求できる自由と社会的条件であると強調している。全体として、日本国憲法第13条を、一人ひとりの生命・自由・幸福追求を保障し、それぞれを心の平安・安定・満足へ結び付ける中心的な人権条文として可視化した図解。」

憲法第97条は平和を将来世代へ継承する

憲法第97条は、基本的人権を人類の長年にわたる自由獲得の努力の成果とし、現在と将来の国民に対して、侵すことのできない永久の権利として信託されたものとしています。

これは、ガルトゥングのいう「死後の生」に対応します。過去の人々が、犠牲や闘いを通じて獲得した自由と権利が制度として残り、現在の人々を守り、将来世代へ引き継がれるからです。

平和とは、いま暴力がないことだけではありません。過去の被害から学び、同じ被害を繰り返さない制度を将来へ残すことでもあります。

「『憲法第97条は平和を将来世代へ継承する』をテーマにした教育用インフォグラフィック。全体は青・緑・オレンジを基調とした見やすい構成で、上部には大きく『憲法第97条は平和を将来世代へ継承する』と書かれ、その下に『基本的人権は、過去の努力の成果として現在と将来へ託された永久の権利』という副題がある。左右には白い鳩が描かれ、右上には祖父母・親・子どもからなる三世代の家族と、日本国憲法の本が描かれている。**

第1欄『憲法97条の条文』では、巻物風の枠の中に憲法第97条の条文が掲載されている。内容は、『この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。』というもの。枠の下には、条文の核心として『①過去の努力の成果』『②現在と将来への信託』『③侵すことのできない永久の権利』の三点が色分けして示されている。

第2欄『97条が語る三つの意味』では、三つの箱に分けて条文の意味を説明している。1つ目の緑の箱『過去の努力の成果』では、デモや戦争の荒廃を思わせる背景の前で、人びとが『自由と権利を!』と書かれた旗を掲げている。説明文では、自由や権利は自然に与えられたものではなく、戦争・弾圧・差別・国家による暴力に立ち向かった長い時間のたたかいと、多くの人々の犠牲によって勝ち取られたものだとしている。2つ目の青い箱『現在の国民を守る』では、警察官、医療従事者、会社員、高齢者、車いす利用者など多様な市民が並び、中央に『憲法と人権』と書かれた天秤がある。説明では、基本的人権は今を生きる私たちにとっての生きた保障であり、生命・尊厳・自由・参加・平等などの権利が日々の暮らしと社会を支えていると述べている。3つ目のオレンジの箱『将来世代へ引き継ぐ』では、大人の手から子どもたちへバトンが渡される絵が描かれ、憲法は権利を未来の人々への『信託』として扱い、今の世代はそれを使い捨てにせず、次の世代が安心して生きられるよう責任を持って引き継ぐ必要があると説明している。

第3欄『ガルトゥングの「死後の生」との関係』では、憲法97条と平和学者ヨハン・ガルトゥングの考え方を結び付けている。説明文では、97条はガルトゥングのいう『死後の生』の考えに通じており、平和とは今ある暴力がないことだけでなく、過去の世代が残した制度・権利・教訓が『死後も生き続ける』ということだとしている。下には四つの小さな図が横に並び、左から『過去の人々の犠牲や努力が制度として残る』として大きな木、『制度が現在の人々を守る』として国会議事堂、『その制度が将来世代へ受け継がれる』として複数の人のシルエット、『平和の時間的な継承である』としてオリーブの枝をくわえた白い鳩が描かれている。

第4欄『過去→現在→未来』では、時間の流れを三段階で示している。左の『過去』には、戦争の飛行機、破壊された町、人びとの苦難が描かれ、箇条書きで『戦争・弾圧・差別・貧困・権利侵害の経験』『自由獲得の努力』『幾多の試練』と整理されている。中央の『現在』には、日本国憲法の本、天秤、多様な市民が描かれ、『憲法と基本的人権として制度化』『現在の人々の生命・自由・尊厳を守る』『平和の土台になる』と示されている。右の『未来』には、虹のかかる風景の中で手をつなぐ子どもたちが描かれ、『次世代へ継承』『同じ被害を繰り返さない』『より公正で平和な社会へ』と書かれている。

第5欄『平和とは「いま暴力がない」だけではない』では、左に『短期的な平和』として『いま目に見える暴力がない状態』とあり、銃や戦争が止まっていること、暴力が表面化していないこと、不公正や差別の原因が残ることもある、という説明が添えられている。右側には大きく『継承される平和』と書かれ、『=過去の教訓を学び、再発を防ぐ仕組みを残し、将来世代を守ること』と説明されている。その下には四つの要素が足し算で結ばれており、『憲法・法律』は権利を守る制度を整えること、『予防の仕組み』は差別・暴力の芽を早期に防ぐこと、『教育・対話』は教訓を学び対話を続けること、『未来への責任』は子どもたちのいのちと尊厳を守り続けることを表している。最後にそれらを合わせた結果として、右端の円の中に『持続する平和を実現する』と書かれている。

第6欄『何を将来へ残すのか』では、六つの箱で将来世代へ継承すべき内容を示している。1つ目『人権保障』では、手をつなぐ人びとの絵とともに『すべての人が生まれながらに持つ権利を、制度として確実に保障する。』とある。2つ目『平和主義』では、白い鳩の絵とともに『非戦と対話を基本とし、武力ではなく平和的手段で解決を図る。』とある。3つ目『差別を許さない原則』では、天秤と多様な人びとの絵とともに『人種・性別・国籍・宗教・障害などによる差別を認めず、平等を実現する。』と示している。4つ目『情報公開と参加』では、対話する市民の絵とともに『情報にアクセスでき、意見を表明し、公共の意思決定に参加できる社会をつくる。』とある。5つ目『権力を縛る法の支配』では、裁判所の建物の絵とともに『誰でも権力を行使できるが、法律に基づき、監視とチェックを受ける。』と説明している。6つ目『被害から学ぶ記憶と制度』では、開かれた本と写真の絵とともに『過去の被害や教訓を記憶し、同じ悲劇を繰り返さない制度を整える。』とある。

第7欄『まとめ』では、左に地球のイラスト、右に三世代の家族のイラストがあり、本文で『憲法97条は、基本的人権を「過去の努力の成果」として受け取り、「現在を守る制度」として生かし、「未来へ信託された権利」として引き継ぐことを示している。』と整理している。続けて大きく『平和とは、いま暴力がないことだけでなく、自由と権利を次の世代へ残すことである。』と強調されている。

最下部の濃い青の帯には、『過去から学び、いまを守り、未来へつなぐ――それが私たちの責務、平和の継承である。』という締めのメッセージが大きく書かれ、右端には白い鳩が描かれている。全体としてこの画像は、憲法97条を、過去の人びとの努力によって獲得された基本的人権を、現在の社会で生かしながら、将来世代へ信託された永久の権利として受け継いでいく条文として整理し、ガルトゥングの『死後の生』や、平和を未来へ継承する責任と結び付けて説明した図解である。」

国会・行政・司法・地方自治が平和を制度化する

権利を書くだけでは、積極的平和は実現しません。ガルトゥングのいう「有機的組織」が必要です。

国会は法律と予算を決め、行政を調査します。行政は社会保障、教育、労働、防災、環境、医療などを実施します。司法は権利を侵害された人を救済し、法律や行政処分が憲法に反していないかを審査します。地方自治は、地域の実情に応じて住民が政治に参加する場です。

さらに、憲法第98条は憲法を最高法規とし、第99条は国務大臣、国会議員、裁判官、公務員に憲法尊重擁護義務を課しています。

基本的人権が平和の内容であり、国会、行政、司法、地方自治が平和を持続させる組織だと整理できます。

「国会・行政・司法・地方自治が平和を制度化する」をテーマに、日本国憲法の基本的人権を現実の社会で機能させ、積極的平和を持続させるための制度のつながりを説明した図解。最上部には『基本的人権を現実の社会で生かし、積極的平和を持続させる「有機的組織」とは何か』という副題があり、日本国憲法、国会、行政、司法、地方自治、市民が相互につながる構造が示されている。

第1欄『出発点』では、日本国憲法の本、多様な市民、白い鳩のイラストとともに、『権利を書くだけでは、積極的平和は実現しない』『ガルトゥングのいう「有機的組織」が必要』と示している。有機的組織とは、異なる機関や人びとがつながり、それぞれの役割を果たしながら、相互に支え合い、監視し合い、社会の公正と調和を持続させる仕組みであると説明している。

第2欄『有機的組織とは』では、中央に『市民・基本的人権』を置き、その周囲に国会、行政、司法、地方自治を配置している。国会と行政の間には役割分担、国会と司法の間には相互監視、行政と地方自治の間には補完、司法と市民の間には救済、市民と国会・行政・地方自治の間には参加という関係が矢印で示されている。異なる機関が孤立せず、互いに支え、監視し、修正し合うことで、平和と人権が持続することを表現している。

第3欄『国会の役割』では、国会議事堂のイラストとともに、国会が法律をつくる、予算を決める、行政を調査・監視するという役割を示している。下部には、国会が権利保障と平和政策の土台をつくる機関であると整理されている。

第4欄『行政の役割』では、行政機関の建物と、社会保障、教育、労働、防災、環境、医療のアイコンを並べ、行政が憲法上の権利を具体的な政策やサービスとして現実の暮らしの中で実施する役割を担うことを示している。社会保障で生活を支え、教育機会を保障し、労働条件を整え、防災や環境政策を進め、医療を提供するなど、基本的人権を日常生活の中で実現する機能を表現している。

第5欄『司法の役割』では、裁判所と天秤のイラストとともに、司法が権利侵害を救済し、法律や行政処分が憲法に反していないかを審査し、少数者の権利を守る役割を持つと示している。下部には『平和と人権を守る最後の砦』という趣旨が示され、国家権力による不当な扱いから個人を守る役割が強調されている。

第6欄『地方自治の役割』では、市役所・区役所・町村役場を背景に、地域住民が対話する場面が描かれている。地方自治は、地域の実情に応じて政策を行い、住民が身近な政治に参加する場であり、福祉、防災、環境などの課題を地域で支える役割を持つと説明している。下部には『住民参加によって平和を地域に根づかせる』と示されている。

第7欄『憲法98条・99条の意味』では、日本国憲法の本、公務員、裁判官、警察官、盾のイラストを用い、第98条と第99条の意味を整理している。A『第98条 憲法は最高法規』では、憲法が国の最高法規であり、法律、命令、国務に関する行為は憲法に適合しなければならないと説明している。B『第99条 憲法尊重擁護義務』では、天皇・摂政・国務大臣・国会議員・裁判官その他の公務員が憲法を尊重し擁護する義務を負うことを示している。これらが、公権力の行使を憲法に従わせ、人権保障を実効的にするための仕組みとして位置付けられている。

第8欄『どうつながるのか』では、基本的人権→国会→行政→司法→地方自治→市民の生活・参加・救済→積極的平和の持続、という流れを横方向の矢印で示している。その下には『市民からのフィードバック』として、参加、監視、異議申立て、改善要求の四つを示し、選挙・公聴会・パブリックコメント・住民投票などで参加すること、情報公開やメディア・調査を通じて監視すること、行政不服申立てや裁判を通じて異議を申し立てること、提案や要望によって制度改善を求めることが描かれている。権利の主体である市民が制度を利用し、監視し、改善を求めることで、平和の仕組みが循環することを表現している。

第9欄『まとめ』では、白い鳩、握手、天秤、多様な市民のイラストとともに、『基本的人権が平和の内容であり、国会・行政・司法・地方自治が、それを現実の社会で持続させる組織である』と整理している。これらが有機的に結び付くことで、心の平安・安定・満足を支える積極的平和が制度として育つことを示している。全体として、平和は憲法に権利を書くだけでは成立せず、国会が制度をつくり、行政が実施し、司法が救済・審査し、地方自治が住民参加を支え、市民自身が参加・監視・異議申立て・改善要求を行うという相互作用によって、社会の中で継続的に維持されることを説明した図解。」

コラム:ガルトゥングのいう「有機的組織」とは

「コラム:ガルトゥングのいう『有機的組織』とは」をテーマに、積極的平和を社会の仕組みとして持続させる制度のつながりを説明した図解。最上部には『衡平と調和を、社会の仕組みとして持続させるための考え方』という副題があり、単に国会、行政、裁判所、学校、福祉施設などの組織が存在しているだけではなく、それぞれが相互に関係し、支え合い、監視し、修正し合うことが重要だと示している。

第1欄『有機的組織とは何か』では、左側に国会、行政、裁判所、学校、福祉施設がバラバラに配置された『組織があるだけ』の状態を示し、右側にはそれらが矢印で結ばれ、中央に『衡平・調和』を置いた『有機的組織』の状態を示している。国会、行政、司法、学校、福祉などが孤立せず、相互に役割を果たしながら、社会全体として衡平と調和を持続させる仕組みであることを表現している。

第2欄『具体例:困窮した人がいるとき』では、一人の市民が困窮した場合の制度の流れを具体的に示している。市民→行政が生活状況を把握→社会保障につなぐ→医療機関につなぐ→行政判断に問題があれば異議申立て→不当な権利侵害があれば司法に救済を求める→制度そのものに問題があれば住民が声を上げ、地方議会や国会が制度を改善する、という一連の流れが矢印でつながれている。下部には簡略図として『市民→行政→議会→司法→再び制度の改善へ』という循環が示され、それぞれの仕組みが孤立せずにつながることで、一人の人が制度の谷間に取り残されにくくなることを説明している。

第3欄『人体にたとえると』では、人間の身体のイラストを使い、脳、肺、心臓、神経などがそれぞれ異なる働きをしながら連携することで身体全体が維持されることを示している。その右には社会も同じだとして、心臓=国会、肺=行政、脳=司法、神経=地方自治、血管・全身=市民社会・NPO・地域・企業などの対応関係が描かれている。『心臓だけが正常でも人間は生きられない』という比喩を通じて、一つの機関だけが機能しても社会全体の平和は持続しないことを説明している。

第4欄『社会の中では何が必要か』では、多様な市民を中心に、国会、行政、司法、地方自治、報道、教育、医療、福祉、市民社会などがネットワーク状につながる図が描かれている。各機関がそれぞれ独自の役割を持ちながら相互に関係し、一つの機関に権力や情報が集中しすぎないよう支え合う必要があることを示している。国会は立法、行政は政策実施、司法は権利救済や違憲審査、地方自治は地域参加、報道は情報監視、教育は学びの保障、医療は健康保障、福祉は生活支援、市民社会は参加と監視の役割として整理されている。

第5欄『「有機的」は「同じ考え」ではない』では、上段に全員が同じ考えを持つ人物を並べ、赤い×印で否定している。下段には、異なる役割・立場・意見を持つ人びとが、それぞれ異なる発言をしながら対話する様子が描かれている。有機的であることは全員が同じ意見になることではなく、異なる主体が対話し、監視し、補い合い、必要なら互いを修正できる状態であることを強調している。

第6欄『積極的平和との関係』では、衡平や調和が個人の善意だけに依存している場合には、その人がいなくなると善い関係が続かなくなる可能性があることを示している。その一方で、情報公開、市民参加、社会保障、議会による行政監視、独立した司法、異議申立て、権利救済などが制度として整えられていれば、衡平と調和は個人の善意を超えて持続できると説明している。下部には『衡平と調和が「人と人との善い関係」だとすれば、有機的組織とは、その善い関係を社会の仕組みとして持続させるもの』という趣旨が示されている。

第7欄『日本国憲法の統治機構を「有機的組織」として読み直す』では、中央に『基本的人権』を置き、その周囲に立法(国会)、行政(内閣)、司法(裁判所)、地方自治(自治体)、市民参加を配置した相互関係図が描かれている。基本的人権という共通の目的を実現するために、立法、行政、司法、地方自治が役割を分担し、互いに権力を抑制し、市民が参加し、侵害された権利を回復できる一つの仕組みとして見ることができると説明している。右側の説明では、『基本的人権がどのような平和を実現するのかを示し、国会・行政・司法・地方自治がその平和をどう持続させるのかを担う』という整理が示されている。

最下部のまとめでは、『日本国憲法の統治機構は、積極的平和を一時的な理想ではなく、社会の中で繰り返し実現し続けるための「有機的組織」として読み直すことができる』と大きく示されている。全体としてこの画像は、ガルトゥングのいう有機的組織を、単なる組織の存在ではなく、国会、行政、司法、地方自治、市民社会、報道、教育、医療、福祉などが相互につながり、衡平と調和を制度として持続させる仕組みとして説明し、日本国憲法の統治機構を積極的平和の持続装置として捉え直した図解。」

ここでいう「有機的組織」は、単に国会、役所、裁判所、学校、福祉施設などの組織が存在しているという意味ではありません。

重要なのは、人と人、制度と制度が互いに関係し、それぞれが役割を果たしながら、社会全体として衡平と調和を持続させる仕組みになっているかという点です。

たとえば、困窮した人がいたとします。

行政が生活状況を把握し、必要な社会保障につなぐ。医療が必要なら医療機関につなぐ。行政の判断に問題があれば異議申立てができる。不当な権利侵害があれば司法に救済を求められる。制度そのものに問題があれば、住民が声を上げ、地方議会や国会が法律や条例を改める。

このように、

市民→行政→議会→司法→再び制度の改善へ

と、それぞれの仕組みが孤立せずにつながっていれば、一人の人が権力や制度の谷間に取り残されにくくなります。

これを人体にたとえると分かりやすいでしょう。心臓だけが正常でも、人間は生きられません。肺、血管、脳、神経などがそれぞれ異なる働きをしながら連携することで、身体全体が維持されます。

