【違憲判決】「18歳未満にも選挙で応援する自由を訴訟」東京地裁・2026年9月25日判決の分析

令和8年9月25日 東京地裁が「18歳未満の本人が自発的に選挙運動をすることまで全面禁止するのは違憲」という違憲判断を示しました。
この判決の核心は、「18歳未満の本人が自発的に選挙運動をすることまで全面禁止するのは違憲だが、大人などが18歳未満の人を選挙運動に使用することを禁じるのは合憲」という区別です。 他方、原告らの確認請求と国家賠償請求は、いずれも認められていません。
実際の判決文です。
判決(マスキング済み) から
この訴訟は、原告によって、「18歳未満にも選挙で応援する自由を訴訟」と名付けられています。この東京地裁の判決文を、分析していきたいと思います。

※尚、判決文全文を上記掲載しましした。このブログには(○○頁)など、判決文のどこに該当する箇所があるのか、分かりやすくしていますので、是非、参照してください。
目次
- 1 0 まず違憲審査の対象となった条文を見る――公職選挙法137条の2、公職選挙法239条1項1号、そして有罪となった場合の選挙権・被選挙権の停止
- 2 1 判決の結論を正確に分ける
- 3 2 違憲判断の出発点――投票できない人にも、語る自由はある
- 4 3 どのような厳しさで違憲審査をしたか
- 5 4 立法目的は否定しない――その先で手段を崩す
- 6 5 最後の比較衡量――公職選挙法第137条の2第1項は違憲になるのか
- 7 6 刑罰と公民権停止についての違憲判断
- 8 7 なぜ公職選挙法137条の2第2項の「未成年者を使用する禁止」は合憲なのか
- 9 8 違憲と述べながら、なぜ確認請求は却下されたのか
- 10 9 違憲と述べながら、なぜ国家賠償は棄却されたのか
- 11 10 この判決の射程と、なお残る課題
- 12 はらだよしひろと、繋がりたい方、ご連絡ください。
0 まず違憲審査の対象となった条文を見る――公職選挙法137条の2、公職選挙法239条1項1号、そして有罪となった場合の選挙権・被選挙権の停止
判決の分析を読む前に、問題となった条文を確認します。規制は、①選挙運動の禁止、②違反した場合の刑罰、③有罪となった場合の選挙権・被選挙権の停止という順につながっています。以下は公職選挙法の条文のうち、本件に関係する部分です(判決4~5頁)。
18歳未満の選挙運動を禁じる――公職選挙法137条の2
(年齢満十八年未満の者の選挙運動の禁止)
第百三十七条の二 年齢満十八年未満の者は、選挙運動をすることができない。
2 何人も、年齢満十八年未満の者を使用して選挙運動をすることができない。ただし、選挙運動のための労務に使用する場合は、この限りでない。
第1項は18歳未満の本人に、第2項はその人を選挙運動に使用する側に向けた禁止です。この二つを分けることが、判決を読む出発点になります。
違反した場合の刑罰――公職選挙法239条1項1号
(事前運動、教育者の地位利用、戸別訪問等の制限違反)
第二百三十九条 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。
一 第百二十九条、第百三十七条、第百三十七条の二又は第百三十七条の三の規定に違反して選挙運動をした者
第1号には、先ほどの137条の2が含まれています。つまり、選挙運動の禁止には刑罰も結びついています。なお、239条1項の第2号以下は、本件に直接関係しないため省略しました。
有罪となった場合の選挙権・被選挙権の停止――公職選挙法252条
判決に直接関係する公職選挙法252条の第1項と第2項を掲げます。
(選挙犯罪による処刑者に対する選挙権及び被選挙権の停止)
第二百五十二条 この章に掲げる罪(第二百三十六条の二第二項、第二百四十条、第二百四十二条、第二百四十四条、第二百四十五条、第二百五十二条の二、第二百五十二条の三及び第二百五十三条の罪を除く。)を犯し罰金の刑に処せられた者は、その裁判が確定した日から五年間(刑の執行猶予の言渡しを受けた者については、その裁判が確定した日から刑の執行を受けることがなくなるまでの間)、この法律に規定する選挙権及び被選挙権を有しない。2 この章に掲げる罪(第二百五十三条の罪を除く。)を犯し拘禁刑に処せられた者は、その裁判が確定した日から刑の執行を終わるまでの間若しくは刑の時効による場合を除くほか刑の執行の免除を受けるまでの間及びその後五年間又はその裁判が確定した日から刑の執行を受けることがなくなるまでの間、この法律に規定する選挙権及び被選挙権を有しない。
この規定により、137条の2に違反したとして刑に処せられると、選挙権・被選挙権の停止にもつながります。ただし、252条4項には、裁判所が事情に応じて停止規定を適用しない、または停止期間を短縮できる旨の定めがあります。
以上の条文を踏まえると、この裁判の問いは「18歳未満の本人による選挙運動を禁止してよいか」だけではありません。その禁止に違反した本人を処罰し、将来の選挙権・被選挙権まで制限してよいかも問われているのです。

