「甘えてゴメンね・・・」と母は言い、「甘えていいんだよ」と僕は答えた。2023年6月4日

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春日井市在住です。
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母が、すい臓がんステージⅣになりました。(←をクリック)
そして、2023年6月22日に亡くなりました。
母のいのちと向き合うブログを書いています。
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やはり、功が奏して、母は、ゆっくり眠れた

昨日の日記でもお伝えしましたが、母がベットで寝るときには、①右に向いてもらって、②身体が横転しないようにする 工夫をしたおかげで、今日も母は夜も起きることなく、寝ることが出来ました。

※母の楽なポーズについての工夫

これが、母が点滴を受けるのに、とても楽なポーズとなります。

  • 右に向いて寝る。

この格好が、とても、楽に感じて、すぐに落ち着きます。
但し、目が覚めたりすると、身体を動かそうとして、仰向けになったり、左に向こうとしたりします。
そうすると、身体を動かすだけで、息切れがはじまり、身体の不快感を感じ始めます。そうなると、長い時間にわたって不快な状態が続いてしまうので、ベッドの左側に白いマットをかけることで、母が楽なポーズを保てるような工夫をしています。

この工夫を、昨日の夜も初めてやって、安眠(要は、夜も起きずにスヤスヤと・・・)を確保できたと思います。

そして、起きたのが9:00ごろ、身体が動き始めると、痛みが生じます。いかんせん、オキシコドン徐放錠5mgを前回飲んでから、12時間以上経っているから尚更です。でも、それでも眠っている間は体の痛みが生じない=苦しんでいない というのが救いです。楽に眠れている状態は、痛みが生じても、楽に対処することができる環境にもなる! ということを実感しております。

とは言っても、薬を飲ませなけば、痛みは襲ってくるので、キチンと体を起こし、車いすに座り直しさせて、ご飯(と言ってもカットした果物を一口、二口だが・・)を食べさせて、薬を飲んだら、落ち着いてきました。
僕は、痛みを取るのは、二つのアプローチが必要だと思っています。一つは身体的なアプローチですが、薬を処方することで痛みを抑えていくことです。もう一つは、精神的なアプローチです。安心感を与えていくことで、心の支えとなることです。この時は、薬を飲ませた後、一時間ほど母の横にいました。時には、手や体をさすりながら、一緒にいる。この安心感が痛みを和らげていくと確信していますので、私はことある毎に、母のそばにいて、スキンシップを図ることも大事だと思っています。

母は言った「甘えてごめんね」 僕は言った「甘えていいんだよ💛」

そうして落ち着いてきたときに、母が僕に言いました。

「甘えて、ごめんね」

僕は、両手で、母の両方の頬をさすりながら言いました。

「甘えていいんだよ💑 人生の終わりに、息子にいっぱい甘えることができたら、幸せじゃあないか!!」

ちなみに、私は母との会話の中でも、「死」ということを意識させる言葉をよく言っています。なぜなら、それこそ、死を意識しながら「幸せに死んでいく」「生きている今の幸せづくり」を、母の意識の中にしっかり植え付けていくことは大事だからと思うのです。

今日、たまたま見つけたのですが、このお医者様の言うとおり、本来 「緩和ケアは最期までどう生きるか」 一緒に話し合っていくもの なのだと思ってますし、それを「母が幸せに死んでいくため」に家族として、どうサポートをしていくべきか、私なりに信念をもってやってきました。

そうです。患者の人生は、本人のもの。だからこそ、家族がしっかりと母の人生を楽に生きれる環境を、最大限に作っていく、安心感を家族が知恵を絞って創っていく。ということが大事なのだと思います。

私の場合は、【母が幸せに死を迎える】を理念に、今、この瞬間も楽に過ごしてもらえる、楽に過ごす時間を多くしていこうとしています。そして、その答えは「この一瞬、母は楽に過ごせているか」どうかです。楽に過ごせていない状況が生まれれば、楽に過ごせる状況に戻すために家族は全身全霊を傾ける!ということも必要です。意外と楽に過ごせる状況を創る経験を重ねると、介助する家族も楽になっていくものです。智慧が生まれるから、楽になっていく!ということもこのごろ感じているところです。

だから、私は母が言った「甘えてごめんね」が、僕への感謝の言葉であり、楽に過ごせている実感の言葉だと思ったので、嬉しいのです。