社会も同じです。

国会だけが機能すればよいのでも、行政だけが善意を持てばよいのでもありません。司法、地方自治、市民社会、報道、教育、福祉、医療などが、それぞれ独自の役割を持ちながら相互に関係し、一つの機関に権力や情報が集中し過ぎないよう支え合う必要があります。

したがって、「有機的」であることは、全員が同じ考えになることを意味しません。

むしろ、異なる役割、異なる立場、異なる意見を持つ主体が存在し、それらが対話し、監視し、補い合い、必要なら互いを修正できることが重要です。

ここに、積極的平和との深い関係があります。

衡平や調和が、その場にいる人の善意だけに依存しているなら、その人がいなくなれば失われるかもしれません。しかし、情報公開、市民参加、社会保障、議会による行政監視、独立した司法、異議申立て、権利救済などとして制度化されれば、衡平と調和は個人の善意を越えて持続できます。

つまり、

衡平と調和が「人と人との善い関係」だとすれば、有機的組織とは、その善い関係を社会の仕組みとして持続させるもの

と整理できます。

日本国憲法の統治機構を「有機的組織」として読み直す

この視点から日本国憲法を見ると、国会、内閣、裁判所、地方自治をそれぞれ別々の統治制度として見るだけでは不十分です。

基本的人権という共通の目的を実現するために、立法、行政、司法、地方自治が互いに役割を分担し、権力を抑制し、市民が参加し、侵害された権利を回復できる一つの仕組みとして見ることができます。

基本的人権が「どのような平和を実現するのか」を示し、国会・行政・司法・地方自治が「その平和をどう持続させるのか」を担う。

この意味で、日本国憲法の統治機構は、積極的平和を一時的な理想ではなく、社会の中で繰り返し実現し続けるための「有機的組織」として読み直すことができるのです。

「日本国憲法の統治機構を『有機的組織』として読み直す」をテーマに、基本的人権を実現し、積極的平和を持続させるために、国会、内閣・行政、裁判所、地方自治、市民参加が相互に関係する仕組みを説明した図解。最上部には『基本的人権を実現し、積極的平和を持続させるための制度のつながり』という副題があり、右上には白い鳩が描かれている。

左上では、『別々の制度として見るだけでは不十分』として、国会、内閣、裁判所、地方自治を個別の制度としてではなく、基本的人権を現実の社会で実現するための相互連関する仕組みとして読む必要があると説明している。国会議事堂、行政庁舎、裁判所、自治体、多様な市民のイラストが並び、統治機構全体が一人ひとりの権利を支える構造であることを示している。

中央上の『共通の目的』では、基本的人権の実現、心の平安・安定・満足、積極的平和の持続という三つの円が並び、これらが統治機構の共通目的として位置付けられている。基本的人権は単なる条文ではなく、尊厳、自由、平等、生活、参加を実際の社会で保障し、その結果として一人ひとりの心の平安・安定・満足を支え、積極的平和を持続させることにつながると表現している。

右上の『有機的組織とは』では、異なる機関が孤立せず、役割を分担し、相互に抑制・連携し、市民参加を受けながら、基本的人権を継続して実現する仕組みと説明している。盾、ネットワーク、天秤のアイコンを使い、権力の抑制、制度間の連携、公正な関係を象徴している。

中央の大きな関係図では、中心に『基本的人権 尊厳・自由・平等・生活・参加』という円を置き、その周囲に五つの主体を配置している。①国会・立法は、法律をつくる、予算を決める、行政を調査・監視する役割を担う。②内閣・行政は、社会保障、教育、労働、防災、環境、医療を実施し、権利を具体的な政策として実現する。③裁判所・司法は、権利侵害を救済し、違憲審査を行い、少数者の権利を守る。④地方自治は、地域の実情に応じて政策を行い、住民参加の場を支え、地域で平和を具体化する。⑤市民参加は、選挙、請願、意見表明、情報公開請求、監視、提案などを通して統治機構に働きかける。これらが双方向の矢印でつながり、権力を分散しながら互いに補完する構造を示している。

左中央の『権力を抑制し、権利を回復する流れ』では、市民が問題に気づく→地方自治や行政に訴える→議会が調査し制度を改善する→必要なら司法救済を受ける→制度が修正される、という流れを五段階で図示している。行政だけ、議会だけ、司法だけで完結するのではなく、市民の声が各制度を通りながら権利回復や再発防止につながることを表現している。

右中央の『憲法が与える基盤』では、第98条と第99条を紹介している。第98条については、憲法が最高法規であり、法律や行政の行為が憲法に従わなければならないことを、日本国憲法の本と盾のイラストで示している。第99条については、国務大臣、国会議員、裁判官、公務員などが憲法を尊重し擁護する義務を負うことを、公務員らが手を挙げて誓うイラストで表現している。これらが統治機構全体を基本的人権の実現という方向へ拘束する基盤になることを示している。

左下の『積極的平和との関係』では、四つの段階を横方向に示している。①基本的人権が保障される、②差別・貧困・排除・不透明さが減る、③参加・協力・信頼が育つ、④積極的平和が持続する、という流れである。家族、多様な市民、対話や握手、白い鳩と地球のイラストを用い、平和とは単に戦争がない状態ではなく、人が尊重され、参加でき、必要な支えを受けられる社会として制度化されることを表している。

右下の『この視点で読み直すと』では、『基本的人権がどのような平和を実現するのかを示し、国会・行政・司法・地方自治がその平和をどう持続させるのかを担う』と説明している。さらに、『日本国憲法の統治機構は、積極的平和を一時的な理想ではなく、社会の中で繰り返し実現し続けるための「有機的組織」として読み直すことができる』という結論が強調されている。

最下部には、『憲法は、私たち一人ひとりの尊厳を守り、ともに支え合い、平和に生きる社会をつくるための、つながり合う仕組みです。』というまとめが大きく配置されている。全体としてこの図は、日本国憲法の統治機構を、国会・行政・司法・地方自治が別々に存在する制度ではなく、基本的人権という共通目的のために相互に抑制・補完し、市民参加を受けながら権利を回復・改善し続ける『有機的組織』として捉え、積極的平和を制度として持続させる仕組みを可視化したインフォグラフィック。」

平和学の積極的平和と政府の「積極的平和主義」は異なる

ここまで述べてきた「積極的平和」は、日本政府が掲げてきた**「国際協調主義に基づく積極的平和主義」**と同じものではありません。

言葉がよく似ているため混同されやすいのですが、出発点となる問題意識も、平和を判断する基準も異なります。

「『平和学の積極的平和と政府の「積極的平和主義」は異なる』をテーマに、ヨハン・ガルトゥングのPositive Peaceと、日本政府のProactive Contribution to Peaceを比較した詳細なインフォグラフィック。最上部には、『似ている言葉でも、出発点・目的・平和を判断する基準は異なる』という副題があり、両者の違いを単純な軍事・非軍事の対立ではなく、平和を何によって評価するかという視点から整理している。**

左上の第1欄『はじめに:似ている言葉でも、考え方は異なる』では、ガルトゥングの積極的平和を緑色の枠で『Positive Peace』、日本政府の積極的平和主義を青色の枠で『Proactive Contribution to Peace』と示している。ガルトゥング側は『平和とはどのような状態かを問う平和学上の概念』、政府側は『日本が安全と国際的安定へより能動的に関与する国家安全保障政策上の原則』として整理されている。下部には、両者の違いは平和を積極的につくろうとする姿勢の有無ではなく、『何をもって平和と判断するか』にあると強調されている。

右上の第2欄『比較表』では、ガルトゥングの積極的平和、日本政府の積極的平和主義、違いの核心を10項目で比較している。英語ではPositive PeaceとProactive Contribution to Peaceを区別し、前者のpositiveは平和の状態、後者のproactiveは能動的に関与する姿勢を意味すると示している。位置付けでは、ガルトゥングは平和学上の概念、日本政府は国家安全保障政策の原則。出発点では、暴力がなぜ人の可能性を奪うのかを問う立場と、日本と国際社会の安全をどう確保するかを問う立場を対比している。さらに求めるものでは、ガルトゥングは構造的暴力を減らし衡平・調和・尊厳・参加・協力を育てること、政府は国際社会の平和・安定・繁栄、法の支配、国際協力、安全保障環境の改善を目指すことを示している。軍事力については、ガルトゥング側は軍事力の増減自体では積極的平和を判断せず、直接的・構造的暴力がどう変化したかを問うのに対し、政府側は防衛力、抑止力、同盟、安全保障協力を平和と安全を確保する手段に含めると整理している。人権については、ガルトゥング側では平和そのものを構成する中心条件、政府側では普遍的価値として維持・擁護するものとし、成功の判断では『暴力・支配・差別・欠乏が減ったか』と『日本の安全や国際秩序が確保されたか』を対比している。

左中央の第3欄『防衛力が強くなれば、積極的平和になるわけではない』では、防衛予算、基地、周辺住民、病院・医療、学校・教育、環境、国会・議会などのアイコンを並べ、防衛力の強化が直接的暴力の抑止によって消極的平和へ寄与する可能性はあっても、それだけでは積極的平和とは判断できないと説明している。平和学からは、誰が利益を得るのか、誰が費用を負担するのか、誰が危険を引き受けるのか、基地周辺住民への負担はどうか、福祉・教育・医療・環境への影響はどうか、市民が意思決定に参加できるか、といった社会関係全体を検証する必要があると示している。欄の下には『平和学が問うのは、兵器の数だけではなく、安全保障政策によって生まれる社会関係そのもの』という趣旨が示されている。

中央の第4欄『「自国民を守る」だけでは積極的平和を判断できない』では、日本の市民と他国の市民を左右に配置し、中央に双方向の矢印を描いている。国家安全保障政策では自国民の生命、安全、領土の保護が重要だが、積極的平和では、日本側の安全を高める政策によって相手国の一般市民の生命や生活が危険にさらされないかも評価対象になることを示している。相手国の政府と相手国の市民を同一視せず、『相手国の市民もまた、恐怖と欠乏から免れ、生命と尊厳を守られるべき人間である』という視点が必要だと表現している。

右中央の第5欄『抑止が成功したか、だけでは足りない』では、上段に向かい合う戦車を描き、『緊張のバランス(消極的平和の側面)』として、戦争が回避されていても、恐怖、不信、軍拡競争、情報統制、相互の非人間化などが残る場合があることを示している。下段には、テーブルを囲んで対話する人びと、握手、市民交流などを描き、『関係の変容(積極的平和の目指す姿)』として、重要なのは戦争を起こさないことに加え、戦争を必要としない関係へ変えていくことだと説明している。

左下の第6欄『人権を守るための武力だからこそ、人権によって制限されなければならない』では、人権を守るという目的、非軍事的手段の検討、武力行使の範囲、一般市民への被害、相手国市民の人権、継続の必要性、停止判断などを問いとして配置している。中央には『人権を守るため』という言葉が、武力を制限する理由にも拡大する理由にもなり得ることへの警告が示されている。だからこそ人権は、自衛権を認める根拠であるだけでなく、自衛権の方法、範囲、期間、継続を制限し、必要なら停止させる基準でなければならないと整理している。

右下の第7欄『積極的平和の視点から安全保障を評価するための基準』では、直接的暴力は減ったか、構造的暴力は減ったか、文化的暴力は弱まったか、衡平は高まったか、調和や対話の可能性は広がったか、情報公開と説明責任は確保されているか、少数派を含む議会統制は機能しているか、市民が異議を申し立てられるか、司法が実質的に審査できるか、武力行使を開始する制度だけでなく停止する制度もあるか、という評価項目がアイコンとともに並べられている。下部には『安全保障は民主主義や人権の外側に置かれてはならない』という趣旨が強調されている。

最下部のまとめでは、左側の青い枠に『政府の積極的平和主義』として、日本が外交、防衛、同盟、国際協力などを通じて、より能動的に安全保障と国際社会の平和・安定へ関与する政策原則と整理している。右側の緑の枠には『平和学の積極的平和』として、直接的暴力だけでなく、構造的暴力や文化的暴力を減らし、人と人、集団と集団、国家と国家の間に、より衡平で調和した関係をつくることと示している。その下には、平和学の積極的平和は政府の積極的平和主義を単純に否定する概念ではなく、政府が『平和のため』として行う政策が、本当に平和を生み出しているのかを検証するための物差しになると大きくまとめている。最後に、『人権を守るために自衛権を認めるなら、人権こそがその方法・範囲・期間・継続を制限し、必要なら停止させる基準にもならなければならない』という結論が示されている。」

そもそも英語を見ると、その違いが分かりやすくなります。

ガルトゥングの「積極的平和」は、

Positive Peace

です。

一方、日本政府がいう「積極的平和主義」は、公式には、

Proactive Contribution to Peace

と表現されています。

つまり、政府の「積極的」はpositiveではなく、proactive=より主体的・能動的に平和へ貢献するという意味です。

政府の「積極的平和主義」は、日本自身の安全を確保するとともに、国際社会の平和・安定・繁栄へ日本がより積極的に関与するという国家安全保障政策上の原則です。

これに対してガルトゥングの積極的平和は、そもそも**「平和とはどのような状態なのか」**を問う平和学上の概念です。

ガルトゥングは、戦争などの直接的暴力がないだけでは平和として十分ではないと考え、社会構造の中に組み込まれた不平等や抑圧によって、人が本来可能であった生存、健康、自由、能力の発揮を妨げられる状態を「構造的暴力」として捉えました。後には、直接的暴力や構造的暴力を正当化する文化的暴力という概念も提示しています。

したがって、両者の違いは、「平和を積極的につくろうとしているかどうか」ではありません。

何をもって平和と判断するのかが違うのです。

平和学の積極的平和と政府の積極的平和主義の比較

「『平和学の積極的平和と政府の積極的平和主義の比較』をテーマにした詳細なインフォグラフィック。全体は、ガルトゥングの平和学における『積極的平和(Positive Peace)』と、日本政府の『積極的平和主義(Proactive Contribution to Peace)』の違いを、表と要点整理で比較する構成になっている。最上部には大きく『平和学の積極的平和と政府の積極的平和主義の比較』というタイトルがあり、その下に『似ている言葉でも、出発点・目的・評価基準は異なる』という副題が示されている。左上には白い鳩と本のイラストがあり、右上には地球と人びと、国会議事堂風の建物のイラストがある。中央には左右を向いた矢印と丸い“VS.”マークがあり、左側の緑の枠に『ガルトゥングの「積極的平和」は Positive Peace』、右側の青い枠に『日本政府の「積極的平和主義」は Proactive Contribution to Peace』と大きく表示されている。さらにその下の黄色い帯には、『違いは、どちらが「積極的」かではなく、何をもって平和と判断するかにある』という要点が強調されている。**

中央の大きな比較表は4列構成で、左から『比較する視点』『ガルトゥングの「積極的平和」』『日本政府の「積極的平和主義」』『違いの核心』と並んでいる。各行の左端には、それぞれの比較項目を示す小さなアイコンが付いている。1行目『英語』では、ガルトゥング側が『Positive Peace』、政府側が『Proactive Contribution to Peace』であり、違いの核心として『positiveは「平和の状態」、proactiveは「能動的に関与する姿勢」を表す』と説明されている。2行目『理論上の位置付け』では、ガルトゥング側は『平和とは何かを考える平和学上の概念』、政府側は『日本の国家安全保障政策の基本原則』であり、違いの核心として『一方は平和の定義、他方は国家の政策方針』と整理されている。3行目『出発点』では、ガルトゥング側が『暴力はなぜ生まれ、人の可能性を奪うのか』、政府側が『日本と国際社会の安全をどう確保するか』であり、『人間・社会関係から見るか、国家安全保障から見るか』という違いが示されている。4行目『平和の最低条件』では、ガルトゥング側が『戦争・殺傷など直接的暴力がない「消極的平和」』、政府側が『日本への脅威を抑止し、安全を確保する』であり、『直接的暴力の不在と国家安全保障は重なるが同一ではない』とまとめられている。

5行目『さらに求めるもの』では、ガルトゥング側は『構造的暴力を減らし、衡平、調和、尊厳、参加、協力を育てる』、政府側は『国際社会の平和・安定・繁栄、法の支配、国際協力、安全保障環境の改善』であり、『積極的平和は社会関係の質そのものを問う』という違いが示されている。6行目『暴力を見る単位』では、ガルトゥング側は『個人、集団、制度、国家、国際社会まで広く見る』、政府側は『主として国家安全保障と国際秩序から見る』であり、『国家だけでなく社会内部の不平等も暴力として問うか』という違いが説明されている。7行目『構造的暴力』では、ガルトゥング側は『中心的な検討対象』、政府側は『貧困・人権・開発等は政策対象になるが「構造的暴力」が安全保障政策の基本概念ではない』と書かれ、『同じ社会問題を扱っても分析枠組みが異なる』ことが示されている。8行目『軍事力』では、ガルトゥング側が『軍事力の増減それ自体では積極的平和を判断しない。直接的・構造的暴力をどう変化させるかを問う』、政府側が『防衛力、抑止力、日米同盟、安全保障協力を平和と安全を確保する手段に含める』と整理され、『軍事力が「平和を生む手段」として政策体系に位置付くかどうか』という違いが示されている。9行目『抑止』では、ガルトゥング側は『抑止によって戦争が止まっていても、恐怖、支配、敵対関係が残れば積極的平和とは限らない』、政府側は『必要な抑止力を強化し、脅威を防ぐことを安全保障上の重要な手段とする』であり、『戦争を止めることと、善い関係をつくることを区別するか』という点が違いとして示されている。10行目『同盟』では、ガルトゥング側は『同盟の存在そのものではなく、そこに生じる権力関係や相互利益を検証する』、政府側は『日米同盟を安全保障政策の基軸として強化する』とされ、『同盟を所与の安全保障手段とするか、関係の衡平性まで問うか』とまとめられている。