1 判決の結論を正確に分ける
| 対象 | 東京地裁の判断 | 判決文 |
|---|---|---|
| 公職選挙法137条の2第1項:18歳未満の本人による選挙運動の禁止 | 憲法21条1項違反 | 45~53頁 |
| 公職選挙法137条の2第1項違反を理由に本人を処罰し、公民権を停止する規定 | その適用も憲法21条1項違反 | 53~54頁 |
| 同条2項:18歳未満の人を「使用」した選挙運動の禁止 | 合憲 | 54~55頁 |
| 公職選挙法137条の2第2項違反を理由とする刑罰・公民権停止 | 憲法21条1項・31条に違反しない | 55~56頁 |
| 17歳の原告による、将来の選挙運動についての各確認請求 | 確認の利益を欠くとして却下 | 25~27頁 |
| 原告4人の各10万円の国家賠償請求 | 国会の立法行為・立法不作為について、国賠法上の違法性を認めず棄却 | 56~59頁 |
したがって、これは判決理由で明確に違憲と判断した一方、主文では原告の請求をすべて退けた判決です。「違憲なのに原告敗訴」という一見奇妙な結果は、後述するように、確認訴訟の要件と国家賠償の要件を、憲法判断とは別に審査したことで生じています。
2 違憲判断の出発点――投票できない人にも、語る自由はある
裁判所はまず、選挙権と選挙運動の自由を別の問題として捉えます。
選挙運動について判決は、特定の選挙で特定の人を当選させるため、投票を得る目的で行う勧誘などの行為だと整理します。そのような行為は政治活動の一環であり、憲法21条1項の表現の自由によって保障される、と位置づけました(45頁)。この政治活動の自由を重視する枠組みには、2012年の最高裁判決が参照されています。
そのうえで裁判所は、憲法15条3項が成年者の普通選挙を保障し、18歳未満の人には選挙権が与えられていないことを認めます。しかし、そこから直ちに「投票できない者は、候補者を支持する意見も表明できない」とは導きません。未成年者自身も憲法21条の権利主体である、というのが判決の重要な一歩です(45頁)。
ここで審査対象となる自由は、投票する権利でも立候補する権利でもありません。選挙に際して、自分の判断に基づき政治的意思を表現する自由です。選挙権がないことを、その表現を全面禁止する理由に転用できるかが、本件の中心問題になります。
なお、この判決は、あらゆる政治的発言を「選挙運動」と呼んでいるわけではありません。特定候補者への投票を求める活動と、政策について一般に意見を述べる活動との区別は、引き続き重要です。

3 どのような厳しさで違憲審査をしたか
国側は、選挙制度の設計には国会の広い裁量があり、緩やかな基準で合憲性を判断すべきだと主張しました。裁判所は、ここで最高裁判例の扱う規制と、本件規制の違いを二段階で示します(45~47頁)。
第一に、選挙制度の仕組みに広い立法裁量を認めた最高裁判決は、選挙制度の設計や政党・候補者間の扱いを問題にしたものです。本件で問題になっているのは、特定の個人による表現そのものの禁止です。したがって、制度設計に関する広い裁量を、そのまま本件へ移すことはできないとしました。
第二に、戸別訪問の禁止に関する最高裁判決は、選挙運動の特定の方法を規制する事案です。これに対して公職選挙法137条の2第1項は、18歳未満という属性を持つ人の選挙運動を、方法を問わずすべて禁止します。裁判所は、自由への制約の強さが「格段に」異なると捉え、戸別訪問の判例と同じ緩やかな扱いを拒みました。
裁判所が採った判断枠組みは、規制が必要かつ合理的といえるかを、次の要素を比較して判断するものです(45~46頁)。
- 規制目的を実現するため、その禁止がどれほど必要か。
- 制限される自由の内容と重要性は何か。
- 禁止が誰に、どの範囲で、どの程度及ぶか。
これは、判決文が明示的に「厳格審査」という名称を採用したという意味ではありません。実際の論証では、全面禁止という強い制約に見合う必要性があるか、弊害に絞った規制で目的を達成できないかを厳しく検討しています。

