「もう、自分の人生歩んでいいか?」と言ったら、母が「いいよ」と言ってくれた。2023年6月17日

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春日井市在住です。
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母が、すい臓がんステージⅣになりました。(←をクリック)
そして、2023年6月22日に亡くなりました。
母のいのちと向き合うブログを書いています。
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だんだんと意識が遠くなってるかなあ・・・・・と思ったら、杞憂だった。

午前中

今日も、母は穏やかです。ただ、だんだんと意識が遠くなってるかなあ~という感じはします。

目は開いているのですが、言葉がけに対する反応が昨日よりは小さくなってきた感じです。それに、あまり言葉を出さなくなりました。

それでも、反応はあるので、意識はある状態ではありますが・・・・、いよいよだなあと自覚せざるを得ません。膵臓癌は、本当の最後になってくると、意識朦朧としてくるとのことですから、覚悟が必要です。

午後

しかし、しかし、ですよ。午後は意識がはっきりしていて、パンツ変えてほしいだの、水が欲しいだのいろいろとお願いしてくれました。

午前中に感じていた杞憂は、安心に変わりました。

泣けてきた反応。私が「もう、僕の人生歩んでいいか?」と言ったら、「いいよ」と言ってくれた母。

午前中、ふと不安を感じつつ、、私は母にいろいろと喋りかけました。同意するのは縦に首を振り、違うものは横に首を振ります。

でも、それでも、母が言葉で返してくれた言葉があります。

私が、「もう、僕の人生歩んでいいか?」と聞いたら、母が「いいよ」と言葉にして答えてくれたのです。

私は一気に涙が溢れました。

昨日の日記で、私は自分のこれからについて、述べました。

正直、母を大切にする気持ちが、僕の人生を縛っていたところはあったと思うのです。
このことは、母が病気になる前から、正直な気持ちを打ち明けていて、母もそれを気にかけてもらっていました。

母に認めてもらったから、僕は、息子として自信をもって、次の人生を歩むことができます!

下の姉が見舞いに来てくれました。

3日ぶりに、下の姉が、見舞いに来てくれました。

こうやって、何回も家族が見舞いに来てくれると、母の気持ちが喜びとはり合いに満ち、午後は意識がはっきりしたのかもしれません。

スイカを買ってきてくれて、切って、汁にして、母に飲ませてくれたりしていました。
甘いものを口にできて、母も嬉しそうでした。

また、母の身体を拭いてくれてありがとう!

余談:『人生の最終段階における医療に関する意識調査』を見つけました。

偶然ですが、厚生労働省が行っている、「人生の最終段階における医療に関する意識調査」というものを見つけました。

末期がんの患者の意識の全体もわかると思うので、後で読み返したいと思います。