11行目『人権』では、ガルトゥング側は『平和そのものを構成する中心的条件』、政府側は『普遍的価値として安全保障政策でも維持・擁護する』であり、『共通部分はあるが、積極的平和では人権の実現そのものが平和の尺度になる』と説明されている。12行目『対立への対応』では、ガルトゥング側が『対話、脱分極化、支配関係の改善、トラウマへの対応、双方の必要を満たす関係への転換を重視』、政府側が『外交、国際協力に加え、抑止、防衛、同盟、制裁、安全保障協力など複数の手段を用いる』であり、『コンフリクトそのものを変容させるか、脅威を管理・抑止するか』という違いが示されている。13行目『主な主体』では、ガルトゥング側は『市民、地域社会、制度、国家、国際社会』、政府側は『日本政府、自衛隊、同盟国、友好国、国際機関など』であり、『市民を平和の主体としてどこまで位置付けるか』が違いとして整理されている。14行目『成功の判断』では、ガルトゥング側が『暴力・支配・差別・欠乏が減り、衡平・調和・参加・信頼・協力が増えたか』、政府側が『日本の安全、抑止力、地域の安定、国際秩序、国際社会への貢献が確保されたか』であり、『国家が安全かと、人と社会の関係が平和かは一致するとは限らない』と説明されている。15行目『最終的な問い』では、ガルトゥング側が『人はより自由に、尊厳をもって、対等な関係の中で生きられるようになったか』、政府側が『日本と国際社会の安全保障環境は改善したか』であり、『人間中心の平和と国家安全保障中心の政策との違い』としてまとめられている。

表の下には三つの要約ボックスが並んでいる。左の緑色のボックスは『平和学の積極的平和』で、箇条書きとして『直接的暴力だけでなく、構造的暴力・文化的暴力も問う』『衡平、調和、尊厳、参加、協力を重視』『政策がどんな人間関係・社会構造を生むかを評価する』と書かれている。中央の青色のボックスは『政府の積極的平和主義』で、『外交、防衛、同盟、国際協力を通じて安全と安定に積極的に関与』『法の支配、人権、国際協力も重視する』『国家安全保障と国際秩序の維持を重視する』と整理されている。右の黄色のボックスは『この表から分かること』で、『「ガルトゥング=非軍事、日本政府=軍事」と単純化するのは正確ではない』『政府側にも外交・PKO・難民支援・法の支配・人権など非軍事的要素がある』『ただし政府側は防衛力・抑止力・同盟も平和と安全の手段として位置付ける』とまとめられている。

さらにその下の大きな紫色の見出しには『より正確な違い』とあり、その左右に大きな要点ボックスが置かれている。左の緑のボックスでは『政府の積極的平和主義は、「国家がどのような手段によって安全と国際的安定へ積極的に貢献するか」を問う』と書かれている。右の青いボックスでは『平和学の積極的平和は、その政策によって、実際にどのような人間関係・社会構造・権力関係が生まれるのかを問う』と書かれている。二つのボックスの間には左右矢印があり、両者の違いが一目でわかる構成になっている。

最下部の濃い帯には、『つまり、両者の違いは「平和のために動くかどうか」ではなく、「何をもって平和と評価するか」にある。』という結論が大きく示され、右端には白い鳩のイラストが添えられている。全体としてこの画像は、ガルトゥングの積極的平和と日本政府の積極的平和主義を、英語表現、理論的位置付け、出発点、暴力観、軍事力の位置付け、人権、対立への対応、主体、成功基準など多面的に比較し、両者は似た言葉でも、本質的には『平和そのものをどう定義し、どう評価するか』という軸が異なることを丁寧に説明した図解である。」
比較する視点ガルトゥングの「積極的平和」日本政府の「積極的平和主義」違いの核心
英語Positive PeaceProactive Contribution to Peacepositiveは「平和の状態」、proactiveは「能動的に関与する姿勢」を表す
理論上の位置付け平和とは何かを考える平和学上の概念日本の国家安全保障政策の基本原則一方は平和の定義、他方は国家の政策方針
出発点暴力はなぜ生まれ、人の可能性を奪うのか日本と国際社会の安全をどう確保するか人間・社会関係から見るか、国家安全保障から見るか
平和の最低条件戦争・殺傷など直接的暴力がない「消極的平和」日本への脅威を抑止し、安全を確保する直接的暴力の不在と国家安全保障は重なるが同一ではない
さらに求めるもの構造的暴力を減らし、衡平、調和、尊厳、参加、協力を育てる国際社会の平和・安定・繁栄、法の支配、国際協力、安全保障環境の改善積極的平和は社会関係の質そのものを問う
暴力を見る単位個人、集団、制度、国家、国際社会まで広く見る主として国家安全保障と国際秩序から見る国家だけでなく社会内部の不平等も暴力として問うか
構造的暴力中心的な検討対象貧困、人権、開発等は政策対象になるが「構造的暴力」が安全保障政策の基本概念ではない同じ社会問題を扱っても分析枠組みが異なる
軍事力軍事力の増減それ自体では積極的平和を判断しない。直接的・構造的暴力をどう変化させるかを問う防衛力、抑止力、日米同盟、安全保障協力を平和と安全を確保する手段に含める軍事力が「平和を生む手段」として政策体系に位置付くかどうか
抑止抑止によって戦争が止まっていても、恐怖、支配、敵対関係が残れば積極的平和とは限らない必要な抑止力を強化し、脅威を防ぐことを安全保障上の重要な手段とする戦争を止めることと、善い関係をつくることを区別するか
同盟同盟の存在そのものではなく、そこに生じる権力関係や相互利益を検証する日米同盟を安全保障政策の基軸として強化する同盟を所与の安全保障手段とするか、関係の衡平性まで問うか
人権平和そのものを構成する中心的条件普遍的価値として安全保障政策でも維持・擁護する共通部分は大きいが、積極的平和では人権の実現そのものが平和の尺度になる
対立への対応対話、脱分極化、支配関係の改善、トラウマへの対応、双方の必要を満たす関係への転換を重視外交、国際協力に加え、抑止、防衛、同盟、制裁、安全保障協力など複数の手段を用いるコンフリクトそのものを変容させるか、脅威を管理・抑止するか
主な主体市民、地域社会、制度、国家、国際社会日本政府、自衛隊、同盟国、友好国、国際機関など市民を平和の主体としてどこまで位置付けるか
成功の判断暴力・支配・差別・欠乏が減り、衡平、調和、参加、信頼、協力が増えたか日本の安全、抑止力、地域の安定、国際秩序、国際社会への貢献が確保されたか「国家が安全か」と「人と社会の関係が平和か」は一致するとは限らない
最終的な問い人はより自由に、尊厳をもって、対等な関係の中で生きられるようになったか日本と国際社会の安全保障環境は改善したか人間中心の平和と国家安全保障中心の政策との違い

この表から分かるように、両者を単純に、

ガルトゥング=非軍事、日本政府=軍事

と二分するのは正確ではありません。

政府の「積極的平和主義」にも、外交、国際協力、国連PKO、難民支援、復興支援、軍縮・不拡散、法の支配、人権など非軍事的な政策が含まれています。

一方で、政府の国家安全保障戦略は、防衛力の強化、必要な抑止力、日米同盟、安全保障協力なども、平和と安全を確保するための重要な手段として明確に位置付けています。

したがって、より正確な違いは、

政府の積極的平和主義は「国家がどのような手段によって安全と国際的安定へ積極的に貢献するか」を問う。

これに対して、

平和学の積極的平和は「その政策によって、実際にどのような人間関係、社会構造、権力関係が生まれるのか」を問う。

という違いです。

防衛力が強くなれば、積極的平和になるわけではない

この違いは、防衛政策を見ると特に明確になります。

防衛力を強化した結果、他国からの攻撃を抑止できるのであれば、直接的暴力を防ぐという意味では消極的平和に寄与する可能性があります。

しかし、それだけをもって平和学上の積極的平和が実現したとは言えません。

その政策によって、

誰が利益を得るのか。

誰が費用を負担するのか。

誰が危険を引き受けるのか。

を問う必要があります。

さらに、基地の周辺住民にはどのような負担が生じるのか。防衛予算の増大によって、福祉、教育、医療、環境など他の政策にどのような影響が生じるのか。安全保障政策の意思決定に市民はどの程度参加できるのか。

こうした問題まで含めて検証しなければなりません。

平和学が問うのは、兵器の数だけではありません。

安全保障政策によって生まれる社会関係そのものなのです。

「自国民を守る」だけでは積極的平和を判断できない

もう一つ重要なのは、国境の外側にいる人々です。

国家安全保障政策では、第一義的には自国民の生命、安全、領土を守ることが重要になります。

しかし、積極的平和の視点に立てば、それだけでは足りません。

日本側の安全を高める政策によって、相手国の一般市民の生命や生活が危険にさらされるなら、その被害も平和の評価に含める必要があります。

相手国の政府と、そこで暮らしている市民を同一視してはなりません。

国家間に深刻な対立があったとしても、

相手国の市民もまた、恐怖と欠乏から免れ、生命と尊厳を守られるべき人間である

という視点が必要です。

積極的平和とは、「こちら側だけが安全になれば完成する平和」ではないからです。

「『「自国民を守る」だけでは積極的平和を判断できない』をテーマに、国家安全保障と積極的平和の違いを、人間の生命・尊厳・生活という視点から整理したインフォグラフィック。最上部には『国家安全保障と積極的平和の違いを、人間の生命・尊厳・生活から考える』という副題があり、地球と多様な市民のイラストが配置されている。**

第1欄『導入|なぜこの視点が必要か』では、国家の安全保障政策は第一義的に自国民の生命・安全・領土を守ることを目指す一方、積極的平和の視点からは『それだけでは十分ではない』と示している。中央に日本地図を置き、左側に盾で守られた『自国民の保護』、右側に『隣国・周辺地域の市民』を配置し、こちら側の安全だけでは平和を正しく評価できないことを警告している。

第2欄『対比|国家安全保障の視点と積極的平和の視点』では、青色の国家安全保障の視点と、緑色の積極的平和の視点を比較している。国家安全保障では、第一義的に自国民の生命・安全・領土を守ること、脅威を抑止すること、自国の安全保障環境を改善することを重視する。これに対して積極的平和では、自国民だけでなく相手国の一般市民の生命・生活・尊厳も見ること、政策が生み出す被害や不平等も評価すること、恐怖や欠乏を減らし、より衡平で調和した関係を目指すことを示している。下部には『違いは、何を平和の評価対象に含めるかにある』と強調されている。

第3欄『図解|どこまでを「平和」の評価に含めるのか』では、中央に『安全保障政策』を置き、その周囲に五つの評価項目を配置している。自国民の安全として生命・身体・財産が守られているか、相手国の一般市民への影響として生命・生活・尊厳にどのような影響があるか、周辺地域の緊張として軍事的緊張や不安を高めていないか、生活・経済への影響として戦争や緊張が人びとの生活や経済活動に与える影響はどうか、将来の対話可能性として将来も対話や協力・和解が可能な関係を残せるか、という視点が矢印で示されている。下部には、積極的平和は一方の安全が高まる一方で他者に危険や被害を押し付けていないかまで問う視点であるとまとめている。

第4欄『強調|相手国の政府と市民を同一視してはならない』では、左側に『相手国の政府』、右側に『相手国の市民』を配置し、中央に大きな「≠」記号を置いている。相手国政府については、国家の政策や軍事行動を担う存在、対立や緊張の当事者となることがある、政策の批判や交渉の対象であると説明している。一方、相手国の市民については、戦争や対立を望んでいるわけではない、恐怖や欠乏の中で日常を暮らしている、生命・生活・尊厳を守られるべき人間であると整理している。下部には『相手国の市民もまた、恐怖と欠乏から免れ、生命と尊厳を守られるべき人間である』というメッセージが強調されている。

第5欄『具体例|積極的平和が問うこと』では、安全保障政策を評価するときの五つの具体的な問いを示している。①日本側の安全を高める政策によって、相手国の一般市民の生命や生活が危険にさらされていないか。②軍事的緊張の高まりによって、双方の恐怖や不信が増えていないか。③一部の人だけが守られ、他の人に危険や負担が押し付けられていないか。④対話や和解の可能性が狭まっていないか。⑤人間の尊厳という基準から見て、その政策は正当化できるか。各項目には、被害を受ける市民、軍事的緊張、天秤、対話の断絶、ハートを支える手などのイラストが添えられている。

第6欄『中心メッセージ|積極的平和とは何か』では、積極的平和は『こちら側だけが安全になれば完成するものではない』と強調し、暴力・恐怖・欠乏・支配・排除を減らし、双方の人びとが尊厳をもって生きられる条件を築くことを目指すと説明している。下段には、生命、尊厳、恐怖からの自由、欠乏からの自由、衡平、公正、調和という要素がアイコンとともに並び、積極的平和は『安全』だけでなく『よく生きられる社会と関係の質』を重視する平和の考え方だとまとめている。

第7欄『まとめ』では、地球を囲む多様な市民、白い鳩、握手のイラストとともに、『積極的平和とは、「こちら側だけが安全になればよい」という考えを超え、国境の内外を問わず、人びとの生命・生活・尊厳を平和の評価基準に含める考え方である』と大きく示している。最下部には、『国家の安全だけでなく、人間の安全と関係の質を問うことが、積極的平和の視点である』という結論が配置されている。全体としてこの画像は、国家安全保障が自国民の安全を中心に考えるのに対し、積極的平和は相手国の一般市民を含むすべての人の生命・生活・尊厳、政策による被害や不平等、将来の対話や和解の可能性まで平和の評価対象に含める必要があることを説明した図解。」

平和学からは「抑止が成功したか」だけでなく、その関係を問う

抑止によって戦争が起きなかったとしても、それだけで積極的平和とは限りません。

双方が大量の軍事力を向け合い、

「攻撃すれば壊滅させる」

という恐怖によって戦争を思いとどまっている場合、直接的暴力は起きていないため、消極的平和は成立しているかもしれません。

しかし、その関係に、

敵意、恐怖、不信、軍拡競争、経済的負担、情報統制、相互の非人間化

が拡大しているのであれば、積極的平和から見れば問題は残っています。

重要なのは、

戦争を起こさないこと

と同時に、

戦争を必要としない関係へ変えていくこと

です。

ここに消極的平和と積極的平和の違いがあります。

「『平和学からは「抑止が成功したか」だけでなく、その関係を問う』をテーマに、抑止によって戦争が起きていない状態と、積極的平和が築かれている状態との違いを説明したインフォグラフィック。全体の副題は『戦争が起きていないことと、平和が築かれていることは同じではない』。青・緑・赤を基調に、5つの欄で構成されている。**

第1欄『出発点』では、左に青い旗の国家・軍事ブロックA、右に赤い旗の国家・軍事ブロックBが描かれ、両側に戦車、ミサイル車両、兵士、都市のシルエットが並んでいる。中央には大きく『戦争は起きていない』と書かれた白いボックスがあり、その下に白い鳩のイラストとともに『直接的暴力は発生していない → 消極的平和の可能性』と示されている。左下には『抑止によって戦争が起きなかったとしても、それだけで積極的平和とは限らない』、右下には『直接的暴力が起きていない状態は重要であり、これは「消極的平和」に対応する』という説明がある。戦争が起きていないこと自体は重要だが、それだけでは平和の全体像は分からないという出発点を示している。

第2欄『抑止で保たれた状態』では、大きな見出し『抑止による平和』の下に、左右から大量のミサイル、戦車、監視塔、レーダー、兵士が向かい合う緊張状態が描かれている。中央には赤い吹き出しで『攻撃すれば壊滅させる』とあり、その下に感嘆符の警告マークが付いている。欄の下部には4つの赤い警告ボックスがあり、左から順に『大量の軍事力を向け合う』『壊滅への恐怖が常に存在』『結果として戦争は起きていない』『恐怖による均衡で関係は改善せず』と説明している。最下段には赤地に白文字で『戦争が止まっていても、関係が善くなったとは限らない』と強調されている。抑止は戦争を止めることがあっても、関係そのものを改善するとは限らないことを可視化している。

第3欄『平和学が問う問題』では、緑色の枠の中に、積極的平和の視点から見たときに残りうる問題が7項目並んでいる。1つ目『敵意』は『相手を常に脅威として見る』、2つ目『恐怖』は『壊滅への不安が続き、安心して暮らせない』、3つ目『不信』は『対話よりも疑いが強まり、協力が進まない』、4つ目『軍拡競争』は『さらに強い力を求め続け、終わりがない』、5つ目『経済的負担』は『軍事費の増大が、社会保障や暮らしにしわ寄せ』、6つ目『情報統制』は『安全保障を理由に情報が閉ざされ、自由が制限』、7つ目『相互の非人間化』は『相手を尊厳ある人間として見にくくなる』と説明されている。欄の上部には『積極的平和から見ると、直接的暴力がなくても問題は残りうる』とあり、平和学が戦争の有無だけでなく、関係の質まで問うことを示している。

第4欄では、『消極的平和』と『積極的平和』の違いを対比している。左の青いボックス『消極的平和』には、『戦争や直接的暴力が起きていない』『生命を守る最低条件』『ただし、恐怖や敵対関係が残ることがある』という3点が箇条書きされている。中央にはベージュ色のボックスで『違い:「暴力がない」ことと、「善い関係が育つ」ことは同じではない』と大きく書かれている。右の緑色のボックス『積極的平和』には、『戦争を必要としない関係へ変えていく』『信頼、対話、協力、公正を育てる』『暴力を生み出す条件そのものを減らす』と示されている。消極的平和が暴力の不在を意味するのに対し、積極的平和は関係の改善と社会条件の変化を意味することを分かりやすく整理している。