4 立法目的は否定しない――その先で手段を崩す
この判決の特徴は、国側が挙げる目的を初めから不当だとして退けていない点です。
裁判所は、1952年の規定制定に至る審議や、子どもが選挙運動に動員された事例を詳しく調べたうえで、立法目的を次の二つと認定しました(48~50頁)。
- 選挙の公正の確保。連呼行為や多数の人を動員する運動などによって、選挙運動の機会の均等が害されることを防ぐ。
- 未成年者の保護。子どもが選挙運動に利用され、本人の意思に反して活動させられるような弊害から守る。
原告側は、制定の経緯には警察による取締りの便宜が表れていると主張しました。裁判所はその発言の存在を踏まえつつも、関連規定を含む審議全体から二つの目的を認定しています。つまり、**「目的が正当でも、18歳未満の本人による活動まで一律に禁じてよいとは限らない」**という構成です。
制定史には、判決の問題意識を示す場面があります。当初示された案は、未成年者を使用する側の禁止が中心でした。審議で「本人が自発的に行う場合はどうするのか」が問われ、少年法との関係や処罰の難しさが議論された後、本人の活動も禁止し、本人にも制裁を科す方向に進みました(35~37頁)。他者による利用への対策から、本人の自発的行為を含む禁止へ広がったことが、現在の違憲判断を理解する鍵です。

選挙の公正について――問題なのは「年齢」か「行為」か
国側は、未成年者が連呼行為や人海戦術に動員されたことを指摘しました。裁判所は、そこで弊害を生むのが何かを問い直します。
連呼行為などが公正を害するとしても、その問題は参加者が未成年者のときだけ生じるわけではありません。そうであれば、まず規制すべきなのは問題となる運動の態様です。さらに公職選挙法には、連呼行為、戸別訪問、選挙運動期間、文書の頒布などについて、既に個別の規制があります(50~51頁)。
裁判所は、制定当時に問題視された一定の運動方法を超えて、未成年者が選挙運動に参加すること自体が、公正にどのような害を生むかについて具体的な検討が見当たらない、と指摘しました。選挙権がないという事情だけでも、本人の活動を一律に禁止する根拠にはならないとします(51~52頁)。
この部分の論理は明瞭です。「子どもを使った問題のある運動があった」という事実と、「子ども本人のあらゆる運動を禁じる必要がある」という結論の間には、説明すべき飛躍がある、と裁判所は考えています。

未成年者保護について――誰から何を守るのか
裁判所は、未成年者が不当な運動に巻き込まれる危険を否定していません。ただし、その危険に対応するなら、不当な運動や、そこへの動員を規制すべきだとします。本人が自らの関心と価値判断によって行う選挙運動一般まで禁止する必要性は高くない、という判断です(52頁)。
国側が挙げた学業への支障についても、裁判所は、学生による選挙運動は既に制度上想定されており、主権者教育も行われていると指摘します。そして、選挙運動への参加それ自体を、社会的非難に値する活動や心身を害する活動とは捉えません。判決は、本人の意思でスポーツや音楽などの課外活動に取り組むこと自体を法律で禁止しないのと対比し、本人の意思に基づく選挙運動だけを全面的に禁じる実質的根拠は見いだし難いと論じています(52頁)。
この対比から読み取れるのは、「未成年者だから保護する」という説明だけでは足りず、その規制が本人を具体的にどの害から守るのかを示さなければならない、という考え方です。