第5欄『目指すべき方向』では、左から右へ5段階の流れが矢印で示されている。最初の箱『恐怖による抑止』には、有刺鉄線と監視塔の絵とともに『壊滅への恐怖で均衡』とある。次の箱『対話』には、向かい合って話す二人のイラストと『対話の扉を開く』という説明がある。3つ目の箱『信頼醸成』には、握手する二人とハートのマークがあり、『小さな協力を積み重ねる』と書かれている。4つ目の箱『軍縮・緊張緩和』には、白い鳩とミサイルが減っていく図があり、『軍備を減らし、緊張を和らげる』と示されている。5つ目の箱『協力・共生』には、人びと、建物、地球のイラストがあり、『共に未来をつくり、持続可能な関係へ』と書かれている。右端の説明欄には、『重要なのは「戦争を起こさないこと」と同時に、「戦争を必要としない関係へ変えていくこと」である。ここに消極的平和と積極的平和の違いがある。』とまとめられている。

最下部の濃い青の帯には、左に白い鳩、右に三人の人物アイコンがあり、中央に大きく『平和学が問うのは、抑止が成功したかだけではない。恐怖と敵意に依存しない関係へ変えられているか、という点である。』と書かれている。全体としてこの画像は、抑止によって戦争が起きていない状態は消極的平和として重要だが、それだけでは十分ではなく、敵意、恐怖、不信、軍拡競争、経済的負担、情報統制、相互の非人間化を減らし、対話、信頼、軍縮、協力、共生へ進むことで、初めて積極的平和に近づくのだという平和学の視点を図解したものである。」

人権を守るための武力だからこそ、人権によって制限されなければならない

そして、最も重要なのが人権との関係です。

「人権を守るため」という言葉は、武力を制限する理由にも、武力を行使する理由にも使われます。

自国民の生命を守るために自衛権が必要だ、という論理は成立します。

しかし、その論理だけで武力行使を正当化すれば、

人権を守るためなら、どこまで武力を拡大してもよい

という逆転が起こる危険があります。

だからこそ、人権は自衛権を認める根拠であるだけではなく、自衛権を制限する基準でもなければなりません。

問うべきなのは、

目的は本当に人命を守るためなのか。

他に非軍事的手段はないのか。

武力行使の範囲は必要最小限なのか。

一般市民への被害はどう防ぐのか。

相手国の市民の人権も考慮されているのか。

武力行使を開始した後、誰が継続の必要性を審査するのか。

状況が変わったとき、誰が停止を命じられるのか。

ということです。

「『人権を守るための武力だからこそ、人権によって制限されなければならない』をテーマにした日本語インフォグラフィック。上部には大きく同名のタイトルがあり、その下に『自衛権を認める根拠としての人権は、同時にその方法・範囲・継続を制限する基準でもある。』という副題が置かれている。全体は青・緑を基調にした教育的な図解で、1から7までの番号付き欄で構成されている。**

第1欄『出発点』では、左側に緑色の盾と家族のイラストを添えて『人権・生命・安全』、右側に青色の盾と白い鳩、自衛隊員や艦船のイラストを添えて『武力・自衛権』と示している。本文では、『「人権を守るため」という言葉は、武力を制限する理由にも、武力を行使する理由にも使われる』こと、自国民の生命を守るために自衛権が必要だという論理には一定の説得力があることを説明している。人権と安全保障が無関係ではなく、出発点として結び付いていることを示した欄である。

第2欄『危険な逆転』では、赤い警告マークとともに『「人権を守るためなら、どこまで武力を拡大してもよい」という逆転が起こる危険』と大きく書かれている。欄の下部左には緑色の枠で『本来の目的:人権を守る』とあり、手のひらの上に立つ人びとのイラストが描かれている。右には青色の枠で『逆転した状態:人権を理由に制約なき武力拡大』とあり、戦車や戦闘機のイラストが置かれている。中央に左右矢印があり、本来は人権保護のための論理が、無制限の武力拡大の口実へ転化してしまう危険を示している。欄の最下部には『人権が武力拡大の無限定な免罪符になってはならない。』という趣旨の説明がある。

第3欄『核心』では、上部に『人権は、自衛権を認める根拠であるだけでなく、自衛権を制限する基準でもなければならない』と大きく示されている。中央には天秤の図があり、左の緑の皿には『生命を守る必要』、右の青い皿には『武力行使の制限』と書かれている。下部には『「認める」と「縛る」の両方が必要。』というまとめがあり、自衛権を全面否定するのでも無制限に認めるのでもなく、人権の名において必要性と制限の両方を考えるべきだという核心部分を表している。

第4欄『問うべき7つの基準』では、七つの小さなボックスが横一列に並んでいる。1つ目は『目的は本当に人命を守るためなのか』で、的のアイコンとともに『目的の真正性。』とある。2つ目は『他に非軍事的手段はないのか』で、握手のアイコンとともに『外交・対話・制裁・避難・支援などの検討。』とある。3つ目は『武力行使の範囲は必要最小限なのか』で、棒グラフのアイコンとともに『過剰な拡大を防ぐ。』と示されている。4つ目は『一般市民への被害はどう防ぐのか』で、人びとのアイコンとともに『民間人保護。』と書かれている。5つ目は『相手国の市民の人権も考慮されているのか』で、地球を支える手のアイコンとともに『自国民だけでなく他者の人権。』とある。6つ目は『武力行使を開始した後、誰が継続の必要性を審査するのか』で、クリップボードのアイコンとともに『継続審査。』と示されている。7つ目は『状況が変わったとき、誰が停止を命じられるのか』で、停止マークの手のアイコンとともに『停止制度。』と書かれている。

第5欄『非軍事的手段の確認』では、『武力行使の前に、他の手段が尽くされたかを確認する必要がある。』という説明文がある。下には、順に『外交』『対話』『停戦仲介』『人道支援』『避難支援』『国際協力』『司法的手段(国際司法・裁判等)』の七つの非軍事的手段が、それぞれ地球、吹き出し、木づち、ハート、家、国際協力の人物、天秤のアイコン付きで並んでいる。最下部には『これらが十分に検討・実施されたことを、客観的に確認する。』という説明があり、武力が最後の手段であるべきことを示している。

第6欄『人権による統制の仕組み』では、左から右へ流れる形で六つの枠が並んでいる。最初は『人権保障の目的』、次が『必要性の審査』、次が『最小限性の確認』、次が『民間人保護』、次が『継続審査』、最後が紫色の枠で『停止判断』となっている。それぞれに家族、書類、天秤、人びと、チェック付きクリップボード、停止マークのアイコンが付いている。右側には『民主的統制の担保』という縦長の欄があり、『情報公開』『国会統制』『司法審査』『市民による監視』の四項目が、本、国会議事堂、天秤、人のアイコンとともに整理されている。欄の下部には『武力行使は、常に民主的統制の下になければならない。』と記されている。

第7欄『まとめ』では、左に白い鳩、右に地球と多様な家族のイラストが配置され、中央に大きく『人権を守るために自衛権を認めるなら、人権こそがその方法・範囲・期間・継続を制限し、必要なら停止させる基準にもならなければならない。』とまとめている。その下には『平和と人権の両立には、目的だけでなく、手段と統制を問う視点が必要。』という補足がある。全体としてこの図は、人権保護を理由に自衛権や武力行使を認める場合でも、人権は単なる正当化根拠ではなく、その必要性、非軍事的代替手段、最小限性、民間人保護、継続審査、停止制度、情報公開、国会統制、司法審査、市民監視といった厳格な制限と民主的統制の基準でなければならないことを、7つの欄で整理して示したインフォグラフィックである。」

積極的平和から見れば、軍事にも衡平・透明性・市民統制が必要になる

この視点に立つと、安全保障政策にも平和学で考えてきた衡平や調和の基準を適用する必要があります。

たとえば、

利益と負担は一部の地域や人々に集中していないか。

政策判断に必要な情報は公開されているか。

国会の多数派だけでなく、少数派にも検証する権限があるか。

市民が異議を申し立てることができるか。

司法が実質的に審査できるか。

武力行使を開始する制度だけでなく、停止する制度も存在するか。

という問いです。

安全保障だけを、民主主義や人権の外側に置いてはなりません。

むしろ、人命に最も重大な影響を与える政策だからこそ、通常の行政以上に厳しい情報公開、説明責任、議会統制、司法審査、市民による監視が必要です。

「『人権を守るための武力だからこそ、人権によって制限されなければならない』をテーマにした日本語インフォグラフィック。上部には大きく同名のタイトルがあり、その下に『自衛権を認める根拠としての人権は、同時にその方法・範囲・継続を制限する基準でもある。』という副題が置かれている。全体は青・緑を基調にした教育的な図解で、1から7までの番号付き欄で構成されている。**

第1欄『出発点』では、左側に緑色の盾と家族のイラストを添えて『人権・生命・安全』、右側に青色の盾と白い鳩、自衛隊員や艦船のイラストを添えて『武力・自衛権』と示している。本文では、『「人権を守るため」という言葉は、武力を制限する理由にも、武力を行使する理由にも使われる』こと、自国民の生命を守るために自衛権が必要だという論理には一定の説得力があることを説明している。人権と安全保障が無関係ではなく、出発点として結び付いていることを示した欄である。

第2欄『危険な逆転』では、赤い警告マークとともに『「人権を守るためなら、どこまで武力を拡大してもよい」という逆転が起こる危険』と大きく書かれている。欄の下部左には緑色の枠で『本来の目的:人権を守る』とあり、手のひらの上に立つ人びとのイラストが描かれている。右には青色の枠で『逆転した状態:人権を理由に制約なき武力拡大』とあり、戦車や戦闘機のイラストが置かれている。中央に左右矢印があり、本来は人権保護のための論理が、無制限の武力拡大の口実へ転化してしまう危険を示している。欄の最下部には『人権が武力拡大の無限定な免罪符になってはならない。』という趣旨の説明がある。

第3欄『核心』では、上部に『人権は、自衛権を認める根拠であるだけでなく、自衛権を制限する基準でもなければならない』と大きく示されている。中央には天秤の図があり、左の緑の皿には『生命を守る必要』、右の青い皿には『武力行使の制限』と書かれている。下部には『「認める」と「縛る」の両方が必要。』というまとめがあり、自衛権を全面否定するのでも無制限に認めるのでもなく、人権の名において必要性と制限の両方を考えるべきだという核心部分を表している。

第4欄『問うべき7つの基準』では、七つの小さなボックスが横一列に並んでいる。1つ目は『目的は本当に人命を守るためなのか』で、的のアイコンとともに『目的の真正性。』とある。2つ目は『他に非軍事的手段はないのか』で、握手のアイコンとともに『外交・対話・制裁・避難・支援などの検討。』とある。3つ目は『武力行使の範囲は必要最小限なのか』で、棒グラフのアイコンとともに『過剰な拡大を防ぐ。』と示されている。4つ目は『一般市民への被害はどう防ぐのか』で、人びとのアイコンとともに『民間人保護。』と書かれている。5つ目は『相手国の市民の人権も考慮されているのか』で、地球を支える手のアイコンとともに『自国民だけでなく他者の人権。』とある。6つ目は『武力行使を開始した後、誰が継続の必要性を審査するのか』で、クリップボードのアイコンとともに『継続審査。』と示されている。7つ目は『状況が変わったとき、誰が停止を命じられるのか』で、停止マークの手のアイコンとともに『停止制度。』と書かれている。

第5欄『非軍事的手段の確認』では、『武力行使の前に、他の手段が尽くされたかを確認する必要がある。』という説明文がある。下には、順に『外交』『対話』『停戦仲介』『人道支援』『避難支援』『国際協力』『司法的手段(国際司法・裁判等)』の七つの非軍事的手段が、それぞれ地球、吹き出し、木づち、ハート、家、国際協力の人物、天秤のアイコン付きで並んでいる。最下部には『これらが十分に検討・実施されたことを、客観的に確認する。』という説明があり、武力が最後の手段であるべきことを示している。

第6欄『人権による統制の仕組み』では、左から右へ流れる形で六つの枠が並んでいる。最初は『人権保障の目的』、次が『必要性の審査』、次が『最小限性の確認』、次が『民間人保護』、次が『継続審査』、最後が紫色の枠で『停止判断』となっている。それぞれに家族、書類、天秤、人びと、チェック付きクリップボード、停止マークのアイコンが付いている。右側には『民主的統制の担保』という縦長の欄があり、『情報公開』『国会統制』『司法審査』『市民による監視』の四項目が、本、国会議事堂、天秤、人のアイコンとともに整理されている。欄の下部には『武力行使は、常に民主的統制の下になければならない。』と記されている。

第7欄『まとめ』では、左に白い鳩、右に地球と多様な家族のイラストが配置され、中央に大きく『人権を守るために自衛権を認めるなら、人権こそがその方法・範囲・期間・継続を制限し、必要なら停止させる基準にもならなければならない。』とまとめている。その下には『平和と人権の両立には、目的だけでなく、手段と統制を問う視点が必要。』という補足がある。全体としてこの図は、人権保護を理由に自衛権や武力行使を認める場合でも、人権は単なる正当化根拠ではなく、その必要性、非軍事的代替手段、最小限性、民間人保護、継続審査、停止制度、情報公開、国会統制、司法審査、市民監視といった厳格な制限と民主的統制の基準でなければならないことを、7つの欄で整理して示したインフォグラフィックである。」

二つの「積極的」を区別することが重要である

したがって、政府の「積極的平和主義」と、ガルトゥングの積極的平和を同じ意味で使うべきではありません。

政府の積極的平和主義は、

日本が外交、防衛、同盟、国際協力などを通じて、より能動的に安全保障と国際社会の平和・安定へ関与する政策原則

です。

一方、平和学の積極的平和は、

直接的暴力だけでなく、構造的暴力や文化的暴力を減らし、人と人、集団と集団、国家と国家の間に、より衡平で調和した関係をつくること

を目指します。

前者が主として、

「日本は平和と安全のために何をするのか」

を問う概念だとすれば、後者は、

「その行為によって、どのような関係と社会が生まれるのか」

を問う概念だと言えます。

だからこそ、安全保障政策を平和学から評価するときには、

防衛力が増えたか減ったか

だけを見るのでは不十分です。

その政策によって、

直接的暴力は減ったのか。

構造的暴力は減ったのか。

文化的暴力は弱まったのか。

衡平は高まったのか。

調和や対話の可能性は広がったのか。

市民の人権と民主的統制は強くなったのか。

というところまで問わなければなりません。

この意味で、平和学の積極的平和は、政府の「積極的平和主義」を否定するための単純な反対概念ではありません。

むしろ、

政府が「平和のため」として行う政策を、本当に平和を生み出しているのかという基準から検証するための物差し

として使うことができます。

「人権を守るため」に自衛権を認めるのであれば、人権はその自衛権の方法、範囲、期間、継続を制限し、必要なら停止させる基準にもならなければなりません。

そこまで制度化して初めて、安全保障を積極的平和へ接続することができます。

この点については、別稿「平和主義と憲法を結び直す――戦争を止め、安心をつくる憲法へ」でも詳しく述べています。

「『二つの「積極的」を区別することが重要である』をテーマにした教育インフォグラフィック。副題は『政府の「積極的平和主義」と平和学の「積極的平和」は、同じ意味ではない』。全体は青と緑を基調とし、左上に白い鳩、右上に国会議事堂のイラストがある。第1欄『出発点』では、政府の「積極的平和主義」とガルトゥングの積極的平和は同じ意味ではなく、似た言葉でも問いの立て方と平和の評価基準が異なると説明している。中央には、青い枠の『政府の「積極的平和主義」』と、緑の枠の『平和学の「積極的平和」』が『VS』で向かい合い、右側には『違いは、「平和のために動くか」ではなく、「何をもって平和と判断するか」にある』と書かれた黄色のメモがある。第2欄『二つの「積極的」の比較』では、左の青い大枠に政府の「積極的平和主義」が示され、日本が外交、防衛、同盟、国際協力などを通じて、より能動的に安全保障と国際社会の平和・安定へ関与する政策原則だと説明されている。下には『問いの中心 日本は平和と安全のために何をするのか』とあり、主な視点として『安全保障、抑止、同盟、国際協力、秩序の維持』が並ぶ。さらに、握手のアイコンに『外交・対話』、盾のアイコンに『安全保障・抑止』、人のアイコンに『同盟・連携』、地球のアイコンに『国際協力・秩序の維持』と書かれている。右の緑の大枠には平和学の『積極的平和』が示され、直接的暴力だけでなく、構造的暴力や文化的暴力を減らし、人と人、集団と集団、国家と国家の間に、より衡平で調和した関係をつくることを目指すと説明している。下には『問いの中心 その行為によって、どのような関係と社会が生まれるのか』とあり、主な視点として『人権、公正、対話、参加、脱支配、脱分極化、協力』が並ぶ。さらに、人のアイコンに『人権・尊厳』、天秤に『公正・衡平』、吹き出しに『対話・参加』、葉のアイコンに『脱支配・脱分極化』、輪になった人々に『協力・共生の社会』と書かれている。中央の矢印の下には『前者は政策原則、後者は平和を評価する物差し』という説明がある。第3欄『平和学から安全保障政策を見るときの評価基準』では、6つの小枠が並ぶ。1つ目は『直接的暴力は減ったのか』で、戦争や武力衝突、人への直接的な暴力が減少したかを問う。2つ目は『構造的暴力は減ったのか』で、負担や危険が一部の地域・人びとに押しつけられていないかを問う。3つ目は『文化的暴力は弱まったのか』で、差別・敵意・排除を正当化する語りやイメージが弱まったかを問う。4つ目は『衡平は高まったのか』で、資源・機会・権力の分配がより衡平になったかを問う。5つ目は『調和や対話の可能性は広がったのか』で、相互理解の基盤や対話の道筋が広がったかを問う。6つ目は『市民の人権と民主的統制は強くなったのか』で、人権が守られ、政策に市民が関与し、統制が働いているかを問う。第4欄『なぜ「防衛力の増減」だけでは不十分か』では、左のオレンジ枠に『防衛力が増えた/減っただけを見ると…』とあり、戦闘機と艦船のイラストとともに『兵器の数や規模の変化に注目するだけ。』と書かれている。右のオレンジ枠には『本当に重要な評価の視点』として、『誰が利益を得るのか』『誰が負担を負うのか』『相手国の市民の人権はどう扱われるのか』『情報は公開されているか』『武力行使を止める制度はあるか』が並ぶ。欄の下部には『兵器の数ではなく、その政策がどんな関係と社会を生むのかを問う』と大きく強調されている。第5欄『平和学の積極的平和は、単純な反対概念ではない』では、虫眼鏡と天秤のイラストの横に3つのチェック付き説明がある。1つ目は『政府の政策を頭ごなしに否定する概念ではない。』、2つ目は『「平和のため」とされる政策が、本当に平和を生み出しているのかを検証するための基準になる。』、3つ目は『人権を守るために自衛権を認めるなら、人権はその方法・範囲・期間・継続を制限し、必要なら停止させる基準にもならなければならない。』と書かれている。最下部の濃い青色の結論欄には、地球と多様な人々、右端に白い鳩のイラストがあり、『安全保障を積極的平和へ接続するには、国家の行為を「人権・衡平・調和・民主的統制」の基準で検証し続ける必要がある。』と大きく記され、その下に『二つの「積極的」を区別することが、平和を考える出発点になる。』とまとめられている。全体として、政府の「積極的平和主義」は国家が平和と安全のために何をするかを問う政策原則であり、平和学の積極的平和は、その政策によってどのような関係と社会が生まれるのかを問う評価基準であることを、比較と図解で分かりやすく示した画像。」

平和学を政治へ変える「安心を創る政治5原則」

平和学は、社会のどこに暴力、支配、格差、トラウマ、コンフリクトがあるかを考える理論です。日本国憲法は、政治が守るべき平和と人権の原則です。

しかし、理論と憲法だけでは、目の前の市民の不安を具体的な政策へ変えることはできません。そこで必要になるのが、「安心を創る政治5原則」です。

「『平和学を政治へ変える「安心を創る政治5原則」』をテーマに、平和学、日本国憲法、市民の不安、政策形成の関係を整理した詳細なインフォグラフィック。最上部には大きく『平和学を政治へ変える「安心を創る政治5原則」』とあり、その下に『市民の不安を、分析し、言葉にし、安心の条件と政策へ変える実践のフレーム』という趣旨が示されている。上段には、左から『平和学』『日本国憲法』『安心を創る政治5原則』の三つの枠が矢印でつながり、平和学は社会のどこに暴力・支配・格差・トラウマ・コンフリクトがあるかを考える理論、日本国憲法は政治が守るべき平和と人権の原則、安心を創る政治5原則はそれらを市民の不安から具体的な政策へ変える実践の原則として整理されている。**

第1欄『不安を直視する』では、耳を傾ける人物、ハート、吹き出し、市民のイラストとともに、政治の出発点は市民の不安を正面から受け止めることだと説明している。不安は心の平安・安定・満足のどこかが傷ついていることを知らせる信号であり、戦争や災害への恐怖は心の平安、物価・病気・失業・子育て・老後の心配は心の安定、差別・孤立・発言機会の欠如は心の満足の問題として整理されている。また、『大げさだ』『自己責任だ』『仕方がない』と切り捨てるのではなく、誰が何を恐れ、何を奪われ、何を言えずに我慢してきたのかを知ることが重要と示している。右側には平和学との対応として『調和/トラウマの承認への出発点』と書かれている。

第2欄『不安を分析する』では、虫眼鏡、グラフ、文書、歯車、天秤などのイラストを使い、不安の原因を本人の性格だけでなく、制度、資源配分、情報、権力関係の中から探す必要があると説明している。直接的暴力、構造的暴力、文化的暴力、放置されたトラウマ、コンフリクトを検討し、誰が決定し、誰が利益を得て、誰が危険や負担を引き受けているかを明らかにする。具体例として、水への不安なら検査値だけでなく、検査計画、採水地点、公表基準、記録保存、意思決定、責任、救済まで調べ、生活不安なら物価だけでなく、賃金、税、社会保険料、住宅、教育、医療、雇用制度まで分析すると示している。右側には『暴力の構造分析/利益と負担の可視化』とあり、分析なき政治は一時的な給付やスローガンに終わりやすいことを示している。

第3欄『不安を言葉にする』では、マイク、請願書、吹き出し、集会、市民のイラストを使い、『何となく怖い』『行政を信用できない』『このままでは暮らせない』という感覚を、社会が共有し議論できる言葉へ変えることを説明している。何が起きているのか、どの権利が損なわれているのか、どの制度に原因があるのか、誰にどのような改善を求めるのかを分かりやすく示すことが重要とされる。さらに、憲法第16条の請願権、第21条の表現・集会・結社の自由、第28条の団体交渉権などを、市民が実際に使える力へ変えることとも結び付けている。一方で、不安を煽るのではなく、確認された事実、合理的な推測、まだ分からないこと、今後調べるべきことを区別する必要があると示している。右側には『参加の回復/表現と対話』という平和学との対応が記されている。

第4欄『不安から安心の条件を提示する』では、盾、病院、住宅、時計、家族などのイラストとともに、『不安をなくす』という曖昧な目標ではなく、どのような状態になれば安心できるのかを確認可能な条件として示す必要があると説明している。中央には表があり、心の平安の安心条件は『暴力や危険を受けず、危険があれば知らされ、保護される』、心の安定は『生活、医療、仕事、教育、住居、行政手続に見通しがある』、心の満足は『尊厳、自己決定、表現、参加、協力、異議申立てが保障される』と整理されている。具体例として、『水を安心して飲める』とは行政が安全と言うだけでなく、必要な検査が継続され、結果と判断根拠が公開され、市民が追加調査や対策を求められ、問題時に保護と救済を受けられること、『子育ても老後も破綻しない』とは励ましではなく、教育・医療・介護・住宅・所得保障の制度と利用条件が分かることだと示している。右側には『平安・安定・満足の条件化』と書かれている。

第5欄『安心の条件を政策として実現する』では、国会議事堂、行政庁舎、裁判所、虫眼鏡、循環矢印などのイラストとともに、安心の条件を法律、条例、予算、担当機関、期限、救済、検証方法まで制度化する必要があると説明している。情報公開、記録保存、理由提示、市民参加、少数派の調査権、独立した監視、異議申立て、司法救済、政策評価、定期的な見直しを組み合わせることを示している。さらに、政策を実施して終わりではなく、危険は減ったか、生活の見通しは改善したか、当事者は参加できたか、新しい格差や排除を生んでいないかを再検証し、市民の不安を再び聞いて政策を修正するとしている。右側には平和学との対応として『有機的組織/制度化/見直し』と示されている。

下段には『5原則は循環する』という大きな流れ図があり、①不安を直視する=声を聴く、②不安を分析する=原因を明らかにする、③不安を言葉にする=共有できる言葉にする、④安心の条件を提示する=客観的条件を示す、⑤政策として実現する=制度として実現する、という5段階が矢印でつながっている。第5原則の実施から再び第1原則へ戻るオレンジ色の循環矢印が描かれ、五原則は一方通行ではなく、政策実施後も市民の不安を聞き直し、分析し、修正を続ける循環型の政治プロセスであることを示している。

最下部のまとめでは、多様な市民とハートを支える手、虹のある街のイラストとともに、『安心とは、感情操作ではなく、平和と人権を支える客観的条件である』と大きく示している。その下に、平和学が暴力と支配の構造を見抜き、日本国憲法が人権と平和の原則を示し、『安心を創る政治5原則』がそれを具体的な政策へ変えること、市民の不安に向き合い、分析し、言葉にし、条件を示し、制度として実現することによって、政治は一人ひとりの心の平安・安定・満足を支えることができるとまとめている。全体として、平和学と憲法の理念を、市民の不安を起点とした具体的な政策形成へ接続するための五段階の実践モデルを視覚化したインフォグラフィック。」

第1原則 不安を直視する

政治の出発点は、市民が抱えている不安を正面から受け止めることです。

不安は、心の平安、安定、満足のどこかが傷ついていることを知らせる信号です。戦争や災害への恐怖は平安の問題です。物価、病気、失業、子育て、老後の心配は安定の問題です。差別、孤立、発言機会の欠如は満足の問題です。

政治家が不安を「大げさだ」「自己責任だ」「仕方がない」と切り捨てれば、市民は不安に加えて、見捨てられたという苦痛を抱えます。

不安を直視するとは、共感の言葉を述べるだけではありません。誰が、何を恐れ、何を奪われ、何を言えないまま我慢してきたのかを知ることです。これは平和学における調和と、トラウマの承認への出発点です。

「『第1原則 不安を直視する』をテーマにした日本語インフォグラフィック。全体のタイトルは『第1原則 不安を直視する』、副題は『市民の不安を政治の出発点として正面から受け止める』。上部には白い鳩、国会議事堂、街並みのイラストがあり、全体は青・緑・オレンジを基調に7つの欄で構成されている。

第1欄『導入』では、政治はまず市民一人ひとりが抱える不安を正面から受け止めることから始まると説明している。中央には、不安そうな表情の女性、男性、高齢女性、子どもたちと、前かがみで話を聞く政治家のイラストがあり、市民の不安に耳を傾ける姿勢を表している。左下には『政治の出発点は、市民が抱えている不安を正面から受け止めることです。』と示され、右側には『不安は弱さではなく、暮らしの中で何か大切なものが傷つけられていることを知らせるサインです。』という趣旨の説明がある。

第2欄『不安は何を知らせるのか(3つの心の次元)』では、中央に赤い感嘆符と『不安はサイン』という文字があり、不安は心のどこかが傷ついたことを知らせるものだと示している。下には三つの箱が並び、1つ目の緑の箱『心の平安』には盾のアイコンとともに『生命・身体・人格がいま危険にさらされていないか』、2つ目の青の箱『心の安定』には家と人のアイコンとともに『生活・医療・仕事・子育て・老後に見通しがあるか』、3つ目のオレンジの箱『心の満足』には人びとのアイコンとともに『尊重され、孤立せず、発言や参加の機会があるか』と書かれている。右側の補足欄では、不安は敵ではなく、よりよい社会をつくるための重要な情報であり、不安の声を集めて丁寧に受け止めることが安心を創る政治の第一歩になると説明している。

第3欄『具体例:それぞれの不安のかたち』では、三つの不安の具体例を示している。A『平安の不安』では、戦車、災害で damaged な家、フードをかぶった暴力・犯罪の人物、煙を出す工場の絵が並び、下に『戦争』『災害』『暴力・犯罪』『環境汚染』とある。説明として『戦争や災害への恐怖は、心の平安の問題』と書かれている。B『安定の不安』では、食料品の入った買い物かご、病人、失業したような男性、子育て中の家族、高齢者夫婦のイラストが並び、『物価上昇』『病気』『失業』『子育て』『老後の心配』と整理されている。説明は『生活の見通しに関わる不安は、心の安定の問題』。C『満足の不安』では、指をさされる人物、うつむく人物、バツ印つきの人物が描かれ、『差別』『孤立』『発言機会の欠如』と示され、『差別や孤立、声を出せない状態は、心の満足の問題』と説明している。

第4欄『不安を切り捨てたときに起こること』では、左に『不安を軽視・否定する言葉』として、吹き出しで『大げさだ』『自己責任だ』『仕方がない』と並び、その下に落ち込んだ人物が描かれている。中央から右へ矢印が伸び、その結果として三つの悪影響が示されている。1つ目は『不安が深まる』で、うずくまる人物と暗い雲のイラストがあり、『声が届かないことで、不安や恐怖がさらに強くなる。』と説明。2つ目は『見捨てられた苦痛が生まれる』で、割れたハートとうずくまる人物が描かれ、『誰にも理解されず、孤立や絶望感が生まれる。』とある。3つ目は『政治への不信が強まる』で、国会議事堂の絵と赤いバツ印があり、『「聞いてくれない政治」だと感じ、信頼や協力が失われる。』と示している。

第5欄『不安を直視するとは何か』では、ただ共感の言葉を述べるだけでなく、現実を知ることが必要だと説明している。中央には『現実を知り、理解を深めるための4つの問い』として四つの箱が矢印でつながっている。1つ目は『誰が不安を抱えているのか』で、どの人が、どの地域が、どの集団が不安を抱えているのかを問う。2つ目は『何を恐れているのか』で、何が起きるのを恐れ、何を避けたいと感じているのかを問う。3つ目は『何を奪われているのか』で、安全・機会・尊厳・選択肢など、何が失われているのかを問う。4つ目は『何を言えないまま我慢してきたのか』で、声を出せなかった理由や、我慢してきた背景を探る。右側の『大切な姿勢』では、『丁寧に聴く』『事実を集める』『背景を理解する』『声をつなぎ、一緒に考える』という姿勢が示されている。

第6欄『平和学とのつながり』では、不安を直視することは、平和をつくる学びである平和学の出発点と深くつながっていると説明している。左には『これは平和学における「調和」への出発点』とあり、握手のアイコンとともに『相手の不安を受け止めることが、対立ではなく、つながりに向かう第一歩となる。』と示されている。中央にはハートのアイコンとともに『被害や苦しみを認めることは「トラウマの承認」の出発点』とあり、『傷ついた経験を尊重し、語れる場をつくることが、回復と未来への希望につながる。』と説明。右には『対話・理解・連携を重ねることで、安心できる社会と持続的な平和を共につくっていくことができる。』とまとめられている。

第7欄『まとめ』では、左に家族のイラスト、右に両手で赤いハートを支えるイラストがあり、中央に大きく『不安を直視することは、見えない苦しみを政治の課題として可視化する第一歩である』と書かれている。最下部には『安心を創る政治は、市民の不安を否定せず、そこから出発する。』とまとめられている。全体としてこの画像は、市民の不安を平安・安定・満足の三つの次元から捉え、その不安を切り捨てる危険、不安を正しく受け止めるための問い、そして平和学における調和やトラウマ承認とのつながりを整理し、安心を創る政治の第一歩として「不安を直視する」ことの意味を説明した教育用インフォグラフィックである。」**

第2原則 不安を分析する

不安を受け止めただけでは、政治的な解決になりません。その原因を、本人の性格だけでなく、制度、資源配分、情報、権力関係の中から探します。

直接的暴力があるのか。構造的暴力があるのか。それを正当化する文化的暴力があるのか。過去の被害やトラウマが放置されているのか。利害や目標のコンフリクトがあるのか。誰が決定し、誰が利益を得て、誰が危険を引き受けているのかを明らかにします。

水への不安であれば、検査値だけでなく、検査計画、採水地点、公表基準、記録保存、意思決定、責任、救済まで調べます。生活不安であれば、物価だけでなく、賃金、税、社会保険料、住宅、教育、医療、雇用制度まで分析します。

分析なき政治は、その場しのぎの給付やスローガンになりがちです。原因を取り除かなければ、不安は繰り返されます。

「『第2原則 不安を分析する』をテーマにした日本語インフォグラフィック。全体タイトルは『第2原則 不安を分析する』、副題は『不安の原因を、制度・資源配分・情報・権力関係の中から明らかにする』。左上に白い鳩、右上に国会議事堂、住宅、木のイラストがあり、全体は青・緑・オレンジを基調に、1から8までの番号付き欄で構成されている。

第1欄『なぜ分析が必要か』では、左に不安そうな表情の女性が描かれ、その吹き出しに『不安を受け止めただけでは、政治的な解決にならない』と書かれている。右側には、四角い枠の中に『原因を、本人の性格だけでなく、制度、資源配分、情報、権力関係の中から探す』という説明があり、その下に虫眼鏡、棒グラフ、文書、電球のアイコンとともに『データ収集→整理・比較→構造の特定→解決の糸口へ』という流れが示されている。不安を感じた事実だけで終わらせず、その背景にある仕組みを調べることが政治的解決の出発点であると説明している。

第2欄『何を分析するのか(分析のレンズ)』では、不安の背景には複数の原因が重なっていることが多いとして、五つの分析視点が並んでいる。A『直接的暴力』では、殴る手のイラストとともに『暴行、虐待、戦争、ハラスメントなど、目に見える加害があるか』と説明されている。B『構造的暴力』では、天秤のイラストとともに『制度や資源配分によって、避けられたはずの苦痛や不利益が生じていないか』と示されている。C『文化的暴力』では、話す人物のイラストとともに『「自己責任」「仕方がない」など、被害を正当化する言葉や価値観が残っていないか』と説明されている。D『トラウマの放置』では、絆創膏の貼られたハートのイラストとともに『過去の被害や心の傷が承認されず、放置されていないか』と示されている。E『コンフリクト』では、向かい合って言い争う二人のイラストとともに『利害や目標の対立があり、誰の声が通り、誰が押し込められているか』と説明している。