5 最後の比較衡量――公職選挙法第137条の2第1項は違憲になるのか
目的ごとの必要性を検討した後、裁判所は制約の重さと突き合わせます(53頁)。
公職選挙法第137条の2第1項は、重要な精神的自由である表現の自由を直接制限します。しかも18歳未満の人については、特定の危険な方法だけでなく、選挙運動の一切を禁じます。成人するまでの期限付きであり、選挙運動以外の政治活動は可能だとしても、裁判所は制約をなお重大だと評価しました。
その一方、二つの目的のために本人の運動を一律禁止する必要性は高くありません。裁判所は、未成年者を使用した運動の禁止、教育者が地位を利用した運動の禁止、連呼行為の規制など、弊害に対応する個別の規制を挙げます。
判決の論証を圧縮すると、次のとおりです。
公正の確保・未成年者保護という目的は正当
→ しかし、問題となるのは主に運動の態様や他者による動員
→ 本人の自発的な活動を含めた全面禁止の必要性は低い
→ それに対して表現の自由への制約は直接的で重大
→ 公職選挙法137条の2第1項は必要かつ合理的な規制として是認できず、憲法21条1項に違反する。
ここでの判断は、単に「若者の政治参加は大切だ」という価値判断にとどまりません。立法目的、把握された弊害、禁止の範囲、より対象を絞った手段を順に照合して、法の禁止範囲が広すぎることを示しています。

6 刑罰と公民権停止についての違憲判断
憲法21条第1項違反に伴う制裁について、判決は二つの理由を示します(53~54頁)。
第一に、違憲の禁止規定に違反したことを理由とする制裁は、当然に憲法21条1項に違反するという、禁止と制裁の連動です。ここで違憲とされたのは、刑罰・公民権停止に関する条文の公職選挙法137条の2第1項違反への適用です。それらの制裁規定全体を、あらゆる選挙違反について違憲としたわけではありません。
第二に、裁判所は制裁そのものの不合理性にも言及します。選挙運動それ自体は社会的非難を受ける行為ではなく、未成年者を守るという目的で、守る対象である本人を処罰するのは合理性を欠く、としました。国側は刑罰の目的は選挙の公正であって未成年者保護ではないと反論しましたが、裁判所は、禁止規範の目的から未成年者保護だけを切り離して制裁を説明することは難しいと応じています。
なお、原告は憲法31条違反も主張しています。しかし、第1項違反に伴う制裁について判決が明示した違憲の結論は、憲法21条1項違反です。「刑罰規定について31条違反も独立に認定した」と読むのは正確ではありません。

7 なぜ公職選挙法137条の2第2項の「未成年者を使用する禁止」は合憲なのか
公職選挙法137条の2第1項との比較が、この判決を最もよく表しています。
公職選挙法137条の2第2項は、未成年者自身ではなく、未成年者を選挙運動に使用する人を規制します。裁判所も、その結果として未成年者が候補者らの運動へ参加しにくくなることは認めます。しかし、本人の表現への影響は間接的だと評価しました(54頁)。
必要性の側では、親権者など、本人の意思決定に影響力を持つ人が、意に沿わない運動へ従事させる危険を重く見ます。低年齢の子どもが動員された事例も踏まえ、教育者の地位利用を禁じる規定だけでなく、他者が未成年者を使用することを一律に禁じる必要性は高いと判断しました(54~55頁)。
制約の側では、公職選挙法137条の2第2項によって妨げられるのは「他者に使用される」という参加形態であり、裁判所は、本人が独立して発信することや、使用関係なく他者と活動することまでを同項が禁じるものではないとします。この比較から、公職選挙法137条の2第2項は未成年者保護のために必要かつ合理的で、憲法21条1項に反しないと結論づけました(55頁)。公職選挙法137条の2第2項違反への制裁も、他の選挙違反に対する制裁との均衡などから、憲法21条1項・31条に違反しないとしています(55~56頁)。
つまり判決は、「未成年者を政治から遠ざけること」と「未成年者を他人の運動に利用させないこと」には、憲法上大きな違いがあると考えています。
ただし、ここには検討の余地もあります。本人が自ら望んで候補者の活動を手伝う場合にも、公職選挙法137条の2第2項の「使用」はどこまで及ぶのか。選挙運動において、独立したSNS発信が、候補者の陣営で活動することの代わりになるのか。判決は公職選挙法137条の2第2項による負担を比較的小さく捉えますが、「使用」の境界や、組織的な活動に参加できない不利益は、十分に詰め切っていないように思います。これは判決の結論ではなく、私の評価です。