第3欄『誰が決め、誰が利益を得て、誰が危険を引き受けているのか』では、四つの箱が矢印でつながっている。1つ目は『意思決定』で、会議テーブルを囲む人々の絵とともに、誰が決定しているのかを見る。2つ目は『利益』で、上向きグラフと円マークのアイコンとともに、誰が利益を得るのかを確認する。3つ目は『負担・危険』で、警告マークのアイコンとともに、誰が費用や危険を負担するのかを見る。4つ目は『影響を受ける市民』で、人びとのアイコンとともに、誰に影響が及ぶのかを把握する。下部には箇条書きで、『誰が決定しているのか』『誰が利益を得るのか』『誰が費用や危険を負担するのか』『異議申立てや救済の仕組みはあるのか』といった確認事項が書かれている。右側には『分析によって、見えにくい権力関係や不公平を明らかにする』というまとめがある。

第4欄『具体例① 水への不安を分析する』では、水滴や文書のアイコンが並び、水に関する不安を分析するときに調べるべき項目が八つ示されている。左から順に『検査値』『検査計画』『採水地点』『公表基準』『記録保存』『意思決定』『責任』『救済』で、それぞれ水滴と試験管、チェックリスト、地図のピン、証明書、保存データ、会議する人々、人物と盾、手のひらにハートのアイコンが描かれている。下部には『「安全と言われたか」ではなく、「どう判断され、どう公開され、問題時にどう救済されるか」まで見る』と書かれており、単に安全宣言を見るのではなく、判断と公開の仕組み全体を分析する必要があることを示している。

第5欄『具体例② 生活不安を分析する』では、生活不安に関する分析項目が八つ示されている。左から『物価』『賃金』『税』『社会保険料』『住宅』『教育』『医療』『雇用制度』で、買い物かごとコイン、紙幣、TAXと書かれた書類、人と盾、家、本と鉛筆、病院、社員証のようなアイコンが並んでいる。下部には『「努力不足」ではなく、暮らしを支える制度全体を見る』と書かれており、生活不安を本人の努力不足の問題にせず、生活を支える制度全体として分析する視点が示されている。

第6欄『分析なき政治の問題』では、原因分析を欠いた政治対応の限界が三段階で示されている。1つ目は『その場しのぎの給付』で、差し出された手のひらとお金のアイコンとともに『根本原因に届かず、一時的で終わる』と説明している。2つ目は『スローガンだけの対応』で、メガホンのアイコンとともに『響きはよくても、具体策や仕組みがない』とある。3つ目は、不安そうな人物と雲のイラストとともに『原因が残り、不安が繰り返される』と書かれている。右側には循環矢印で『原因が残る→不安が再発→対症療法にとどまる』という悪循環が示されている。

第7欄『不安から解決へ』では、不安を政策へ変える流れが六段階で整理されている。左から順に、1『不安を聴く』で話す二人のイラスト、2『原因を分析する』で虫眼鏡とグラフ、3『構造を可視化する』でネットワーク図、4『安心の条件を示す』でチェックリストとハート、5『政策化する』で政策文書とペン、6『検証して見直す』で循環矢印とグラフが描かれている。不安を聴くだけで終わらず、分析し、構造を見える化し、安心の条件を示して政策化し、さらに見直すまでの一連の流れを示している。

第8欄『平和学とのつながり』では、不安分析と平和学の関係が五つの小さな説明枠で整理されている。1つ目は天秤のアイコンとともに『分析は、直接的暴力・構造的暴力・文化的暴力を見分ける作業である』。2つ目は吹き出しのアイコンとともに『不安の背後にある支配、格差、情報の非対称、トラウマ、対立を明らかにする』。3つ目は文書と虫眼鏡のアイコンとともに『原因を取り除かなければ、不安は繰り返される』。4つ目は人びとのアイコンとともに『そのために、対話と情報公開、公正な制度と連帯が必要である』。5つ目はハートと天秤のアイコンとともに『平和とは、暴力がないだけでなく、安心して生きられる条件が整うこと』とまとめている。

最下部の大きなオレンジ色のまとめ欄では、左に家族のイラスト、右にハートを支える両手のイラストがあり、中央に大きく『不安を分析するとは、感情を否定することではなく、その背後にある原因と構造を明らかにし、繰り返される不安を政策で取り除くことである』と書かれている。その下には、黄色い帯の中に『安心を創る政治は、「なぜ不安なのか」を見抜くところから始まる。』とまとめられている。全体としてこの画像は、第2原則「不安を分析する」を、直接的暴力・構造的暴力・文化的暴力・トラウマ・コンフリクトという平和学の視点を用いながら、誰が決め、誰が利益を得て、誰が危険を負担しているのかを可視化し、水や生活の具体例も交えて、市民の不安を根本原因から政策へつなげるための分析の重要性を説明した教育用インフォグラフィックである。」**

第3原則 不安を言葉にする

市民の不安は、最初から明確な政策要求として現れるとは限りません。「何となく怖い」「行政を信用できない」「このままでは暮らせない」という感覚を、社会が共有し、議論できる言葉へ変える必要があります。

何が起きているのか。どの権利が損なわれているのか。どの制度に原因があるのか。誰にどのような改善を求めるのかを、分かりやすく示します。

不安を言葉にすることは、声を出せなかった人の尊厳と参加を回復することでもあります。憲法第16条の請願権、第21条の表現・集会・結社の自由、第28条の団体交渉権などを、市民が実際に使える力へ変える作業です。

ただし、不安を利用して恐怖や敵意を拡大してはなりません。確認された事実、合理的な推測、まだ分からないこと、今後調査すべきことを区別します。目的は不安の扇動ではなく、市民が理解し、判断し、参加できる言葉をつくることです。

「『第3原則 不安を言葉にする』をテーマにした日本語インフォグラフィック。全体タイトルは『第3原則 不安を言葉にする』、副題は『漠然とした不安を、社会が理解し、判断し、参加できる言葉へ変える』。左上に白い鳩、右上に国会議事堂、木、住宅のイラストがあり、全体は青・緑・オレンジ・紫を基調に、1から8までの番号付き欄で構成されている。**

第1欄『導入』では、市民の不安は最初から明確な政策要求として現れるとは限らないことを示している。中央には三人の市民が描かれ、それぞれ吹き出しで『何となく怖い』『行政を信用できない』『このままでは暮らせない』と話している。右上の説明には『市民の不安は、最初から明確な政策要求として現れるとは限りません。』とあり、下部には青い矢印とともに『漠然とした感覚を、そのまま放置せず、社会が共有し議論できる言葉へ変える必要があります。』とまとめられている。漠然とした不安をそのままにせず、社会的な言葉へ整理する必要があることを示している。

第2欄『「不安を言葉にする」とは何か』では、不安を社会の言葉に変える五段階の流れが左から右へ矢印で示されている。1つ目の緑の枠『感覚・違和感』では、考え込む女性のイラストとともに『モヤモヤする感覚や違和感を受け止める。否定せずに聴く。』と説明している。2つ目の枠『事実の確認』では、虫眼鏡とグラフ、文書のイラストがあり、『データや体験など、客観的な情報を集め、事実を確かめる。』と書かれている。3つ目の枠『権利の問題として整理』では、天秤のイラストとともに『憲法や人権の視点から、どの権利が守られていないかを整理する。』と説明している。4つ目の枠『制度の問題を特定』では、国会議事堂のイラストとともに『権利侵害の原因となっている制度や仕組みを特定する。』と示している。5つ目の枠『改善要求へ』では、書類を手に向き合う二人のイラストがあり、『改善を求める具体的な要求としてまとめ、提案・請願を行う。』と説明している。欄全体として、感覚的な不安を、事実、権利、制度、改善要求へと段階的に翻訳する流れを図解している。

第3欄『何を言葉にするのか(4つの問い)』では、不安を具体化するための四つの問いが、四つの小さな枠に整理されている。1つ目は『何が起きているのか』で、文書と虫眼鏡のイラストとともに『事実や状況を具体的に説明する。』と書かれている。2つ目は『どの権利が損なわれているのか』で、三人の人物と盾のイラストがあり、『憲法や人権の視点から、影響を受けている権利を明らかにする。』と示している。3つ目は『どの制度に原因があるのか』で、国会議事堂と歯車のイラストとともに、『制度・仕組み・運用のどこに問題があるのかを特定する。』と説明している。4つ目は『誰にどのような改善を求めるのか』で、吹き出しと人物のイラストがあり、『誰がどのように改善するか、具体的な要求を明確にする。』と示している。不安を政策要求へ変える際に必要な問いを、順番に整理した欄である。

第4欄『尊厳と参加の回復』では、不安を言葉にすることが、声を出せなかった人の尊厳と参加を回復することでもあると説明している。欄の上部には赤字で『不安を言葉にすることは、声を出せなかった人の尊厳と参加を回復することでもある。』と大きく書かれている。下には左から右へ矢印で五つの場面が並んでいる。最初は『うつむき、声を出せない』で、うつむいて座る人物が描かれている。次は『対話で聴き合う』で、二人が向き合って話し合うイラスト。次は『自分の言葉で発言する』で、マイクに向かって話す女性が描かれている。次は『集会でつながる』で、複数の人が集まっているイラスト。最後は『請願・署名で社会を動かす』で、二人が書類を手に向き合っている。欄の最下部には『声にならない不安を、社会の言葉へ』という大きなまとめがあり、不安を言葉にする過程が、沈黙から参加へ進む回復のプロセスとして描かれている。

第5欄『憲法とのつながり』では、不安を言葉にすることが、市民が権利を実際に使える力へ変える作業であることを示している。欄上部には『市民が権利を実際に使える力へ変える作業です。』とあり、三つの青い枠が並んでいる。1つ目は『憲法第16条 請願権』で、文書とペンのイラストとともに『要望や是正を求める権利。何や自治体に意見や要求を届ける。』と説明している。2つ目は『憲法第21条 表現・集会・結社の自由』で、メガホンと人びとのイラストがあり、『意見を述べ、集まり、団体をつくる自由。多様な声が力になる。』と書かれている。3つ目は『憲法第28条 団体交渉権』で、握手のイラストとともに『労働の場で、労働者が団体として交渉し、要求する権利。』と説明している。最下部には天秤のイラストとともに『憲法は、声を上げるための土台。これを実際の行動につなげる。』とまとめられている。

第6欄『注意点:扇動にしない』では、不安を利用して恐怖や敵意を拡大してはならないことを示している。欄上部には赤い警告マークとともに『不安を利用して恐怖や敵意を拡大してはならない。』とあり、中央には大きく『不安の扇動ではなく、理解・判断・参加のための言葉へ』と書かれている。下部には三つのチェック付き項目があり、『事実に基づくこと』『特定の人や集団を悪者にしないこと』『対話と合意をめざすこと』と整理されている。右下には複数の市民のイラストがあり、不安を言葉にする目的は社会を分断することではなく、理解と参加を広げることだと分かる構成になっている。

第7欄『区別すべき4つ』では、正確で建設的な議論のために、不安に関する情報を四つに区別する必要があると説明している。1つ目の紫の枠『確認された事実』では、クリップボードのイラストとともに『誰が見ても確かめられる事実。データや記録で裏づけられるもの。例:〇月の事故件数は〇件』と書かれている。2つ目の枠『合理的な推測』では、考え込む人物のイラストとともに『事実から考えられる可能性の高い推測。理由や根拠を示す。例:制度の不備が影響かも』と説明している。3つ目の枠『まだ分からないこと』では、疑問符のアイコンとともに『現時点で確認が不十分で、はっきりしないこと。断定しない。例:原因は今後の調査が必要』と示している。4つ目の枠『今後調査すべきこと』では、虫眼鏡のイラストとともに『確かめるべき情報やデータ、聞き取りなど。具体的に計画する。例:詳細な実態調査を実施』と書かれている。欄の最下部には『区別することが、正確で建設的な議論につながります。』とまとめられている。

第8欄『まとめ』では、左に家族のイラスト、右に赤いハートを両手で支えるイラストがあり、中央上部に大きく『目的は、市民が理解し、判断し、参加できる言葉をつくること』と書かれている。その下には、左から右へ『不安』『言葉』『共有』『議論』『改善要求』『参加』という六つの箱が矢印でつながり、不安を社会の言葉へ翻訳する流れが示されている。最下部には『不安を言葉にすることは、安心を創る政治への通路である。』とまとめられている。全体としてこの画像は、第3原則「不安を言葉にする」を、感覚的な不安を事実確認・権利整理・制度特定・改善要求へ変える流れ、声を出せなかった人の尊厳と参加の回復、憲法上の権利とのつながり、そして扇動ではなく理解・判断・参加につながる言葉をつくるための注意点まで含めて、具体的に説明した教育用インフォグラフィックである。」

第4原則 不安から安心の条件を提示する

「不安をなくす」というだけでは、目標が曖昧です。どのような状態になれば安心できるのかを、確認可能な条件として示す必要があります。

安心の条件は、心の平安、安定、満足の三つに分けて考えられます。

心の状態安心の条件
心の平安暴力や危険を受けず、危険があれば知らされ、保護される
心の安定生活、医療、仕事、教育、住居、行政手続に見通しがある
心の満足尊厳、自己決定、表現、参加、協力、異議申立てが保障される

「水を安心して飲める」とは、行政が安全だと言うことではありません。必要な検査が継続して行われ、結果と判断根拠が隠されず、市民が追加調査や対策を求められ、問題が起きたときに保護と救済を受けられることです。

「子育ても老後も破綻しない」とは、励ましや家族の自己責任ではありません。教育、医療、介護、住宅、所得保障の制度があり、将来の負担と利用条件が分かることです。

安心とは、気休めの感情ではなく、信頼できる客観的条件です。

「『第4原則 不安から安心の条件を提示する』をテーマにした日本語インフォグラフィック。副題は『安心とは、気休めの感情ではなく、確認できる客観的条件である』。全体は青・緑・オレンジを基調に、安心を心の平安・安定・満足の3つに分け、水の安全や子育て・老後の具体例を通じて、政治が安心の条件をどのように示すべきかを説明している。

第1欄『なぜ「不安をなくす」だけでは足りないのか』では、不安そうな人物の吹き出しに『不安をなくす!』とある一方、それだけでは目標が曖昧であることを示している。右側には『何があれば安心か?』として、危険が知らされる、必要な検査や制度がある、結果や根拠が公開される、意見や参加ができる、問題が起きたときに保護・救済がある、という5つの確認項目が並ぶ。下部には『確認できる条件を示すことで具体的な安心につながる』とまとめられている。

第2欄『安心の条件は三つの心の状態から考える』では、①心の平安、②心の安定、③心の満足の3つを大きな枠で整理している。心の平安は盾を両手で支えるイラストとともに『暴力や危険を受けず、危険があれば知らされ、保護される』状態。心の安定は住宅、病院、木のイラストとともに『生活、医療、仕事、教育、住居、行政手続に見通しがある』状態。心の満足は対話する人びとのイラストとともに『尊厳、自己決定、表現、参加、協力、異議申立てが保障される』状態として示されている。

第3欄『表で整理する安心の条件』では、心の状態と安心の条件を一覧表にしている。心の平安は『暴力や危険を受けず、危険があれば知らされ、保護される』、心の安定は『生活、医療、仕事、教育、住居、行政手続に見通しがある』、心の満足は『尊厳、自己決定、表現、参加、協力、異議申立てが保障される』と整理されている。

第4欄『具体例① 水を安心して飲めるとは』では、水源から浄水・供給、検査、結果・根拠の公開、市民参加、救済・補償までを矢印でつないでいる。必要な検査が継続して行われること、結果と判断根拠が隠されないこと、市民が追加調査や対策を求められること、問題が起きたときに保護と救済を受けられることが安心の条件として示されている。下部には『安心とは、宣言ではなく、検査・公開・参加・救済の条件で支えられる』と強調されている。

第5欄『具体例② 子育ても老後も破綻しないとは』では、家族・子ども、高齢者、介護、医療、住宅、所得保障のイラストを並べている。安心の条件として、教育の制度がある、医療の制度がある、介護の制度がある、住宅の制度がある、所得保障の制度がある、将来の負担と利用条件が分かる、という項目が示されている。下部には『安心とは、努力論ではなく、将来を見通せる制度で支えられる』とまとめている。

第6欄『安心の条件をどう示すか』では、不安から安心へ進む5段階の流れが描かれている。最初に『不安』として漠然とした疑問や不安を抱える人物、次に『原因を分析』として事実を集め原因や構造を明らかにする虫眼鏡とグラフ、次に『必要な条件を特定』として安心につながる条件を具体的に洗い出すチェックリスト、次に『制度・情報・救済として提示』として制度整備・情報公開・救済の仕組みを示す建物や文書、最後に『安心』として条件が満たされ安心を実感する人物が矢印でつながれている。

第7欄『まとめ』では、『安心とは、気休めの感情ではなく、信頼できる客観的条件です。』と大きく示されている。その下に、『政治の役割は、不安に対して希望的観測を語ることではなく、安心できる条件を具体的に示し、それを実現することです。』とまとめられている。最下部にはキーワードとして『検査』『公開』『参加』『救済』『制度』『情報』『信頼』が並び、『条件がそろえば、不安は安心に変わる』というメッセージが示されている。全体として、安心を単なる感情や行政の説明ではなく、危険の把握、検査、情報公開、市民参加、生活保障、救済制度などによって確認可能な社会的条件として定義し、不安から政策目標へ変換する方法を解説した図解。」**

第5原則 安心の条件を政策として実現する

安心の条件を示しても、法律、条例、予算、担当機関、期限、救済、検証方法がなければ、政治的な約束にとどまります。

第5原則は、衡平と調和を制度として定着させる「有機的組織」に対応します。

情報公開、記録保存、理由提示、市民参加、少数派の調査権、独立した監視、異議申立て、司法救済、政策評価、定期的な見直しを組み合わせます。

さらに、実行して終わりではありません。危険は減ったか。生活の見通しは改善したか。当事者は参加できたか。新しい格差や排除を生んでいないか。市民の不安を再び聞き、政策を修正します。

五原則は一方通行ではなく、実行から再び不安の直視へ戻る循環です。

「『第5原則 安心の条件を政策として実現する』をテーマにした日本語インフォグラフィック。副題は『安心の条件を、制度・予算・救済・検証まで備えた具体的な政策へ落とし込む』。全体は青・緑・オレンジを基調とし、上部には白い鳩、市民、国会議事堂、街並みのイラストが配置されている。右上には『市民とともに創る政治』と書かれた看板がある。全体は1から7までの欄で構成され、安心の条件を示すだけでなく、制度として実行し、検証し、修正し、循環させることの重要性を説明している。**

第1欄『なぜ“条件提示”だけでは足りないのか』では、左側に『安心の条件を示す(例)』という枠があり、その中に『誰もが安心して暮らせる社会にする!』という大きな吹き出しがある。その下には市民二人のイラストがあり、一人が『実現してくれるのかしら…?』と不安そうに話している。左下には『これだけでは“約束”の段階』とあり、困った表情の顔マークが添えられている。中央から右へ青い矢印が伸び、その先に『制度や仕組みがそろうことで“具体的な政策”になる』という緑色の大きな枠がある。枠の中には6つの要素が並び、順に『法律』=根拠となる法律をつくる、『条例』=地域の実情に合わせて定める、『予算』=必要な財源を確保する、『担当機関』=責任を持つ機関を決める、『期限』=いつまでに実施するか決める、『救済』=被害や損害を救済する仕組みをつくる、『検証方法』=結果を検証する方法を定める、という説明が添えられている。欄の最下部には『安心の条件を示しても、制度がなければ実現しない。』とまとめられている。

第2欄『第5原則の核心』では、左に『ガルトゥングの有機的組織の考え方』とあり、ヨハン・ガルトゥング風の人物イラストと天秤のマークが描かれている。説明文には『衡平(公平・公正)と調和(人間関係の安定)を、社会の制度や仕組みに組み込み、定着させること。』とある。中央には握手のマークがあり、そこから右へ矢印が伸びる。右側には大きく『衡平と調和を、社会の仕組みとして定着させる。』と書かれ、その下に多様な市民のイラストが並んでいる。欄の下部には『第5原則は、安心を一時的な善意ではなく、持続する制度へ変える。』と示されている。

第3欄『政策として実現するために必要な要素』では、10個の青い小枠が横並びで配置されている。1つ目『情報公開』は、資料と虫眼鏡の絵とともに『判断材料を市民が知ることができる』。2つ目『記録保存』は、フォルダとデータベースの絵とともに『後から検証できるように残す』。3つ目『理由提示』は、クリップボードと鉛筆の絵とともに『なぜその判断に至ったかを示す』。4つ目『市民参加』は、話し合う人びとの絵とともに『当事者や市民が意思決定に関われる』。5つ目『少数派の調査権』は、虫眼鏡と複数人の絵とともに『多数派だけで決めさせない』。6つ目『独立した監視』は、盾のマークとともに『外部からチェックできる』。7つ目『異議申立て』は、手を挙げる人物と封筒の絵とともに『不服を申し立てられる』。8つ目『司法救済』は、天秤の絵とともに『権利侵害を裁判で正せる』。9つ目『政策評価』は、上向きグラフの絵とともに『実施結果を測る』。10個目『定期的な見直し』は、循環矢印の絵とともに『状況の変化に応じて修正する』と書かれている。安全保障や行政だけでなく、あらゆる政策に必要な制度的要素を一覧で示した欄である。

第4欄『実行して終わりではない』では、左側にチェック付きのクリップボードのイラストがあり、その横に『実施後の検証がなければ、政策は形だけになりうる。』と書かれている。下には4つの確認項目がチェックリスト形式で並び、『危険は減ったか』『生活の見通しは改善したか』『当事者は参加できたか』『新しい格差や排除を生んでいないか』と示されている。右側には市民三人と街並みのイラストがあり、政策の効果を市民の生活の中で確認することを表している。

第5欄『政策修正の流れ』では、安心の条件を政策にし、検証し、修正していく流れが左から右へ矢印で整理されている。1つ目『安心の条件を示す』では、両手でハートを支えるマークが描かれている。2つ目『制度化する』では、木づちと文書の絵があり、法律や条例などの制度にすることを示す。3つ目『実施する』では、公共施設の建物と市民の絵があり、政策を現場で実行することを表している。4つ目『結果を検証する』では、虫眼鏡と棒グラフの絵があり、実施後の効果確認を示す。5つ目『市民の不安を再び聞く』では、市民二人の吹き出しがあり、現場の声を再度集めることを示す。6つ目『政策を修正する』では、循環矢印のマークがあり、制度や運用を見直すことを表している。欄の下部には『現場の結果や市民の声をもとに、制度や運用を修正していくことが重要。』とまとめられている。

第6欄『五原則は循環する』では、五つの原則が円環のようにつながって示されている。1つ目『不安を直視する』、2つ目『不安を分析する』、3つ目『不安を言葉にする』、4つ目『安心の条件を提示する』、5つ目『安心の条件を政策として実現する』が、それぞれ異なる色の円の中に書かれ、青い矢印で順につながれている。最下部には『実行から再び不安の直視へ戻ることで、政治は学び続ける。』とあり、5原則が一方向の作業ではなく、循環的に改善される政治プロセスであることを示している。

第7欄『まとめ』では、家族や高齢者を含む多様な市民のイラスト、虹、盾、ハートのマークが描かれている。右側には二つの大きなまとめ文があり、上段には『安心とは、言葉だけの約束ではなく、情報・参加・監視・救済・見直しを備えた制度として実現されてこそ、本当の安心になる。』と書かれている。下段には赤いハートのアイコンとともに『安心を創る政治は、実施して終わるのではなく、検証し、修正し、循環し続ける政治である。』と強調されている。全体としてこの画像は、第5原則「安心の条件を政策として実現する」を、制度化、予算化、実施、検証、修正、再循環という流れで整理し、衡平と調和を一時的な善意ではなく、社会の仕組みとして持続させるための有機的組織と政策過程を分かりやすく図解した教育用インフォグラフィックである。」

安心を創る政治とは、安心させる政治ではない

「安心を創る政治」と「安心させる政治」は異なります。

安心させる政治は、説明、宣伝、安全宣言によって、不安の感情を抑えようとします。しかし、情報を隠し、異議を抑え、危険を小さく見せれば、一時的に不安が弱まることはあっても、客観的な安全は生まれません。

安心を創る政治は、不安を合理的な警告として受け止めます。そして、原因を調べ、情報を公開し、当事者を意思決定に参加させ、危険を減らし、救済を準備します。

安心させる政治は、不安を感じる人を変えようとする。
安心を創る政治は、不安を生み出した社会の条件を変えようとする。

この違いは、平和学における文化的暴力の有無とも関係します。不安を口にする人を「秩序を乱す人」と扱えば、沈黙を強いる文化的暴力になります。不安を政策改善のための情報として扱えば、市民参加による積極的平和へつながります。

『安心を創る政治とは、安心させる政治ではない』をテーマにした日本語インフォグラフィック。副題は『不安を抑え込むのではなく、不安を生み出す社会の条件を変える政治へ』。全体は赤と緑を対比色として使い、『安心させる政治』と『安心を創る政治』の違いを、情報公開、市民参加、文化的暴力、積極的平和の観点から整理している。

最上部の『はじめに』では、『「安心を創る政治」と「安心させる政治」は異なります』と示し、中央に大きな「≠」記号を配置している。左側にはメガホンを持つ政治家とともに『安心させる政治=感情を抑え込む』、右側には市民と話し合う政治家や医療施設のイラストとともに『安心を創る政治=条件を変える』と示している。

左上の赤い大枠『安心させる政治』では、第一に、政治家が説明、宣伝、安全宣言によって市民の不安を抑えようとする様子が描かれている。第二に、文書にバツ印や『隠ぺい』の表示があり、情報を隠す、異議を抑える、危険を小さく見せることがあると説明している。第三に、『安全です!』という看板を掲げる政治家と不安そうな市民のイラストを使い、一時的に不安が弱まることはあっても、客観的な安全そのものは生まれないことを示している。第四に、『我慢すれば大丈夫』『考えすぎでは?』といった吹き出しとともに、不安を感じている人の側を変えようとすることが特徴として整理されている。

右上の緑の大枠『安心を創る政治』では、安心をつくるための六つの行動を段階的に示している。①市民の不安を合理的な警告として受け止める。②虫眼鏡を使って不安の原因を調べる。③行政文書やデータを公開して必要な情報を市民が確認できるようにする。④当事者や市民を意思決定に参加させる。⑤盾や安全施設のイラストとともに、実際の危険を減らす。⑥救急車、車いす利用者、ハートを支える手のイラストとともに、問題が起きた場合の保護と救済を準備する。最後には、街や住宅のイラストとともに『不安を生み出した社会の条件を変えようとする』とまとめられている。

中央には大きな引用形式で、『安心させる政治は、不安を感じる人を変えようとする。安心を創る政治は、不安を生み出した社会の条件を変えようとする。』という核心的な違いが赤字と緑字で強調されている。

中段左の『フローA:安心させる政治の流れ』では、左から『不安の声』→『説明・宣伝・安全宣言』→『異議の抑制』→『一時的な沈静化』→『危険や問題は残る』という流れが矢印で示されている。市民が『不安です』と声を上げても、宣伝や説明だけで抑え込まれ、問題の根本原因が残るため、見かけ上は静かになっても安心は実現しない構造を示している。

中段右の『フローB:安心を創る政治の流れ』では、『不安の声』→『事実確認・原因分析』→『情報公開』→『市民参加』→『危険の低減』→『保護・救済』→『安心の条件が整う』という流れを図示している。市民の不安を否定せず、政策改善のための情報として扱うことで、客観的な安心の条件へ結びつける仕組みを表している。

下段左の『文化的暴力との関係』では、文化的暴力を『不安を語る人を否定し、沈黙を強いる言葉や慣習』として説明している。『秩序を乱すな』『騒ぎすぎだ』『黙っていろ』などの言葉が吹き出しで描かれ、不安を口にする市民を『秩序を乱す人』と扱うことで、声を上げにくくし、沈黙を強いることが文化的暴力につながると示している。

その右側では、青い矢印の先に『不安を政策改善のための情報として扱えば、市民参加による積極的平和へつながる』と書かれている。多様な市民が対話し、『話してよかった』『一緒に考えよう』『制度を良くしよう』といった吹き出しを交わし、政策改善のチェックリストや暮らしやすい地域のイラストへつながっている。不安を抑えるのではなく、市民の声として受け止め、制度改善へ結びつけることが積極的平和につながるという対比を示している。

最下部の大きなまとめ欄では、盾と市民のアイコンとともに、『安心とは、宣伝や沈黙によってつくられるものではない。』と強調している。続けて、『安心を創る政治とは、不安を合理的な警告として受け止め、情報公開・参加・危険低減・救済によって、安心できる客観的条件を整える政治である。』とまとめている。右側には、多世代の市民が暮らす街、医療施設、住宅、虹のイラストが描かれている。

画像最下部の濃い青の帯には、『不安を抑え込む政治ではなく、不安から学び、社会を変える政治へ。』というメッセージが大きく配置されている。全体としてこの画像は、『安心させる政治』が市民の感情や発言を変えようとするのに対し、『安心を創る政治』は不安を生み出した制度、情報の不足、危険、救済の欠如など社会の条件そのものを変えようとすること、そして後者が文化的暴力を減らし、市民参加による積極的平和へつながることを視覚的に説明したインフォグラフィックである。」**

平和学から導かれる政治の三原則

幸福の三つの状態と、安心を創る政治5原則を重ねると、政治の基本姿勢は、さらに三つの言葉に集約できます。

「平和学から導かれる政治の三原則」を説明したインフォグラフィック。幸福の三つの状態と「安心を創る政治5原則」を重ね合わせ、政治の基本姿勢を「傷つけない政治」「見捨てない政治」「従わせない政治」の三つに整理している。

第1の原則は「傷つけない政治」。戦争、暴力、差別、虐待、ハラスメント、不当な権力行使から人を守り、危険があることを知らせないまま人に負担や被害を負わせない政治を意味する。図では、家族や市民を両手で包み込むように守る構図、平和を象徴する白い鳩、盾、暴力を禁止するマークなどを配置し、「戦争を防ぐ」「暴力を防ぐ」「差別を防ぐ」「権力濫用を防ぐ」という考えを示している。この原則は「心の平安を守る政治」と位置づけられ、憲法第9条、第13条、第18条、第31条から第40条までを基礎として示している。

第2の原則は「見捨てない政治」。貧困、病気、失業、障害、災害、子育て、介護、老後などによって生活が崩れることを放置せず、被害や困難を抱えた人の訴えを聞き、必要な保護、支援、補償、回復を行う政治を意味する。図では、子育て中の家族、医療従事者、高齢者、車いす利用者、災害対応にあたる人など、多様な立場の市民を描き、「生活保障」「支援」「補償」「回復」の四つの要素を示している。この原則は「心の安定を支える政治」と位置づけられ、憲法第14条、第17条、第25条から第29条、第32条などを基礎として示している。

第3の原則は「従わせない政治」。市民に必要な情報を与えないまま政策や行政判断へ従わせるのではなく、判断前の情報公開、意思決定への参加、表現の自由、異議申立て、少数派の権限、不当な政策を止める手続、独立した司法救済を保障する政治を意味する。図では、情報公開の文書、投票、議会や行政を象徴する建物、天秤、市民による話し合いなどを配置し、「情報公開」「参加」「表現」「異議申立て」「司法救済」の重要性を示している。この原則は「心の満足を可能にする政治」と位置づけられ、憲法第13条、第15条、第16条、第19条から第24条、第28条などを基礎として示している。

画像右側には、三原則と幸福の三つの心の状態との対応関係を縦方向に整理し、「傷つけない政治」が「心の平安」、「見捨てない政治」が「心の安定」、「従わせない政治」が「心の満足」につながることを示している。三つの原則を積み重ねることで、一人ひとりが恐怖や暴力から守られ、生活を支えられ、自分で考え、選び、政治に参加できる状態をつくるという構成になっている。

画像下部には、「傷つけない。見捨てない。従わせない。その三つによって、一人ひとりの心の平安、安定、満足を支える。」という中心的な理念を大きく配置している。さらに、「これが、平和学から導かれる幸福と安心づくりの政治です」とまとめ、平和を単に戦争がない状態として捉えるのではなく、人が傷つけられず、生活上の困難から見捨てられず、国家や行政に一方的に従わされない社会をつくることによって、一人ひとりの幸福と安心を支える政治の考え方を視覚化した図。

傷つけない政治

戦争、暴力、差別、虐待、ハラスメント、不当な権力行使から人を守ります。危険があるのに知らせず、人に負わせることもしません。

これは、心の平安を守る政治です。憲法第9条、第13条、第18条、第31条から第40条までが基礎になります。

見捨てない政治

貧困、病気、失業、障害、災害、子育て、介護、老後によって、人の生活が崩れることを放置しません。被害を受けた人の訴えを聞き、必要な保護、支援、補償、回復を行います。

これは、心の安定を支える政治です。憲法第14条、第17条、第25条から第29条、第32条などが基礎になります。

従わせない政治

市民を、情報を与えないまま政策へ従わせません。判断前の情報公開、意思決定への参加、表現、異議申立て、少数派の権限、不当な政策を止める手続、独立した司法救済を保障します。

これは、心の満足を可能にする政治です。憲法第13条、第15条、第16条、第19条から第24条、第28条などが基礎になります。

傷つけない。
見捨てない。
従わせない。
その三つによって、一人ひとりの心の平安、安定、満足を支える。

これが、平和学から導かれる幸福と安心づくりの政治です。

平和学を具体的な政策分野へ広げる

平和学は、外交や防衛だけでなく、生活に関わるあらゆる政策を読み直す視点になります。

「平和学を具体的な政策分野へ広げる」と題したインフォグラフィック。平和学を外交や防衛だけの問題としてではなく、水・環境、労働・ハラスメント、福祉・社会保障、防災、戦争とトラウマ、防衛・安全保障という生活に関わる6つの政策分野へ広げて考える構成になっている。上部には「平和学→外交・防衛だけでなく、生活政策へ」と示し、平和学が日常生活の中にある不安や被害を制度によって減らす視点であることを表している。

第1の「水・環境政策」では、水道、検査容器、検査結果の公開資料、工場や河川、汚染源を調べる虫眼鏡などを描いている。汚染の可能性がある水について情報を知らせないまま市民に飲ませることは、健康被害が確定していなくても自己決定を損なうとし、必要な政策として「検査」「全結果公開」「記録保存」「代替水源」「市民参加」などを提示している。安全な水を供給するだけでなく、市民が自分の飲んでいる水について情報を知り、自分で判断できることまでを積極的平和の条件として示している。

第2の「労働・ハラスメント政策」では、職場で怒鳴る上司と不安を感じる労働者、ハラスメントを止めるマーク、独立調査を示すチェックリスト、労働者の相談場面、安全を象徴するヘルメットや盾などを配置している。暴行や暴言を止めるだけでは十分ではなく、相談した人が不利益を受けないこと、調査機関が独立していること、労働者が業務量や安全について発言できること、生活を失う恐怖から危険な命令に従わなくてもよいこと、被害後の治療・休業・復職が保障されることまで整って初めて、職場の積極的平和が実現すると示している。図中には「不利益防止」「独立調査」「発言権」「休業・復職保障」といった要素が整理されている。