私論:「使用」の範囲を明確にしないと、公職選挙法137条の2第2項 は憲法31条との関係で問題になるのではないか?
ここは判決の結論ではなく、私の問題提起です。公職選挙法137条の2第2項を合憲と評価するには、どのような共同活動が処罰される「使用」に当たるのかを、実際の活動に即して説明できる必要があります。
本人が望んで参加しても「使用」になるのか
18歳未満の人が自分から陣営に参加を申し出たとしても、その後、候補者側が活動日時や役割、発言内容を決めて依頼するなら、「使用」に当たる余地があります。反対に、候補者と相談したり、同じ場所で活動したりするだけで、直ちに「使用」ともいえないはずです。判決は「使用関係なく他者と活動する」余地を認めましたが、共同活動と使用関係を分ける基準は具体化していません(判決文55頁)。
ただし書の「労務」も、処罰の境界になる
公職選挙法137条の2第2項には「選挙運動のための労務に使用する場合」を除く、というただし書があります。総務省の2023年の資料は、機械的な宛名書きやポスター貼りは差し支えない一方、渡された原稿を街頭演説で読み上げる行為には抵触のおそれがあるとしています。同じ「指示された作業」でも、どこから有権者への働きかけになるのでしょうか。これは例外に当たるか、それとも処罰対象になり得るかを分ける問いです。なお、この資料は本判決より前の整理です。
境界への疑問は、制定時にも出ていた
この問題は新しくありません。1952年の国会審議でも、議員が「単純な労務」の範囲を明らかにするよう求めました。法案の説明者は、ポスター貼りや演説会場の準備を労務の例として挙げています。他方、当時の例示だけでは、現在のSNS投稿の作成や候補者との共同発信まで判断できません。「使用」と「労務」の線引きは、制定時から実務上の問いだったのです。
原告の主張と、判決が答えた範囲
原告側は、公開された準備書面で「使用」概念そのものが不明確になり得ると指摘しています。ただ、その指摘は主として、第1項による本人の選挙運動の全面禁止を正当化できない、という議論の中に置かれていました。判決は公職選挙法137条の2第2項違反への刑罰について憲法31条にも違反しないと判断しましたが、「使用」や「労務」の具体的な境界を示す明確性審査までは行っていません(判決文55~56頁)。
憲法31条から何を問うべきか
刑罰法規について最高裁は、通常の判断能力を持つ人が、具体的な行為に規定が適用されるか判断できる基準を読み取れるかを重視しています。したがって、境界事例があるだけで直ちに公職選挙法137条の2第2項が違憲となるわけではありません。しかし、候補者と18歳未満の人が共同で発信するとき、誰も処罰の境界を見通せないなら、憲法31条の問題は残ります。政治的表現を控えさせる効果も、憲法21条との関係で検討すべきです。
私見――共同活動をどう区別するか
判断には、本人が参加を申し出たかだけでなく、誰が活動を決め、発言内容を管理し、本人にどれほど判断の自由があるかを見るべきだと思います。例えば、本人が自分の言葉で投稿する場合と、陣営の指示で公式アカウント向けの呼びかけを作る場合とでは、関係が異なります。公職選挙法137条の2第2項を適用するなら、この違いを説明できる基準が必要です。判決の合憲判断は、その基準まで確定したものではありません。

8 違憲と述べながら、なぜ確認請求は却下されたのか
未成年である原告は、次回の選挙で運動できる地位などの確認を求めました。裁判所は、確認の訴えには、現在の権利・法的地位に危険や不安があり、今、確認判決をする必要があることを要するとしました(25頁)。
そのうえで、将来については、どの選挙で、どの候補者のために、どのような方法で運動するかが具体化していないと指摘します。「他人に使用されて運動する」請求については、その「他人」も特定されていません。裁判所は、現段階での希望や意向だけでは紛争が十分に具体化しておらず、確認請求は実質的に法律の抽象的な違憲審査を求めるものになると判断しました(25~27頁)。
ここで裁判所は、確認請求が「法律上の争訟」に当たるかまでは判断していません。また、「選挙運動について事前の確認訴訟は常に不可能だ」と一般化したわけでもありません。この訴えで示された将来の活動の具体性が足りない、という判断です。
この部分には、救済上の難しさがあります。判決は過去に原告らが活動を断念した事実を認定し(43~44頁)、法律による全面禁止を違憲とまで述べました。それでも、違反して制裁を受ける前に、将来の選挙で活動できる地位を確定する救済は与えないのです。選挙の時期や候補者は変わり、未成年でいられる期間も限られます。その事情の下で、事前救済にどれほどの具体性を要求すべきかは、この判決への重要な批判点になります。
対照的に、2005年の在外選挙権訴訟では、最高裁は違法確認請求の一部を却下する一方、対象となる選挙を特定した投票できる地位の確認を認め、国家賠償も命じました。本件と権利・事実関係は異なりますが、「違憲性を認めた後、どの請求なら現実の救済につながるか」を比較する手掛かりになります。
憲法違反の問題と、裁判所がどのような形で具体的な救済を与えることができるのかは、必ずしも同じ問題ではありません。この「憲法上の権利」と「裁判による救済」の関係については、別の記事「憲法32条と82条が照らした『裁判』の条件――昭和35年7月6日大法廷判決を読む【憲法判例が面白い7】」でも詳しく扱っています。