第3の「福祉・社会保障政策」では、子育て世代、高齢者、車いす利用者、相談員、支援制度の案内などを描いている。困窮してから申請できた人だけを救う仕組みでは、助けを求める力そのものを失った人が取り残されるとし、制度を分かりやすく周知すること、必要性を把握した段階で早期に支援へつなげること、申請が困難な人を支援すること、最低限の生活を保障することを示している。図中には「周知」「早期支援」「申請支援」「生活保障」と整理され、社会保障を単なる給付ではなく、将来への見通しと心の安定を支える平和政策として位置づけている。

第4の「防災政策」では、豪雨や災害、避難マップ、避難所、車いす利用者、高齢者、耐震化された住宅、医療を示すマークなどを配置している。自然災害そのものは完全には止められなくても、貧困、障害、性別、年齢、言語、住環境などによって被害が特定の人へ偏る状態は、政策によって改善できると示している。必要な対策として「個別避難計画」「避難所安全」「医療継続」「住居・所得保障」などを掲げ、避難情報の保障、住宅の耐震化、避難所での安全やプライバシー、性暴力対策、被災後の生活保障などを通じて、防ぐことのできた被害を社会が放置しないことを平和学に基づく防災として表現している。

第5の「戦争とトラウマの政策」では、戦争や空襲を想起させる破壊された街と飛行機、体験を記録する本、戦争体験を語る高齢者とそれを聞く家族や次世代を描いている。戦闘が終わっただけでは平和は完成せず、戦争、空襲、原爆、虐殺、引揚げ、性暴力などの記憶とトラウマは本人だけでなく家族や次世代にも影響を残すことを示す。必要な取り組みとして「記録」「承認」「治療」「再発防止」を示し、体験を聞き、事実を記録し、被害を認め、責任を検証し、治療と生活を支援し、再発防止へ結びつけることが重要だとしている。「語り継ぐ」ことを、過去を蒸し返す行為ではなく、過去の被害を将来の人を守る制度と文化へ変える「平和の継承」として表現している。

第6の「防衛・安全保障政策」では、国会を象徴する建物、市民、司法を示す天秤や木槌、情報公開文書、武力行使の停止を表すマークなどを描いている。平和学の視点から安全保障を考える場合、戦争や武力行使を開始する仕組みだけではなく、それを縮小、停止、検証、撤退、終結させる制度が必要だと示している。図では「開始→継続→撤退→終結」という流れを描き、定期的に武力行使を審査する考え方を視覚化している。また「情報公開」「少数派調査権」「司法審査」「停止申立て」といった制度を示し、軍事情報を行政だけが独占せず、国会の少数派、独立した司法、市民にも戦争を止めるための権限を分散させることを表している。これは「自衛権の民主化」という考え方にもつながる。

画像右側には「平和学のアプローチ・3つの視点」として、まず「直接的暴力を止める」、次に「構造的暴力を減らす」、さらに「参加・自己決定を保障する」という三段階を縦方向に示している。単に暴力や被害をなくすだけではなく、その被害を生み出す社会構造を改善し、市民自身が情報を得て政策決定に参加できる状態まで整えることが平和学の政策的な考え方であることを表している。

画像下部には、子ども、働く人、医療従事者、災害対応者、高齢者など多様な市民と地域の街並みを描き、「平和学は、外交や防衛だけでなく、水、労働、福祉、防災、トラウマ、安全保障まで読み直す視点」であり、「生活の中の不安と被害を、制度の改善によって減らしていくことが、平和学に基づく政治である」という全体のメッセージを示している。

水・環境政策

汚染の可能性がある水を、情報を知らせずに飲ませることは、健康被害が確認される前であっても、市民の自己決定を損ないます。

必要なのは、検査、全結果の公開、記録保存、判断理由の提示、汚染源調査、代替水源、健康相談、市民参加、独立した審査です。

安全な水だけでなく、「自分が何を飲んでいるか知り、自分で判断できること」が積極的平和の条件です。

労働・ハラスメント政策

暴行や暴言を止めることは消極的平和です。しかし、それだけでは十分ではありません。

相談した人が不利益を受けない。調査が独立している。働く人が業務量や安全について発言できる。生活を失う恐怖のため、危険な命令へ従わなくてもよい。被害後の治療、休業、復職が保障される。そこまで整って、職場の積極的平和が生まれます。

福祉・社会保障政策

困窮した後に申請した人だけを救う制度では、助けを求める力を失った人が取り残されます。

制度を分かりやすく知らせ、必要性を把握した段階で支援につなぎ、申請できない事情のある人を支える必要があります。最低限の生活保障は、単なる給付ではなく、将来への見通しと心の安定を保障する平和政策です。

防災政策

自然災害そのものを完全に止めることはできません。しかし、同じ災害で、貧困、障害、性別、年齢、言語、住環境によって被害が偏る状態は、政策によって改善できます。

避難情報の保障、個別避難計画、住宅の耐震化、避難所の安全とプライバシー、医療継続、性暴力対策、被災後の住居と所得保障が必要です。

防ぐことのできた被害を社会が放置しないことが、平和学に基づく防災です。

戦争とトラウマの政策

戦闘が終わっても、平和が完成するわけではありません。戦争、空襲、原爆、虐殺、引揚げ、性暴力などの記憶とトラウマは、本人だけでなく家族や次世代にも影響を残します。

必要なのは、体験を聞き、事実を記録し、被害を認め、責任を検証し、治療と生活を支え、再発防止へ結び付けることです。

語り継ぎは、過去を蒸し返す行為ではありません。過去の被害を、将来の人を守る制度と文化へ変える「平和の継承」です。

防衛・安全保障政策

平和学から安全保障を考えるなら、戦争を始める手続だけでなく、武力行使を縮小し、停止し、検証し、終結させる制度が必要です。

軍事情報を行政が独占しない。国会の少数派にも調査権を保障する。独立した司法が自衛権行使を審査する。市民が違憲な武力行使の停止を申し立てられる。開始だけでなく、継続、撤退、終結を定期的に審査する。

戦争を始める権限を集中させるのではなく、戦争を止める権限を分散することが、消極的平和を制度として実効化します。

私の「日本国憲法改正案の要旨」では、この考え方を「自衛権の民主化」として具体化しています。

幸福と安心を政策評価の基準にする

「幸福と安心を政策評価の基準にする」と題したインフォグラフィック。政策の成果を、事業を実施したか、予算を使ったかという行政側の実施状況だけで評価するのではなく、一人ひとりの心の平安、安定、満足を支える客観的条件が実際に改善したかで評価する考え方を示している。上部では、従来型の評価として「事業実施」「予算消化」を掲げ、それに対し、目指す評価として「幸福」「安心」「客観的条件の改善」を示している。

中央の表では、政策評価の基準を七つに整理している。第1は「心の平安」で、暴力、危険、被害が減ったか、危険が適切に市民へ知らされたかを評価し、「安全」「被害防止」「情報提供」を主な着眼点とする。第2は「心の安定」で、生活と権利について将来への見通しを持てるか、必要な制度を継続して利用できるかを確認し、「生活保障」「継続利用」「権利保障」を見る。第3は「心の満足」で、尊厳、自己決定、発言、政治や政策決定への参加、異議申立てが保障されているかを評価し、「尊厳」「参加」「自己決定」「救済」を重視する。

第4は「衡平」で、利益、負担、情報、権限が特定の人や地域、集団へ偏っていないかを問い、「偏りの是正」「分配の公正」を評価する。第5は「調和」で、被害を受けた人や異なる立場の人が無視されず、対話、相互理解、協力関係が生まれたかを確認する。第6は「回復」で、トラウマや被害について真相究明、補償、再発防止が行われたかを評価する。第7は「持続性」で、制度、予算、記録、監視、救済の仕組みが一時的なものではなく、将来にも残る形で制度化されているかを見る。

下部では、「主観的な安心だけでは不十分」として、市民が「安心した」と回答していても、必要な情報が知らされていなければ危険に気付かず不安を感じないことがあると説明している。反対に、実際の危険が減っていても、過去の隠蔽や被害によって行政や制度への不信が残る場合があることも示している。

そのため、政策評価では、市民本人が感じる主観的な安心とともに、客観的な安全、生活保障、権利保障、参加、自己決定、救済などが実際に整っているかを併せて確認する必要がある。画像下部には子ども、働く人、子育て世代、高齢者、障害のある人など多様な市民を描き、「主観的な安心と、客観的な安全・生活保障・参加・救済を併せて評価する。幸福と安心を、政策の本当の成果として測る」という全体の考え方を表現している。

政策の成果を、事業を実施したか、予算を使ったかだけで評価してはなりません。一人ひとりの心の平安、安定、満足を支える客観的条件が改善したかを確かめる必要があります。

評価する状態政策評価の問い
心の平安暴力、危険、被害は減ったか。危険は適切に知らされたか
心の安定生活と権利に見通しが持てるか。制度を継続して利用できるか
心の満足尊厳、自己決定、発言、参加、異議申立てが保障されたか
衡平利益、負担、情報、権限が一部に偏っていないか
調和被害や異なる立場が無視されず、協力関係が生まれたか
回復トラウマや被害に対する真相究明、補償、再発防止が行われたか
持続性制度、予算、記録、監視、救済が将来にも残るか

市民が「安心した」と回答したかだけでは不十分です。情報を知らされなければ、不安を感じないこともあります。反対に、危険が減っても、過去の隠蔽や被害のため不信が残ることもあります。

主観的な安心と、客観的な安全、生活保障、参加、救済を併せて評価する必要があります。

まとめ――私は、平和学を、一人ひとりの安心を制度へと変換する実践的学問であると考えている。

平和学は、戦争がないことだけを平和とは考えません。

「まとめ――平和学とは、一人ひとりの安心を制度にする学問である」と題した総まとめのインフォグラフィック。全体は、平和学の基本視点、日本国憲法との接続、一人ひとりの幸福としての平和、安心を創る政治5原則、政治の基本姿勢と制度、という五つの層で構成されている。青と緑を基調に、多数の枠や矢印、人物イラスト、アイコンを使って、平和学の理念が憲法を通じて制度化され、さらに政治の実践へ落とし込まれていく流れを整理している。

最上部には大見出しとして「まとめ――平和学とは、一人ひとりの安心を制度にする学問である」と大きく書かれている。その下には、平和学は戦争がないことだけではなく、すべての人が安心して生きられる社会をつくるための学問である、という趣旨の説明文がある。左右には白い鳩や木、街並みなど平和や暮らしを象徴するイラストが配置され、「一人ひとりの安心が、平和な社会をつくる」といったメッセージが添えられている。

その下の第1段は「平和学の視点」。ここでは平和学を六つの視点に分けて説明している。第1は「直接的暴力を止める」で、戦争、暴力、テロ、虐待、ハラスメントなど身体的な暴力をなくすことを示し、拳銃に禁止マークが重ねられたアイコンが描かれている。第2は「構造的暴力を取り除く」で、貧困、差別、不平等、排除など社会の仕組みによって生まれる不利益をなくすことを示し、天秤と人の図がある。第3は「暴力を正当化する文化を問い直す」で、戦争や差別、服従を当然とする価値観や慣習を見直し、平和の文化を育てることを、本のアイコンで示している。第4は「過去のトラウマを回復する」で、戦争、災害、虐待などによる個人・家族・地域の心の傷を癒し、再び尊厳ある生活を取り戻すことを、手のひらとハートのマークで表している。第5は「コンフリクトを対話と制度で転換する」で、対立を暴力や服従ではなく、対話、合意、制度によって平和的に解決することを、人々が向き合って話し合うアイコンで示している。第6は「衡平と調和を制度として定着させる」で、公正と協力を善意だけに頼らず、法律、予算、行政、参加、救済の仕組みとして社会に定着させることを、議事堂のような建物のアイコンで示している。

次の段は「日本国憲法とのつながり」。ここでは、平和学の理念が日本国憲法のどこに接続するかを、左から右へ並ぶ矢印の流れで示している。最初に「前文」があり、平和と人権の理念を示し、すべての条文をつなぐ役割があることを説明している。次に「第9条」があり、国家間の直接的暴力を防ぐ消極的平和の根本であることを示している。続いて「第11条〜第40条」があり、尊厳、自由、平等、生活、参加、救済を保障する積極的平和の根本として整理されている。さらに「国会・行政・司法・地方自治」があり、平和の理念を実際の政治と行政の仕組みとして実現する部分として示されている。最後に「第97条」があり、この憲法を将来の世代に引き継ぐことを表している。全体として、平和学の理念が憲法の構造全体に通じていることを可視化している。

その下の段は「一人ひとりの幸福としての平和」。ここでは、憲法上の平和を個人の幸福に引き寄せて、三つの状態として説明している。第1は「心の平安」で、「いま、傷つけられないこと」と説明され、胸に手を当てて穏やかな表情をした人物が描かれている。第2は「心の安定」で、「明日も生活と権利が守られる見通しがあること」と説明され、家族や住宅のイラストがある。第3は「心の満足」で、「自分が尊重され、自分で選び、社会に参加し、他者と価値を分かち合えること」と説明され、多様な市民が並ぶ姿が描かれている。平和は単に戦争がない状態ではなく、一人ひとりの心の平安、安定、満足として具体的に表されることを示している。

その次の段は「安心を創る政治5原則」。ここでは、理念を現実の政治へ移す方法として五つの原則が横並びで示されている。第1は「不安を直視する」で、市民の不安を正面から見つめ、耳をふさがないことを虫眼鏡のアイコンで表している。第2は「不安を分析する」で、不安の原因を制度や社会の仕組みから明らかにすることを棒グラフのアイコンで示している。第3は「不安を言葉にする」で、市民が共感できる言葉で不安を表現することを吹き出しのアイコンで表している。第4は「安心の条件を示す」で、不安から、心の平安・安定・満足を支える具体的条件を示すことを文書のアイコンで示している。第5は「政策として実現し、検証・改善する」で、その条件を政策や制度として実行し、検証と改善を続けることを歯車のアイコンで表している。五つの枠の間は矢印でつながれ、連続した政治のプロセスとして描かれている。

さらに下の段は「政治の基本姿勢――3つの約束」。ここでは、理念を支える政治の姿勢として三つの約束を示している。第1は「人を傷つけない」で、戦争、暴力、差別、虐待、ハラスメントから人を守ることをハートのマークとともに示している。第2は「人を見捨てない」で、貧困、病気、災害などで生活が崩れることを放置しないことを、人が両手を広げるアイコンとともに表している。第3は「人を従わせない」で、情報、参加、表現、異議申立てを保障し、市民を強制しないことを複数人の人物アイコンで表している。これらは「人に安心しなさいと命じるのではなく、制度で支える」という趣旨でまとめられている。

同じ段の右側には「安心を支える制度」が並んでいる。内容は「情報(知る権利)」「参加(政策決定への参加)」「生活保障(暮らしの基盤)」「停止(危険な政策を止める)」「救済(権利の回復)」で、それぞれ情報マーク、人々のアイコン、家のマーク、停止の手のマーク、天秤のマークで示されている。安心とは心情だけではなく、知ること、参加すること、生活が守られること、危険を止められること、権利侵害から回復できることを制度として保障する必要があるという考えを示している。

最下部には、子ども、若者、家族、労働者、医療従事者、高齢者など、多様な人々が横一列に並び、その背後に川、橋、街並み、緑の風景が描かれている。中央には「一人ひとりが自分にとっての幸福を自由に追求できる社会を支える。それが、平和学から日本国憲法をつなぐ、幸福と安心づくりの政治の在り方です」という趣旨のまとめがある。左右には「平和は、すべての人の安心から」「一人ひとりの安心が、未来をつくる」「平和な社会を、次の世代へ」といったメッセージが配置されている。

全体としてこの画像は、平和学を、戦争を止める学問にとどめず、暴力の除去、構造改革、文化の見直し、トラウマの回復、対話による解決、公正と調和の制度化を通じて、日本国憲法と接続し、一人ひとりの心の平安・安定・満足を支える制度と政治へ具体化していく学問として総括した図である。

直接的暴力を止める。構造的暴力を取り除く。暴力を正当化する文化を問い直す。過去のトラウマを回復する。コンフリクトを暴力や服従ではなく、対話と制度によって転換する。衡平と調和を、善意だけに任せず、法律、予算、行政、参加、救済の仕組みとして定着させる。

この平和学の考え方を日本国憲法へ接続すると、第9条は国家間の直接的暴力を防ぐ消極的平和の根本となります。第11条から第40条までの基本的人権は、尊厳、自由、平等、生活、参加、救済を保障する積極的平和の根本となります。そして、前文が両者を結び、国会、行政、司法、地方自治が制度化し、第97条が将来世代へ引き継ぎます。

その憲法上の平和を、一人ひとりの幸福として表せば、心の平安、心の安定、心の満足になります。

心の平安とは、いま傷つけられないことです。心の安定とは、明日も生活と権利が守られる見通しがあることです。心の満足とは、自分が尊重され、自分で選び、社会に参加し、他者と価値を分かち合えることです。

そして、「安心を創る政治5原則」は、この理念を現実の政治へ移す方法です。

不安を直視する。
不安を分析する。
不安を言葉にする。
不安から、心の平安・安定・満足を支える安心の条件を示す。
その条件を政策と制度として実現し、検証し、改善する。

政治は、人の心に「安心しなさい」と命じるものではありません。

人を傷つけない。人を見捨てない。人を従わせない。そのための情報、参加、生活保障、停止、救済の制度をつくる。そうして、一人ひとりが自分にとっての幸福を自由に追求できる社会を支える。

それが、平和学から日本国憲法をつなぐ、幸福と安心づくりの政治の在り方であると、私は考えています。

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私、原田芳裕は、様々な方と繋がりたいと思っています。もし、私と繋がりたいという方は、是非、下のメールフォームから、ご連絡ください。ご相談事でも構いません。お待ちしております。

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