9 違憲と述べながら、なぜ国家賠償は棄却されたのか
判決は、次の二つを明確に分けています(56~59頁)。
- 法律の内容が憲法に違反するか。
- その法律を作り、または改めなかった国会議員の行為が、個々の国民との関係で国家賠償法上も違法か。
後者について判決は、立法内容が違憲というだけでは足りず、権利侵害や立法措置の必要性が明白であるなど、例外的な場合に国賠法上の違法性が認められるという最高裁の枠組みを用います。これは在外選挙権事件の最高裁判決に基づくものです。
裁判所は、公職選挙法137条の2第1項を違憲とする事情は制定時から変わらないと述べます。その一方で、1952年当時は未成年者が選挙運動に利用される弊害が繰り返し指摘され、各地で調査も行われていたこと、未成年者自身を権利主体として捉える意識が後に進展したことを挙げ、制定時に権利侵害が明白だったとまではいえないとしました(57~58頁)。
制定後についても、公職選挙法137条の2第1項の合憲性を直接判断した先行裁判例がなく、国会がその適否を検討すべき契機があったとはいえないとして、原告らが2022~24年に活動を断念した時点で、改廃の必要不可欠性が立法府にとって明白だったとはいえないと結論づけました(58~59頁)。そのため、損害額などへ進む前に国家賠償請求は退けられています。
私は、この部分が判決で最も議論を呼ぶと考えます。判決自身が、制定当時の審議には本人の処罰について「理論的に変」との指摘があったことを認定し、制定後の解説書や1992年の大阪高裁判決にも合理性への疑問が示されていたと記しています(36~37、39~43頁)。それでも「国会が見直すべきことが明白だった」とは評価しませんでした。どの程度の指摘が積み重なれば立法府にとって「明白」になるのかは、判決の国賠判断に残る問いです。

10 この判決の射程と、なお残る課題
第一に、立候補年齢や投票年齢を引き下げた判決ではありません。 憲法21条1項に基づく、18歳未満の人の選挙運動に関する判断です。
第二に、違憲とされた範囲は限定されています。 公職選挙法137条の2第1項による本人の全面禁止と、その違反を理由とする制裁が違憲とされました。公職選挙法137条の2第2項による「使用」の禁止と、その違反への制裁は合憲とされています。
第三に、判決理由の違憲判断と、主文による救済は別です。 判決が出たことで条文が自動的に削除されたわけでも、すべての18歳未満の人について選挙運動の適法性を確定する主文が出たわけでもありません。今後の裁判や立法にとって重要な判断ですが、この一審判決だけを根拠に「既に自由に選挙運動できることが法的に確定した」と扱うことはできません。
私の見るところ、この判決の憲法論上の最大の意義は、保護の名目で本人の声まで奪っていないかを、具体的な弊害と代替手段に照らして検査したことにあります。同時に、公職選挙法137条の2第2項については自発的な共同活動への影響を小さく評価し、事前確認と国家賠償については救済の入口を狭くしました。表現の自由の判断は踏み込んだが、その自由を原告が直ちに行使できる形の救済には至らなかった――そこまで含めて読むべき判決です。

はらだよしひろと、繋がりたい方、ご連絡ください。
私、原田芳裕は、様々な方と繋がりたいと思っています。もし、私と繋がりたいという方は、是非、下のメールフォームから、ご連絡ください。ご相談事でも構いません。お待ちしております。





